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ドービニェ ドービニェ Aubigné, Théodore Agrippa d'

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドービニェ
ドービニェ
Aubigné, Théodore Agrippa d'

[生]1552.2.8. ポンス近郊
[没]1630.4.29. ジュネーブ
フランスの詩人,小説家。熱烈なプロテスタント (カルバン派) の士官でアンリ・ド・ナバール (のちのアンリ4世) の忠実な同志として宗教戦争に参加。アンリの国王即位後,文学活動に専念するが,1620年陰謀に巻込まれてジュネーブに亡命,そこで生涯を終えた。

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百科事典マイペディアの解説

ドービニェ

フランスのバロック詩人,武将。熱心なカルバン派で,アンリ・ド・ナバール(アンリ4世)に仕えたが,アンリのカトリック改宗後ジュネーブに亡命。文武両道をプロテスタント擁護のためにささげた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ドービニェ【Théodore Agrippa ďAubigné】

1552‐1630
フランスの詩人。サントンジュ地方の貴族の家に生まれ,幼時より充実した古典語,人文学の教育を受ける。1560年父に連れられてアンボアーズ蜂起事件の処刑者のさらし首を目撃し,以後一貫してプロテスタントの立場をとることとなり,68年以降プロテスタント軍の兵士として宗教戦争のただなかに突入して行く。70年から3年にわたり,ロンサールの優雅な恋愛詩にならい恋人ディアーヌへの思いを綴った詩集《春》(1874)を執筆する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドービニェ
どーびにぇ
Agrippa D'Aubign
(1552―1630)

フランスの詩人。宗教改革派(カルバン派)貴族の家に生まれ、早くから人文主義的教育を受ける。父親の感化を受けて熱烈な新教徒であった彼は、16歳で宗教戦争に参加し、フランス宗教改革派の政治的指導者アンリ・ド・ナバール(後のアンリ4世)の側近に仕えた。アンリ4世のカトリック改宗後はこれを不満として宮廷を去り、1620年にはジュネーブに亡命、同地でその波瀾(はらん)に富んだ生涯を終える。
 ロンサールに深く傾倒し、その影響下に、ディアーヌ・サルビアティ(ロンサールの歌ったカッサンドルの姪(めい))に捧(ささ)げる恋愛詩集『春』Le Printemps(1570~73ころ)を執筆する。1577年ころから戦火の間に執筆された長編詩『悲愴曲(ひそうきょく)』Les Tragiques(1616)は、フランス宗教改革派の叙事詩であり、そこには戦乱に対する悲憤、旧教徒に対する憎悪、新教徒の最終的な勝利への確信など、情熱的武人であった彼の情念や夢想のすべてを、激越な調子にのせて、不安の時代にふさわしい極彩色のイメージに託して描いたバロック詩の最大傑作である。ほかに、改革派の歩みをつづった『世界史』L'Histoire universelle、自伝『子らに語る』Sa vie ses enfants、風変わりな散文風刺文学『フェネスト男爵の冒険』Les Aventures du baron de Foenesteなどがある。[高橋由美子]
『成瀬駒男訳『フランス・ルネサンス名詩選』(『世界文学大系74 ルネサンス文学集』所収・1964・筑摩書房)』

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世界大百科事典内のドービニェの言及

【バロック美術】より

…一般には,17世紀初頭にイタリアのローマで誕生しヨーロッパ,ラテン・アメリカ諸国に伝播した,反古典主義的な芸術様式をいう。 バロック(フランス語でbaroque,イタリア語でbarocco,ドイツ語でBarock,英語でbaroque)という語の由来については2説ある。一つはイタリア語起源説で,B.クローチェによると,中世の三段論法の型の一つにバロコbarocoと呼ぶものがあり,転じて16世紀には不合理な論法や思考をバロッコbaroccoと呼ぶようになった。…

【マニエリスム】より

…〈魂は肉体を,肉体は衣を脱ぎすててこそ,はじめて悦びが満喫できるというもの〉(《床入り》)の一節の中で,彼は死に際して魂は肉体という汚れ衣を捨てさるという中世的通念を,裸身と性関係と法悦の比喩からなる恋愛詩に転換させたが,このほかにもペトラルカらの手本にならうと見せて,揶揄(やゆ)と逆説と謎ときの恋愛詩を書いた。フランス文学ではT.A.ドービニェの詩集《春》(1570‐73執筆。1874刊)が筆頭にあげられる。…

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