トロント(英語表記)Toronto

翻訳|Toronto

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カナダ,オンタリオ州州都オンタリオ湖の北岸に位置する。 1793年イギリス人の居住地が開設され,アッパーカナダの州都となり,ヨークと呼ばれたが,1834年トロントと改称セントローレンス水路大西洋と,五大でアメリカ合衆国の各工業都市と結ばれているところから,国際的な商業中心地として 1950年代から 60年代にめざましく発展し,ヨーロッパ各地からの移住者が大量に加わった。 70年代から 80年代初めにはアジア,西インド諸島などからの移住者が多く,活気あふれる国際都市となっている。モントリオールとともにカナダ金融,経済,工業の中心地で,金融機関や各種企業の本社が集中。製鉄,機械,農機具食肉加工などの工場も多く,食肉加工量はカナダ第1位。港からは木材穀物,食肉,石炭などを輸出。高速道路がカナダ東部オンタリオ州北部,合衆国のニューヨーク州,ミシガン州へのび,国際空港が所在。トロント大学 (1827) ,トロント交響楽団は有名。周辺のスカーバラエトビコーク,ノースヨーク,ヨークなどを合せて大都市圏を形成している。面積 97km2人口 261万5060(2011)。

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百科事典マイペディアの解説

カナダ,オンタリオ南部,オンタリオ湖岸の商工業都市。同州の州都でカナダ最大の都市。良港があり,交通の要地。近くにナイアガラ滝の水力発電所があり,鉄道車両,自動車,繊維,製紙など工業の中心。カナダの各鉱業会社の本社が集中。トロント大学,ヨーク大学がある。17世紀には毛皮取引の中心地で,1750年フランスの要塞(ようさい)が築かれた。のち英国が占領,一時ヨークYorkと呼ばれた。1834年にトロントに改名。隣接するケベック州で分離独立運動が高まると,英国系住民が移入してきた。1998年1月,周辺のヨーク,イースト・ヨーク,ノース・ヨーク,スカーバラなどと合同し,トロント・メガシティが発足した。261万5060人(2011)。
→関連項目CNタワー

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世界大百科事典 第2版の解説

カナダ,オンタリオ州の州都。人口63万5395(1991),大都市域人口408万4134(1992)で,イギリス系カナダ最大の都市。五大湖の一つ,オンタリオ湖の北西岸にある。カナダの工業,金融,マスコミの中心都市。カナダで最も南に位置し,かつ湖に囲まれたオンタリオ州の南部にあるため,1月の平均気温はモントリオールの-9.6℃に対し,-5.8℃でかなり条件がよい。この地へ入った最初白人はフランスの毛皮商人で,1750年にはフランス人によってがつくられた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カナダ、オンタリオ州の工業都市で、同州の州都。オンタリオ湖北西岸に位置する。人口248万1494、大都市圏人口468万2897(2001)はカナダ第一である。うち61%がイギリス系で、ほかにイタリア系8%、東欧系7%などヨーロッパ、アジア、中南米各地からの移住者がおり、人種のるつぼとなっている。しかし、フランス系のモントリオールに対するイギリス系都市としての意識は強い。日系人も多く、週刊の邦字新聞も2紙発行されている。カナダでも南に位置し、1月の平均気温は零下6.7℃とかなり温和である。五大湖沿岸工業地域のカナダ側の中心都市で、ナイアガラ滝からの豊富な電力を利用して車両工業、農業機械工業、電気化学、冶金(やきん)などが発達している。ほかに食品加工、印刷、縫製などの加工工業の一大中心地でもある。航洋船が入港できる港をもち、港からは穀物類や食肉、木材などを輸出している。

 フランス人の古い交易所であるフォールルーイエにイギリス人が1793年に建設し、かつてはヨークとよばれていた。1834年の市制施行とともにインディアン語で「集会の場所」の意の現名称となる。当時の人口は1万人足らずであったが、交通上の要地と後背地の経済発達のおかげで急速に発展し、1867年7月1日カナダ連邦が誕生すると同時にオンタリオ州の州都となった。市街地は直交状街路で、大小の美しい公園が散在する。1827年創立のトロント大学、セント・ジェームズ寺院、セント・ミカエル寺院、堡塁(ほうるい)など名所となっている。中心商店街はヨング街とよばれ、一年中活気を呈している。市街南端の湖畔には95万平方メートルの敷地につくられた国民展示会の会場があり、ここでは毎年6月に国際貿易博覧会、8月末に工業博覧会、11月に農業博覧会が開かれることで世界的に有名である。付近には遊園地、公園、野外音楽場などを備え、オンタリオ・プレイスとして市民の憩いの場となっている。また、トロント・アイランドは一大公園である。市のもう一つの名所は市庁舎で、旧トロント市と大都市圏の行政庁を示す二つの建物は互いに補い合う形をとり、広場は冬季市民のスケートリンクとなっている。文化、政治、経済とあらゆる面での中心地である。

[山下脩二]


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精選版 日本国語大辞典の解説

(Toronto) カナダ南東部、オンタリオ湖北西岸の都市。五大湖水運の要地で、カナダの商工業・金融の中心。

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世界大百科事典内のトロントの言及

【アッパー・カナダ】より

…ケベック植民地へ入植した人びとは五大湖周辺に居住したが,荘園主や教会の影響濃厚な政治・経済形態を忌避し,1791年,〈憲法条例〉の制定により,ケベックはアッパーおよびロワー・カナダ植民地に二分され,アッパー・カナダではイギリス式の代議制,土地制度が導入された。ヨーク(現,トロント)を中心に発展した植民地は,19世紀前半多くのイギリス系移民を迎え,カナダにおけるイギリス系文化の温床となり,教育制度も充実した。植民地の成熟に伴い,植民地の支配層である〈家族盟約〉を打倒しようとする抵抗運動が起こり,1837年のW.L.マッケンジーの反乱をみるが,この結果41年両カナダは統合され,アッパー・カナダは連合カナダ植民地の一行政区カナダ西部に再編された。…

※「トロント」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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