ディオン(英語表記)Diōn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ディオン
Diōn

[生]前408頃
[没]前354頃
古代シチリア,シラクサの僭主ディオニュシオス1世の義弟。父の跡を継いだ未熟なディオニュシオス2世の教育のため,友人プラトンシラクサ再訪を求め,若い僭主を介してその哲学的原理の政治的実践を計画したが失敗。その後一時追放されたが,前 357~354年頃まで継続的に政権をとり,前 354年頃暗殺された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ディオン【Diōn】

前408ころ‐前354
シラクサの有力な政治家。ディオニュシオス1世の義弟で義理の息子。前389年にシチリアを訪れた哲学者プラトンの教えに傾倒し,1世の死後その後を継いだディオニュシオス2世を〈哲人王〉とすべく試みるが失敗してアテナイに亡命。前357年小隊を率いてシチリアに渡りシラクサを解放するが,やがて市民の信望を失い,プラトン的理念に基づく政治にも失敗して,前354年に部下に殺害された。【前沢 伸行】

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世界大百科事典内のディオンの言及

【ディオニュシオス[2世]】より

…哲学研究を好んで哲学者を宮廷へ招いたが,プラトンによる哲人王教育の試みは失敗した。前357年にシラクサをディオンに占領されるが,前347年に奪い返す。前344年コリントスから派遣されたティモレオンに降伏し,コリントスに送られて余生を過ごした。…

【プラトン】より

…前388(または387)年,プラトンはこの構想を抱きつつ,南イタリアとシチリア島への旅に出る。この旅行の途次,タラスにおいてアルキュタスを中心とするピタゴラス学派に接し,シチリア島のシュラクサイにおいては専政君主ディオニュシオス1世,およびその義弟にあたる青年で政治改革に情熱を示すディオンと運命的な出会いがなされた。アテナイに戻ったプラトンは,自分の理想と目的にかなった人材の養成を終生の事業と見定めて,学園アカデメイアを創設する。…

※「ディオン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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