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ナルボンヌ ナルボンヌNarbonne

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ナルボンヌ
Narbonne

古代名ナルボ。フランス南部,オード県,地中海まで 13kmの海岸平野に位置する都市。古代ローマの植民地ガリア・ナルボネンシスの首都としてローマ市民権を与えられ,行政,商業の中心地として繁栄,その後,西ゴート人,サラセン人などに占領され,16世紀初頭からフランス王領。ラングドックのブドウ栽培地帯を控え,ワイン,塩,蜂蜜などを集散ウラニウムと硫黄の精錬,醸造,搾油などを行う。ローマ時代の橋,闘技場,神殿,13~14世紀の聖ジュト大聖堂,聖ポールセルジュ聖堂,大司教館,博物館,ルネサンス様式のトロアヌーリス館などがある。人口4万 7086 (1990) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ナルボンヌ【Narbonne】

フランス南部,オード県の都市。古名はナルボNarbo。人口4万7000(1990)。ラングドック地方のブドウ栽培地帯にあり,ブドウ酒取引の中心地。この産業の不振もあって,人口は近年停滞している。前118年ガリア最初のローマの植民市となった。当時は地中海に面しており,マルセイユに次ぐ海港であった。その後海岸線が後退したが,海とは運河で結ばれ,14世紀まで重要な商業の中心地であった。市内には13~14世紀建立のサン・ジュスト大聖堂などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ナルボンヌ
なるぼんぬ
Narbonne

フランス南部、オード県の都市。スペインの地中海沿岸地方とフランス南西部との分岐点に位置する交通の要地。人口4万6510(1999)。紀元前118年、ナルボ・マルティウスNarbo Martiusの名でガリア最初のローマ植民都市として建設され、マルセイユに次ぐ海港となった。その後ガリア・ナルボネンシス地方の首都となって発展したが、5世紀には西ゴート人、8世紀にはイスラム教徒により占領された。759年にセブティマニ公国の首都となり、中世にはトゥールーズ伯に属した。1507年にフランス王領となった。1320年オード川の氾濫(はんらん)によって海港は土砂に埋まり、港の機能を失ったが、その後ロビーヌ運河によって海岸の新港とも結び付くようになった。現在、ぶどう酒、ブランデー、白ヒース蜜(みつ)の産地として知られ、郊外にはウラン精製工場がある。細い通路の旧市街には、13世紀創建、ゴシック様式のサン・ジュスト大聖堂、12~13世紀のサン・ポール・スルジュ教会、ゴシック様式の市庁舎など、歴史的建造物が多い。[青木伸好]

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