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バルガス バルガス Vargas, Getúlio Dornelles

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バルガス
バルガス
Vargas, Getúlio Dornelles

[生]1883.4.19. サンボルジャ
[没]1954.8.24. リオデジャネイロ
ブラジルの政治家。リオグランデドスル州議会,連邦議会議員を経て,1926~27年蔵相,28~30年リオグランデドスル州知事をつとめた。 30年大統領選挙に出馬したが落選。選挙の不正を理由に軍部の革新将校と連携して蜂起し,成功して臨時大統領に就任,34年正式に大統領に選出された。

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バルガス
バルガス
Vargas, Luis de

[生]1502
[没]1568
スペインの画家。スペイン,セビリアにおいてフランドル画派の影響と東バレンシア地方のイタリア画派の影響を受けたセビリア派初期の画家。作品『牧者礼拝』 (スペイン,セビリア大聖堂) など。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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百科事典マイペディアの解説

バルガス

ブラジルの政治家。南部のリオ・グランデ・ド・スル州知事から,地方の諸勢力の支持を得て台頭し,1930年無血革命で臨時大統領に就任。1934年中央集権的でファッショ色の強い憲法を制定,大統領に選出される。
→関連項目クビチェックブラジル

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デジタル大辞泉プラスの解説

バルガス

ライオン株式会社が販売する洗髪剤のブランド名

出典|小学館
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世界大百科事典 第2版の解説

バルガス【Getúlio Dorneles Vargas】

1883‐1954
ブラジルの政治家。南部のリオ・グランデ・ド・スル州のサン・ボルジャに生まれた。軍人の父の後継を志して果たせず,ポルト・アレグレ法科大学卒業後政界に入った。コント実証主義を信奉し,州議会議員,下院議員,蔵相,リオ・グランデ・ド・スル州知事を歴任し,1929年大統領候補となる。コーヒー生産地サン・パウロと牧畜のミナス・ジェライスが交互に大統領を送り込んだ伝統が世界恐慌でゆらいだ時期に,地方の諸勢力(エリート,中間層,下級将校)の支持を得て登場したバルガスは,大統領選挙に敗れたあと,30年の無血革命に成功し,臨時大統領に就任した。

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大辞林 第三版の解説

バルガス【Getúlio Dornelles Vargas】

1883~1954) ブラジルの政治家。1930年の革命を経て大統領に就任、独裁的権限を掌握して労働者の保護と民族主義を基盤とした政策を展開。政策的に行き詰まり自殺。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バルガス
ばるがす
Getlio Dornelles Vargas
(1883―1954)

現代ブラジルの基礎を築いた政治家。南部のリオ・グランデ・ド・スール州の農場主の子に生まれる。ポルト・アレグレ大学で法律を学んだのち政界に入り、州や連邦の議員、連邦政府の蔵相、出身州の知事を歴任。1930年の大統領選挙に出馬し敗北したが、同年10月、軍部の革新派将校に担がれてクーデターによって政権を掌握した。1934年に中央集権的な新憲法を公布し、そのもとで正式の大統領となり、1935年から1936年にかけて共産党や左翼を厳しく弾圧して政敵を排除した。
 1937年には政情混乱を背景に軍事力を用いて新国家(エスタード・ノボ)とよばれるファシズム的色彩の濃い独裁政権体制を樹立し、そのもとで民族精神を高揚させて国民的統合を目ざすとともに、工業化と労働者階級保護の政策を進めて、伝統的地主階級と新興産業資本家層、および労働者階級の利益の調和を図った。第二次世界大戦では連合国の側にたって参戦し、イタリア戦線に派兵した。1945年に軍部の圧力で大統領を辞任したが、1950年の選挙でふたたび大統領に就任した。しかし、世論や軍部の支持を失って1954年8月自殺を遂げ、劇的な形で生涯の幕を閉じた。[加茂雄三]

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世界大百科事典内のバルガスの言及

【アマゾニア】より

…そしてゴム景気も復活したのであるが,終戦とともに衰退し,アマゾニアは再びパラ栗(ブラジルナッツ)や木材の生産,わずかばかりのゴム生産など静かな採取産業の世界に戻ってしまうのである。 近代的なアマゾニアの幕あけは,53年バルガス大統領によるアマゾン経済評価庁(SPVEA)の設立に始まる。そして66年には,これに代わってアマゾン開発庁(SUDAM)が設立され,アマゾン信用銀行がアマゾン銀行に改組されるなど資金的な裏付けも行われた。…

【インテグラリスタ党】より

…下級中間層をはじめ,軍,政府,教会,南部ドイツ人社会の中に浸透し,一時は党員20万を擁した。バルガス大統領に協力して共産党を追い落とし,大統領の独裁体制〈新国家(エスタード・ノーボ)〉樹立に協力してその中核組織になるかにみえた。しかし対米協調路線を採用して極右切捨てを図るバルガスと,党の民兵組織を警戒する軍部によって37年12月解散に追いこまれた。…

【テネンティズモ】より

…軍事反乱を社会革命に転化させようとしたL.C.プレステスの指揮下,反乱軍は全国2600kmを行軍し,運動を全国に拡大した。民族主義的姿勢を強めたテネンテスは資源の国有化,大土地所有制の廃止,中間層の政治参加を主張し,強力な政府の樹立を求めてバルガスに接近した。1930年の革命後,バルガスが臨時大統領になると,テネンテスの一部は政権に参加して政策決定に加わり,権威主義的なバルガス体制を支えた。…

【ブラジル】より

…こうして彼らはノロエステ,奥パウリスタ,奥ソロカバナ鉄道沿線に幾百もの〈植民地〉と呼ばれる日系集団地を形成,日本人会,産業組合,青年団,処女会,日本学校,野球チームなどを組織して,やや日本村落類似のエスニック地域共同体を築いた。 一方,軍事クーデタで政権をとったG.バルガスは国家主義的政策を推進し,外国人に対しては同化主義を強力に適用した。1933‐34年には新憲法審議会を主舞台に排日運動が展開され,排日を目的とした移民制限法が成立した。…

【ラテン・アメリカ】より

…20世紀初頭から20年代にかけて,アルゼンチンやチリやウルグアイでは,メキシコのような革命という爆発的なかたちをとらずに,漸進的ながらも中間層による政治権力への参加や労働者階級の地位の向上を実現していった。30年代初めの世界恐慌はこの地域の諸国の経済に甚大な打撃を与え,その後,アルゼンチン,ブラジル,チリ,メキシコなどは輸入代替の工業化政策をとるようになり,また,メキシコやブラジル,アルゼンチンではそれぞれ,L.カルデナスG.D.バルガスJ.D.ペロンのもとで30年代から40年代にかけて労働者階級の地位向上のため積極的な政策がとられるようになった。 一方,中央アメリカやカリブ海では20世紀初頭以来アメリカ合衆国がこの地域に積極的に進出し,この地域を自己の勢力圏とした。…

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