コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ナイロビ ナイロビ Nairobi

翻訳|Nairobi

6件 の用語解説(ナイロビの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ナイロビ
ナイロビ
Nairobi

ケニアの首都。同国南部,ケニア高原の標高約 1670mの高地に位置。赤道付近にあるが,月平均気温はほぼ 20℃以下で,年平均気温 17.6℃。 1900年に鉄道工事のキャンプ地として建設され,1905年からイギリス領東アフリカの行政庁所在地

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ナイロビ(Nairobi)

ケニア共和国の首都。同国南部の標高1798メートルの高原にある。東アフリカの政治・経済・文化の中心で、国際航路の要地。付近にナイロビ国立公園(野獣保護区)がある。人口、行政区295万(2006)。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ナイロビ

ケニアの首都。同国南部,標高約1700mの高原にあり,インド洋岸のモンバサウガンダへ鉄道で結ばれる。南緯1°18′の赤道近くにあるが高原上のため気候温暖。農業地帯の中心で,食品加工,製紙,皮革,機械修理などの工業も行われる
→関連項目ケニア

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ナイロビ【Nairobi】

アフリカケニア共和国の首都。人口134万6000(1989)。いわゆるリフトバレー(アフリカ大地溝帯)の東側にある高原に位置し,標高約1600mの高地にあるため,赤道の南約150kmの赤道直下であるにもかかわらず,年間を通じて爽涼な気候に恵まれている。ケニアの政治の中心であり,交通・通信,商工業,学術・文化の中心でもある。ケニアの貿易港モンバサとウガンダを結ぶ鉄道,道路の要衝であり,ヨーロッパアジアへの航空路の中心となる国際空港をもつ。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ナイロビ【Nairobi】

ケニア共和国の首都。赤道に近い、海抜1798メートルの高原に位置し、コーヒー・紅茶・サイザル麻などの集散地。付近にナイロビ国立公園がある。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ナイロビ
ないろび
Nairobi

東アフリカ、ケニアの首都。同国南部の標高1798メートルの高原に位置する。人口239万1600(2001推計)で、東アフリカ最大の都市である。赤道付近にあるが、月平均気温が年間を通じて15~20℃で、気候は冷涼である。同国の政治、経済、文化の中心地で、ケニアのみならず東アフリカの玄関口としての役割を果たしている。国際機関も集中し、しばしば国際会議が開催され、近年では2000年にワシントン条約締約国会議が行われた。コーヒー、紅茶、サイザル麻などの集散地であり、缶詰、製粉などの食品工業せっけん、陶器、製紙、製材、皮革などの工業が立地する。世界的な観光保養地としても知られ、近くのナイロビ国立公園(野生動物保護区)はその中心で多くの観光客を集めている。都心部には高層ビルが建ち並び、街路が整備され整然とした都市景観を示す。市内にはケニア国立博物館ナイロビ大学、ウフル公園、植物園などがある。市の北東14キロメートルにはナイロビ国際空港がある。
 イギリス植民地時代の1899年、モンバサからウガンダに延びる鉄道建設のため、水利のよいこの地が基地に定められ、インド人商人やアフリカ人労働者が居住した。1905年イギリス領東アフリカの行政中心地となり、以後急速に人口が増加した。独立後、ナイロビへの人口流入はいっそう急激となり、国内各地から集まった人々が周辺部の簡易住宅に住んでいる。部族別ではキクユが19万と最大で、ついでルイヤ、ルオ、カンバがそれぞれ6万を超える。彼らは部族ごとの居住区を形成する傾向が強いが、電気、水道などの設備が乏しく生活環境が劣悪で、都心部や白人、アジア人の居住区とは大きな差がある。[赤阪 賢]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ナイロビの関連キーワードガボローネケニアナミビアマプトルサカアフリカーナーチラナ南アフリカKANU中央アフリカ

今日のキーワード

大統領補佐官

各種政策の立案その他に関し,側近として大統領に助言する役職だが,実質上はブレーン,顧問として多面的な役割を担う。憲法で定められた唯一の行政責任者である合衆国大統領は,強大な権力を持つにもかかわらず,議...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ナイロビの関連情報