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ハンプトン Hampton, Christopher James

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハンプトン
Hampton, Christopher James

[生]1946. アゾレス諸島,ファイアル島
イギリスの劇作家。オックスフォード大学在学中 18歳のときに,同性愛と異性愛の問題を扱った『お母さんを最後に見たのはいつ?』 When Did You Last See My Mother? (1964) を発表した。ほかに,ランボーとベルレーヌとの関係を描いた『皆既食』 Total Eclipse (68) ,『博愛主義者』 The Philanthropist (70) など。

ハンプトン
Hampton

アメリカ合衆国,バージニア州南東部のチェサピーク湾にのぞむ港市ノーフォークの対岸にあり,両者は橋,トンネルで結ばれている。ニューポートニューズバージニアビーチポーツマスなどとともに,連続した都市地域をなす。 1610~11年に入植,1705年町となり,1908年市制施行。軍事施設と観光が市の経済を支えている。 1610年建設のセント・ジョン教会がある。人口 13万7436(2010)。

ハンプトン
Hampton, Lionel

[生]1908.4.20. ケンタッキー,ルイビル
[没]2002.8.31. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン,バンドリーダー。フルネーム Lionel Leo Hampton。ビブラフォーン(バイブ)を最初にジャズ楽器とし,その地位を確立した巨匠。ドラム奏者,ピアノ奏者,歌手としても知られた。1928年にカリフォルニアでドラム奏者としてジャズ界に入り,1930年にルイ・アームストロングの勧めでバイブに転向。1936年「スイング王」ベニー・グッドマンに迎えられ,テディ・ウィルソン,ジーン・クルーパを加えたグッドマン・カルテットで活躍,大スターになった。1940年に独立して自身の楽団を結成。強烈に躍動するジャンプ・バンドの魅力を生み,『フライング・ホーム』(1942)などのヒット曲を続出。リズム・アンド・ブルースの先駆的音楽となった。常に若手の逸材を見出し,クリフォード・ブラウン,クインシー・ジョーンズ,マルタら多数のジャズ・ミュージシャンが楽団を去来した。代表作に,"September in the Rain"(1953),『スターダスト』(1955)など。

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百科事典マイペディアの解説

ハンプトン

米国のビブラフォン奏者,ピアノ奏者,ドラム奏者,バンドリーダー。1930年ころ,ジャズの演奏にビブラフォンを取り入れた先駆者で,軽快なスイングの演奏を得意とした。
→関連項目ジョーンズミンガス

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世界大百科事典 第2版の解説

ハンプトン【Hampton】

アメリカ合衆国バージニア州南東部,チェサピーク湾に注ぐジェームズ川河口の港湾都市。人口14万(1996)。ジェームズ川を挟んで対岸のノーフォークや南西約11kmのニューポート・ニューズなどとともにハンプトン・ロード港を形成している。漁業および魚・カニ・カキの加工,漁船の建造が行われる。1610年ジェームズタウンからやってきた植民者によって定住が始まり,合衆国で最も古い集落の一つ。1849年に町制,1903年に市制施行。

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