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バジール Basire, Claude

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バジール
Basire, Claude

[生]1761.11.21. ディジョン
[没]1794.4.5. パリ
フランス革命期の政治家。 1791年コートドール県から立法議会議員に選ばれ,F.シャボ,メルラン・ド・チョンビルとともに極左派を形成。 92年国民公会の議員となり,保安委員会の委員をつとめたが,山岳派の恐怖政治に疑問をもち M.ロベスピエールを批判した。友人シャボの東インド会社汚職事件の巻添えにされ,93年 11月 17日逮捕,翌年処刑された。

バジール
Bazille, Jean-Frédéric

[生]1841.12.6. モンペリエ
[没]1870.11.28. ボーヌラロランド
フランスの画家。医学を学んだのち,1862年パリに出てシャルル・グレールのアトリエに入門,ピエール・オーギュスト・ルノアールやクロード・モネと親交を結んだ。モネとはしばしば共同で制作し,自然に対する繊細な感受性や色彩感の鋭さで,印象主義の画家として大成する資質を示したが,普仏戦争に従軍しボーヌラロランドの戦いで戦死した。代表作『家族の集まり』(1867,オルセー美術館)。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

バジール【Frédéric Jean Bazille】

1841‐70
フランス印象派の画家。モンペリエの富裕な家庭に生まれ,家族が著名な美術愛好家ブリュイヤスAlfred Bruyasと親交があったので,幼い頃よりドラクロアクールベの作品に親しんだ。医者を目ざしてパリに出るが,学業半ばにして親の反対を押し切って絵画の道に進む決心をする。グレールGleyreのアトリエで知り合ったモネ,ルノアール,シスレーらと,フォンテンブローの森などで戸外制作を行った。彼は,モネのように光のもとに対象を溶解させることなく,あくまでも材質感にこだわり,クールベらレアリストが追求した迫真性と存在感の表現を引き継いで,明るい戸外の光の中でこれを描こうとした。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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