トリアッティ(英語表記)Palmiro Togliatti

大辞林 第三版の解説

トリアッティ【Palmiro Togliatti】

1893~1964) イタリアの政治家。イタリア共産党を指導し、第二次大戦後第二党の地位に高めた。また、スターリン批判後は構造改革論を提唱し、国際共産主義運動に影響を与えた。トリアッチ。

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デジタル大辞泉の解説

トリアッティ(Tol'yatti/Тольятти)

ロシア連邦西部、サマーラ州の都市。ボルガ川中流部に位置する。18世紀に要塞が築かれたことに起源し、スタブロポリまたはスタブロポリナボルゲとよばれた。1950年代の人造湖、ダム、発電所の建設に伴い、現在の場所に移転。1964年、イタリアの政治家トリアッティにちなんで現名称に改称された。自動車工業が盛ん。トリヤッチ

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百科事典マイペディアの解説

トリアッティ

イタリア共産党指導者。1921年グラムシらとともに党を創立,1926年ソ連に亡命。その後,コミンテルン執行委員として,国際共産主義運動を指導。1944年帰国,党を再建し1945年から党書記長。1956年のスターリン批判以後,〈社会主義へのイタリアの道〉を唱えて,構造改革論を提起した。

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世界大百科事典 第2版の解説

トリアッティ【Palmiro Togliatti】

1893‐1964
イタリア共産党指導者。トリノ大学在学中に社会党に入党,第1次大戦後グラムシらとともに《新秩序Ordine Nuovo》誌を発行して,トリノの労働運動を指導する。1921年イタリア共産党の創設に参加,のちコミンテルン執行委員となる。ファシズム政権に共産党が非合法化され,グラムシが逮捕されたあと,党指導部のトリアッティらはパリに移り,国外から反ファシズム闘争を進めた。コミンテルン第6回大会(1928)でイタリア・ファシズムの性格に関する重要な報告を行ったが,のち社会ファシズム論(ファシズム)を受け入れて党指導部の分裂を招く。

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世界大百科事典内のトリアッティの言及

【ファシズム】より

…この立場は,国家の形成と国民の組織化という点でリソルジメントは未完にとどまったとし,その未完のリソルジメントを継承し完成させる運動としてファシズムに積極的な支持を与えた。 第4の立場は,グラムシやトリアッティら共産党指導者の解釈で,グラムシらは,これまでイタリアの支配諸階層は地域ごと産業ごとに分裂していて統一的な政治組織をもたなかったが,ファシズムはこれら支配諸階層を単一の政治機関のもとに統一する役割を果たしたと分析し,その階級的性格を強調した。さらにトリアッティは30年代に入って,ファシズムが大衆の組織化を通じて支配の安定を図っている状況を指摘し,大衆の反動体制という形態をとった階級独裁としてファシズムを性格づけた。…

※「トリアッティ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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