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バビロニア暦 バビロニアれき

世界大百科事典 第2版の解説

バビロニアれき【バビロニア暦】

古代バビロニアで使用された太陰太陽暦。1日は日没時に始まり,新月後初めて月が姿を現す日から新たな一月が始まった。1ヵ月30日のうち,1,7,15,29(〈(月が)寝所につく日〉)の各日がとくに重視され,神々には供物がささげられた。そして,初期王朝時代末以来アケメネス朝時代(前24世紀~前4世紀)に至る長い間,各月には日本の旧暦同様〈ババ女神の祭の月〉とか〈大麦収穫の月〉のごとく,宗教行事や農作業にちなんだ季節感あふれる名称が与えられた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バビロニア暦
ばびろにあれき

古代バビロニアで用いられた太陰太陽法。バビロニアにはすでに紀元前25世紀ころには暦法があったといわれている。1年はニサンという春の月から始まり、月は西天に繊月を見たときに始まる。閏(うるう)月は、暦年を季節に調節する必要があったときに最後の月アダルを繰り返したが、ときには第6月のウルルを繰り返すこともあり、まれには他の月を繰り返すこともあって、前6世紀終わりころまで置閏(ちじゅん)法は一定しなかった。前529~前504年までは8暦年を99暦月に等置する八年法が用いられた。前383年には19年間に7閏月を一定間隔で置くような置閏規則が採用された。この十九年七閏法は前433年にギリシアのメトンによって発見されているが、バビロニア人がこれを独自に発見したのか、ギリシアから導入したものかはわかっていない。バビロニア暦の日付をユリウス暦の日付に換算することは一般に困難で不確かでもある。バビロニアの古代暦は任意に、また新月の観測によって手直しされたため、確実に完全に復原することができないし、各月の長さを十分完全に連続して記録したものや、すべての閏月に関する証拠がなく、他の暦と関係づけることはできない。前747年から毎月の観測および各月が含む日数が記録されるようになって、これから天文学的周期を決定することができるようになり、前6世紀にはすでに日月食の繰り返すサロス周期を知っていた。[渡辺敏夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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