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世界史 せかいし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

世界史
せかいし

人類の歴史の歩みのなかに普遍的な法則が内在するとみて,この法則的見地から世界の歴史を統一的に,また全体的にとらえたもの。世界史の観念,表現は古代のローマや中国に発生するが,諸民族,諸地域の歴史の単なる集合体としては考えられていなかった。

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デジタル大辞泉の解説

せかい‐し【世界史】

世界全体を総合的にとらえた人類の歴史。ふつう、古代中世近代近世)の三つに区分する。

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世界大百科事典 第2版の解説

せかいし【世界史】

世界を統一的連関のもとにとらえようとする歴史学の一領域。類似したことばとして一般史,普遍史,人類史などがあり,歴史家によって多少意味の異なる場合もあるが,世界史ということばで統一できよう。日本ではこのほか万国史といういい方があったが,国民国家の列挙という意味が強く今は使用されない。 世界史ということばの定着したのは,ドイツの歴史家ランケ晩年の弟子であるL.リースが1887年東京大学に招かれて講義してからではないかと思われる。

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大辞林 第三版の解説

せかいし【世界史】

世界を連関のある統一的全体としてとらえた時の人類の歴史。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

世界史
せかいし

地上のあらゆる民族、国家、社会、文化を取り込んだ人類全体の歴史。しかし実際にそういう歴史が書かれたことはない。普通、各国史を集めた万国史や西洋史、東洋史という地域史を広げた広域史を世界史というが、それは便法で、真の意味は、「世界」についての一定の観念が多国多地域を包括して統一的に書いた歴史のことである。その観念によって記述は一様ではない。事実上はローマ支配史であったり、ヨーロッパ文化成立史であったりした。しかし現実は、世界についての主体的観念が客体の世界と一致する方向に進んでいる。真の世界史はこれから書かれるだろう。
 また世界史は、実際に書かれなくても、歴史家が個々の事実を書くとき、それを配置し意味づける全体観として歴史家の意識のなかにあるだけのこともある。なんの世界史観ももたぬ歴史家はいない。いずれにせよ世界史は総合的な歴史観にかかわるので、歴史学の対象以前に歴史哲学の対象である。[神山四郎]

世界史の諸観念

西洋では紀元前2世紀に最後のギリシア人ポリビオスが最初に『世界史』40巻(初めの五巻のみ残存)を書いた。彼は歴史を修辞的興味からではなく政治・国事の記述として書き、それを広い視野でみた。それは現実には、ローマの強大な勢力が地中海世界国家にのし上がってゆく過程にほかならなかった。その見地はギリシア人のポリス中心主義を超えてはいるが、ローマ覇権史以上のものではない。またポリビオスは歴史を諸国家の興亡とみて、それは「王政、貴族政、民主政」の三政体の変動の繰り返しであるという循環論ももっていた。
 5世紀にアウグスティヌスは、ゲルマン人の侵入によって瀕死(ひんし)のローマ帝国をみながら『神の国』22巻を書いた。この書の後半で彼は、人祖アダムとイブの楽園追放から、キリストの降誕、贖罪(しょくざい)によって人類の救いが完成するまでの長い歴史を説いている。それは人類史として一貫した世界史の内面的意味である。人類の一体観、歴史の救済史的意味、全歴史の終局目的についての観念はキリスト教信仰に基づくものである。歴史は神の摂理のもとに人間が自由意志でつくり、最終ゴールを目ざして時間的な発展を遂げるものという観念は、ヨーロッパの伝統的な歴史観になった。近代になるとその観念はさまざまに世俗化し変容する。世界史は人類が先天的にもっている「完全可能性」を実現する過程だというカントの歴史哲学などはその一例である。
 14世紀にイスラムの歴史家イブン・ハルドゥーンは北アフリカの広大なイスラム文化圏の歴史『イバルの書』を書いた。それは世界史といわれるが、その序説「ムカッディマ」で彼は、王朝の系譜や年代記を書くのではなく、砂漠の諸部族が一様にたどる「遊牧、定住、王朝、滅亡」という歴史のパターンを示した。これは一種の循環史観で、その方法は一つのパターンのもとに多文明の形態を比較する文明史観の先駆けといえる。
 15、6世紀イタリア・ルネサンス期に人文主義者は、あの栄光のローマが滅んだあと暗黒時代に入って、いま「新生」の時代を迎えているという歴史意識をもっていた。そのため全歴史を「生、死、再生」いう図式でとらえ、それが「古代、中世、近代」という時代区分を生んだ。17世紀にドイツの歴史家ケラリウスがこの三分法によって『世界史』を書いて以来、これが世界史叙述のヨーロッパ的スタイルになった。しかしこの歴史観は、歴史の自然的推移を認めない非連続説で、中間の中世を否定して、古代と近代が直結するという独特の見方で、ルネサンス・啓蒙(けいもう)史観のもとになったが、いまでは中世研究によって破られている。
 18世紀の啓蒙思想家は伝統を断ち切って理性万能を唱え、地理的発見によってヨーロッパ外の世界を知った。ボルテールは、キリスト教的ヨーロッパの遠心的拡大を説くボシュエ司教の『世界史論』に反対して、アジアの諸民族・諸宗教も同等に扱い『諸国民の習俗と精神のエッセイ』を書いた。これは最初の文化史的世界史であるが、啓蒙思想はすべてを「理性の光」でみるため、歴史をひたすら合理的進歩としてとらえ、過去はすべて未開であるときめつけ、現代のヨーロッパがその進歩の頂点であるという意識は、やはりヨーロッパ中心的である。
 ドイツは三十年戦争の荒廃によって近代化が遅れたため、啓蒙思想を受け入れる地盤がなく、思想家はむしろ反啓蒙のロマン主義に共鳴した。ロマン的な哲学者ヘルダーは、歴史の進歩より各時代・各民族の個性を重んじ、諸民族の有機的全体を世界史とみた。この民族史観は近代の有力な歴史観となった。しかし諸民族はそれぞれ個性を発揮しながらも、共通の普遍的「人間性」の発現(つまり理性化)を目ざしているというので、これもやはり啓蒙的である。[神山四郎]

ヨーロッパ中心世界史

19世紀に入って、近代史学を確立した歴史家ランケは、やはりロマン的個体主義によって民族を歴史の基体としたが、民族史の寄せ集めを世界史とはしなかった。個別史のほかに関連する精神的総体を世界史とみたところは、いくぶん哲学的である。それは具体的には、ローマ的・ゲルマン的諸民族がヨーロッパにキリスト教中心につくった共同体である。これは19世紀ドイツの歴史家の世界史の構想である。ランケはこの構想のもとに数多くの各国史を書いたが、晩年『世界史』(15世紀なかばまでで未完)も書いた。
 ランケの世界史は、古代オリエントからギリシア、ローマに進み、キリスト教的中世を経て、近代のローマ的・ゲルマン的諸国家の形成に至る単線コースである。これは、奇(く)しくも哲学者ヘーゲルの構想と一致している。
 ヘーゲルはその『歴史哲学講義』において世界史を世界精神の自己実現とみた。それは現実には自由の意識の進歩となって現れるから、王1人が自由の古代専制王国から、国民すべてが自由になる近代国民国家に至るまでの発展とみた。ヘーゲルのようにキリスト教的ゲルマン国家で世界史が完成するという目的論をいわないまでも、こうしたヨーロッパ中心のナショナリズムの世界史観は、19世紀のヨーロッパ人が主体的にもっていた観念で、現実のヨーロッパ列強の世界支配がそれを裏づけていた。
 ヘーゲルの死後その学派から出たマルクスは、観念論を逆転して唯物論を唱えたが、歴史観は多くのものをヘーゲルから学んだ。彼は生産様式の発展で歴史をみたが、世界史の基本的コースを「アジア的、古代ギリシア・ローマ的、中世封建的、近代ブルジョア的」という四段階としていることは、ランケやヘーゲルの図式と同じである。また生産手段の私有を撤廃することによって、これまでの階級闘争の歴史を終わらせ、人類の幸福な社会が到来するという未来主義の理念も形は古典的である。[神山四郎]

グローバル世界史

20世紀に入り第一次世界大戦後、ヨーロッパ勢力の衰退につれて非ヨーロッパ勢力があがり、客体的な世界史への展望が開けた。シュペングラーの『西洋の没落』は、かつて世界を支配したヨーロッパ文明も多文明の一つにすぎず、いまその命脈が尽きようとしているという歴史観によって、ヨーロッパ中心主義を打ち破った。
 歴史の基体を国家や社会よりもっと広い文明に置いて、それが「発生、成長、死滅」のパターンを繰り返すという文明史観は、A・J・トインビーに受け継がれて、それまでの一元的、年代的、目的論的な世界史観のかわりに、多元的文明の発生とその同時的な形態比較を主張した。世界史は、オリエントの前史から近代ヨーロッパまでの直線コースではなく、ヨーロッパ文明の拡散でもなく、多文明の多発並行であるというこの世界史観は、いま世界の主導力がヨーロッパからアメリカ、旧ソ連に移り、さらに多極化し、異体制の共存と多価値観をもつ多元的文明が併存している現実を対象に、グローバルな世界史が書かれるための一つの道を開いている。[神山四郎]
『J・フォークト著、小西嘉四郎訳『世界史の課題』(1956・勁草書房)』

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