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デファン夫人 デファンふじんDeffand, Marie de Vichy-Chamrond, marquise du

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デファン夫人
デファンふじん
Deffand, Marie de Vichy-Chamrond, marquise du

[生]1697.12.25. ブルゴーニュ
[没]1780.9.23. パリ
フランスの女流文学者。自宅にサロンを開き,ダランベール,モンテスキュー,フォントネル,ボルテールら多くの文人と交遊。晩年に 20歳下のイギリスの作家 H.ウォルポールに恋し,彼にあてた手紙は,その『書簡集』 Les Lettres (1809~65) 中の白眉である。

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世界大百科事典 第2版の解説

デファンふじん【デファン夫人 Marie de Vichy‐Chamrond,marquise du Deffand】

1697‐1780
フランスの社交家,書簡文学者。修道院時代から信仰うすく,22歳で結婚するが,社交界の魅力のとりことなり,パリ高等法院長エノーら要人と次々に浮名を流す。1730年にボーヌ街,ついで47年にサン・ドミニク街にサロンを開き,ボルテールダランベールら当代一流の文人を集め,才媛の名をほしいままにした。50歳をすぎて失明。何物をも信じられぬ曇りのない理性が災いして孤立感を深めたが,68歳で20も若いイギリス人ウォルポールに恋をし,その愛情は死ぬまで続いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デファン夫人
でふぁんふじん
Marie de Vichy-Chamrond, Marquise du Deffand
(1697―1780)

フランス18世紀における有名なサロンの主宰者。チュルゴー、ダランベール、その他百科全書派の哲学者たちが出入りした。晩年は盲目になり、読書係としてレスピナス嬢を雇うが、レスピナス嬢がサロンを開くと、それに常連を奪われ、淋(さび)しい孤独な生活を送る。イギリスの文人ホレース・ウォルポールなどとも交わした手紙は、その文章のみごとさにより、よく知られている。[原 好男]

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世界大百科事典内のデファン夫人の言及

【サロン】より

…アンビル元帥夫人やエギュイヨン夫人のサロン,ブフレール夫人を中心としたル・タンプルのサロン,オペラ上演の日に開かれたパレ・ロアイヤルのサロンなども思想家,政治家を集めたが,文学的にはタンサン夫人marquise de Tencin(1682‐1749。ダランベールの母),デファン夫人(ルソー以前の古典派を代表する),レスピナス嬢(デファン夫人の下から分離独立して客をさらった,前期ロマン派の代表),ジョフラン夫人Mme.Geoffrin(1699‐1777。〈サン・トノレ街の王国〉を築いた),デピネ夫人,キノー嬢らのサロンが有名である。…

※「デファン夫人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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