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ディベリウス Dibelius, Martin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ディベリウス
Dibelius, Martin

[生]1883.9.14. ドレスデン
[没]1947.11.11. ハイデルベルク
ドイツの神学者。宗教家 F.W.ディベリウスの息子。ベルリン大学に学び (1910) ,ハイデルベルク大学の新約聖書学教授となる (15) 。宗教史学派の影響を受けたが,のちに新約聖書学に転じて,原始キリスト教の口碑の批判的研究や福音書および『使徒行伝』の様式史的研究に従事した。『福音書の様式史』 Die Formgeschichte des Evangeliums (19) は,様式史的研究にとって画期的な研究である。彼はまた新約聖書における倫理的戒めの由来と歴史および終末論的緊張と新約聖書倫理の普遍妥当性の関係に関心をもっていた。また世界教会協議会の前身である教会合同運動に尽力した。上記のほか"Geschichte der urchristlichen Literatur" (2巻,26) ,"Die Botschaft von Jesus Christus" (35) ,"Aufsätze zur Apostelgeschichte" (51) などの著書がある。

ディベリウス
Dibelius, Friedrich Karl Otto

[生]1880.5.15. ベルリン
[没]1967.1.31. ベルリン
ドイツ福音主義教会の指導者,ベルリンの監督。クロッセン,ダンチヒラウエンブルク,ベルリンなどの牧師 (1906~25) ,総監督 (25) をつとめたが,ナチス政権によって 1933年公職より追放され,K.シャルフとともに告白教会で抵抗運動の指導にあたった。 49年ドイツ福音主義教会会議の議長となり,54年世界教会会議の議長をつとめた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ディベリウス
でぃべりうす
Friedrich Karl Otto Dibelius
(1880―1967)

現代ドイツ・プロテスタント教会の指導者。ベルリン生まれ。1915年に同地で牧師になったが、「告白教会」を支持したため、ナチの時代を通じて不自由な身分を強いられた。45年にベルリンの監督、49年にドイツ・プロテスタント教会会議議長に就任し、東西ドイツの問題と取り組み、54年には世界教会協議会議長に選出された。教会における祈りの問題や教会と国家の問題に関する著書がいくつか残されている。[土屋 博]

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