バレーボール(読み)ばれーぼーる(英語表記)volleyball

翻訳|volleyball

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バレーボール
ばれーぼーる
volleyball

二つの相対するチームがネットを挟んでボールを床面に落とさないように打ち合い、得点を競う球技。排球ともいう。年齢、性別に関係なくできる親しみやすいスポーツで、しかも1個のボールがあれば数人が一度にゲームを楽しめる、レクリエーションに適したスポーツである。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

歴史

世界

バレーボールが生まれたのはアメリカである。1895年、マサチューセッツ州ホールヨークにあるYMCAの体育指導者ウィリアム・G・モルガンWilliam G. Morgan(1870―1942)によって創案されたスポーツで、モルガンの考えは、運動量のあまり過激でない、しかも大ぜいの人たちが一度に楽しめる競技をということであった。したがって、翌1896年にスプリングフィールドで開催された最初の公開試合には、若者に混じって、かなりの年配者が多数参加したことが記録されている。当初のルールは5人制・21点制であったが、しだいに改良されて、1920年ごろまでの間に6人制・ローテーション制というような現行6人制国際ルールの基礎が確立されていった。

 アメリカからソ連(当時)にどのようにしてバレーボールが伝来したかはつまびらかではないが、世界最初の組織体として、1925年にはソ連バレーボール連盟が創設されている。創案国のアメリカはこれに遅れること3年、1928年にやっとアメリカ・バレーボール協会が設置された。その後、第一次・第二次世界大戦に従軍したソ連やアメリカの兵士、さらにはソ連の舞踊家たちによって、世界中にバレーボールの種がばらまかれたのである。第二次世界大戦直後の1947年に世界的統一機関である国際バレーボール連盟International Volleyball Federation(英語、略称IVBF)/Fédération Internationale de Volleyball(フランス語、略称FIVB)が結成され、本部をパリに置き、初代会長にポール・リボーPaul Libaud(1905―1994)が選ばれた。1949年にはチェコスロバキアのプラハで第1回男子世界選手権大会が開催され、ソ連が初優勝した。女子の大会は男子に遅れること3年、1952年のソ連のモスクワ大会から創設され、男子同様ソ連が初優勝している。

 バレーボールはこのように、世界的には非常に若いスポーツである。オリンピックの正式種目になったのも1957年のIOC(国際オリンピック委員会)総会のときであり、実際にオリンピックの場に登場したのは、1964年(昭和39)のオリンピック東京大会からである。この大会では日本の活躍が目覚ましく、「東洋の魔女」の異名をとる女子チームが金メダル、男子も銅メダルをとり、さらに1972年のミュンヘン大会では、男子も金メダルを獲得し、今日の世界バレーボール界における日本バレーの地位を確立した。国際バレーボール連盟には、日本からも松平康隆(やすたか)(1930―2011)実行副会長以下多くの役員を送り出し、バレーボールを世界のスポーツへと発展させるために地道な努力を続けてきた。2016年には加盟国(国際バレーボール連盟承認数)は222に達し、サッカー、陸上競技、水泳をしのぐ世界スポーツ界で有数の加盟国を有する組織へと発展した。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

日本

バレーボールが日本に渡来したのは、1908年(明治41)、アメリカの体育事情を視察に行った大森兵蔵(ひょうぞう)(1876―1913)が東京YMCAに伝えたといわれているが、全国に積極的に宣伝したのは、1913年(大正2)にアメリカYMCAから派遣されたブラウンFranklin H. Brown(1882―1973)である。当時紹介されたバレーボールは16人制であったが、1923年には12人制、さらに改良されて1925年の第2回明治神宮体育大会からは9人制で実施されることになった。1927年(昭和2)には日本バレーボール協会(JVA、当時は大日本排球協会)が設立され、同時に、フィリピンや中国を中心に開催されていた極東選手権大会(1913~1934)の正式種目として登場し、レクリエーション・スポーツではなく競技的スポーツとして発達していった。

 第二次世界大戦後、物資不足の日本では、用具や施設に費用のかからないバレーボールが最初に復興したスポーツであり、競技人口も飛躍的に増加し、当時のスローガン「100万人のバレー」は短期間のうちに達成された。これらはすべて9人制のバレーボールであった。日本における6人制バレーボール(国際式ルール)の研究開発は、1953年(昭和28)の早稲田(わせだ)大学チームの渡米から始まる。しかし、日本が本格的に国際舞台への進出を目ざし、推進したのは、1960年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された男子第4回、女子第3回の世界選手権大会に日本代表を派遣した(男子は8位、女子は2位)ことと、1961年に強化コーチ松平康隆をソ連にコーチ留学させたことで、東京オリンピックの数年前からであった。以来、急速に日本の6人制バレーボールの競技力は向上し、1962年ソ連のモスクワで行われた世界選手権大会で女子が初優勝、男子が5位、さらには1964年のオリンピック東京大会で、ニチボー貝塚(かいづか)(後のユニチカ。2000年東レに移籍)を主体とする女子が金メダル、男子が銅メダル、1968年のオリンピック・メキシコ大会でも、男女ともソ連に次いで銀メダルを獲得し、さらに1972年のミュンヘン大会で男子、1976年のモントリオール大会で女子が、金メダルを獲得した。国内でも、近年、ワールドカップ、世界選手権大会、FIVBバレーボールネーションズリーグ等多くの国際大会が開催されており、テレビ中継の視聴率も高い。また、小学生からママさんバレー、1990年(平成2)ごろから広まり始めたソフトバレーボールなど、バレーボールは普及・発展を遂げ、人気スポーツの一つとなっている。

 1990年代後半から海外のプロリーグに挑戦する選手も現れている。また、2011年(平成23)からは小学校体育授業の正課種目としてミニソフトバレー(4人制)が導入され、さらなる普及発展が期待されている。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

施設と用具

国際バレーボール連盟(FIVB)および日本バレーボール協会(JVA)の競技規則により規定されている。

[豊田 博 2019年10月18日]

コートの大きさ

6人制のコートは、男女とも縦18メートル、横9メートルのコート(小学生は縦16メートル、横8メートル)で行われる。コートの中央にはコートを二分するセンター・ライン、さらにそのセンター・ラインから3メートル(小学生は2.7メートル)、おのおののエンド・ライン方向にアタック・ラインが引かれる。また、エンド・ラインの後方9メートルの範囲にサービス・ゾーンが設けられ、エンド・ラインから20センチメートル離れたところに長さ15センチメートルの短いラインをマークする。これらのラインは、すべて幅5センチメートルの線であり、すべての長さは幅5センチメートルのラインの外側から他のラインの外側までの長さである。センター・ラインは、プレー中に相手コートの選手が入り込んでぶつかったり、捻挫(ねんざ)したりする障害予防のものであり、アタック・ラインは、ルールに定められているバック・プレーヤーがアタック・ラインよりもネット寄りのゾーン(フロント・ゾーン)内からジャンプして攻撃したり、ブロッキングしたりする動作を防止するために設けられたものである。

 9人制のコートは、男子は縦21メートル、横10.5メートル、女子は縦18メートル、横9メートル(ママさんバレーボールを含む)で、6人制と異なりセンター・ライン、アタック・ライン、サービス・ゾーン・ラインは引かれない。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

ネットの高さ

6人制の場合、一般男子・大学男子は2メートル43センチ、一般女子・大学女子は2メートル24センチと国際ルールどおり行われているが、高校男子は2.4メートル、中学生男子は2.3メートル、高校女子は2.2メートル、中学生女子は2.15メートル、小学生は男女ともに2メートルで、おのおの日本独特の基準を設けている。9人制のネットの高さは一般男子2.38メートル、一般女子2.15メートル、高校男子は2.25メートル、中学生男子は2.15メートル、高校女子は2.05メートル、中学生女子は2メートル、小学生は男女ともに1.9メートルで、6人制競技よりも低く規定されている(ママさんバレーボールは2.05メートル)。ネットはどの部分の高さも同じになるように水平に張り、そして両方のサイド・ラインの真上の部分に地面(床)に垂直に幅5センチメートルの白い布(サイドバンド)とアンテナをつける。アンテナはサイドバンドの外側に高さ180センチメートルで設置され、ルールに定めてあるように、ボールを相手コートに返す場合、その内側を通して返さなければならない。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

障害物の規定

公式大会では、コートのサイド・ラインの外側5メートル、またエンド・ラインの外側6.5メートル以内には審判台以外のいかなる障害物があってもいけない。また、コート面から天井までの高さは最低12.5メートル以上が望ましいとされている。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

ボールの大きさと重さ

6人制・9人制ともに、一般男女・高校男女は、いわゆる5号ボールといわれるボールを使用する。ボールの周囲が65~67センチメートル、重さは260~280グラム、中の気圧が0.300~0.325kg/cm2である。中学男女では、いわゆる4号ボール(周囲が62~64センチメートル、重さ240~260グラム)、小学生は軽量4号ボール(周囲が62~64センチメートル、重さ200~220グラム)という一回り小さい、軽いボールを使用している。ママさんバレー(9人制のみ)は、中学男女と同様に4号ボールを使用する。ボールの色は、6人制では明るい単色、または複数の色の組み合わせでもよい。9人制では、均一で明るい色のもの、またはJVAが承認した色の組み合わせのものとされる。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

服装

リベロ・プレーヤーを除いて、チームごとに統一された清潔な服装で出場しなければいけない。選手は肌シャツ、パンツおよび軽い靴(かかとなしのゴムまたは皮革製の柔らかいもの)を着用しなければいけない。また、試合中に負傷の原因となるおそれのあるかぶりものや、宝石・ピン・腕時計などの金属製品を身につけてはいけない。さらに選手は、背番号、胸番号および主将マークを次のような大きさでつけなければいけない。背番号は字幅2センチメートル以上、高さ20センチメートル以上。胸番号は字幅2センチメートル以上、高さ15センチメートル以上。主将マークは横の長さ8センチメートル、幅2センチメートルの横棒マーク。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

競技方法とルール

FIVBおよびJVAの競技規則に基づいて行われる。6人制は、その名のとおり6人ずつの選手がネットを挟んで相対し、ボールを打ち合って早く25点先取(24対24になった場合は2点差がつくまで)したチームがセットを得ることになる。ただし5セット目のみは、相手に2点以上の差をつけて15点先取したチームが勝ちとなる。国際ルールでは、すべて5セット・マッチで、3セット先取したほうが勝ちである。日本では、高校生などほとんどの試合では3セット・マッチ(2セット先取勝ち)で行われている。

 普通、バレーボールの試合中のいろいろなプレーは次の順番で行われる。サーブ→サーブ・レシーブ(相手)→トス(相手)→スパイク(相手)→ブロッキング→レシーブ→トス→スパイクで相手側に返球、さらにこれに続いて相手側のレシーブ→トス→スパイクの応酬というラリーが展開されるわけである。この間に、相手コート内にスパイク、ブロック等でボールを打ち込んだり、相手に失敗(反則)させたりしたときに得点となる。得点したチームがサーブ権をもっていれば、ふたたび同じサーバーが続けてサーブを打ち、次のラリーを始めるが、もし相手チームがサーブ権を有していた場合は、得点したチームにサーブ権が移動する。同時に、サーブ権を得たチームは、前列3人、後列3人並んでいるポジションが時計の針の方向に一つずつ移動する(ローテーション)。サーブは、そのとき、前列右から後列右端の位置にきた選手がかならず打たなければならない。サーブは1回きりであり、失敗したら相手チームに1点が与えられ、サーブ権が移る。

 9人制では、ネット際に前衛3人(左・中・右)とその後方コート中央に3人(中衛)、さらにコート後方に3人(後衛)が位置する。9人は自由な位置でプレーでき、アタックやブロックには全員が参加することができる。ラリー中にボールがネットに触れた場合は同じ選手でももう1回プレーすることができる。得点は6人制の場合と同じように与えられる。2点差をつけて21点先取したチームが勝ち、20対20のときは、一方のチームが2点差をつけるまでゲームを続ける。3セットゲームで行われ2セット先取したチームが勝ちとなる。サーブは2回打つことができ、あらかじめ届け出た順にサーブを打つ。

 試合の管理・運営は、通常2人の審判(主審と副審)と4人のラインズ・マン(線審)によってなされる。トラブルが生じた場合には、主審の判定を最終判定とする。また、試合中に一つのチームが1セットにつき2回、作戦を立て直すためのタイムを要求することができる(タイム・アウト、1回30秒間)。国際大会では、最終セットを除きどちらかのチームが8点、さらに16点先取した際に60秒間のテクニカル・タイム・アウト制を用いている。メンバー・チェンジは1セットにつき6回できるが、先発メンバーの選手は一度ベンチに退いたあと、同一セット内にふたたび出場するときは、前のポジションに入らなければいけない。6人制でリベロ制を用いている際には、リベロ役の守備専門の選手(2人以内)は、交代後1回のラリーが終了した後であれば、1人だけ正規の6回の交代と関係なく、何回でもバックの位置に入ることができる。ただし、サーブを打つことはできない。

 また、国際公式大会では、審判の判定に不服のある場合、各チームは1セットにつき2回までチャレンジシステム(ビデオ判定)の適用を申告できる(国内では一部の大会で導入)。

 なお、ラリー中にしばしばおこるおもな反則プレーには次のようなものがある。

(1)タッチ・ネットtouch net ボールをプレーしようとしている、またはプレーを妨害しようとしている相手方選手の体や衣服が両アンテナ間のネットに触れ相手のプレーを妨害すること。

(2)ダブル・コンタクトdouble contact(9人制ではドリブル) 相手コートからの第1球目のボールを同一動作内で二度触れた場合と、ブロッカーが連続してボールに触れた場合を除いて、1人の選手が二度続けてボールに触れること。

(3)フォア・ヒットfour hit(9人制ではオーバータイムス) チームは3回以内の接触で相手コートにボールを返球しなければならないが、それ以上の回数ボールに触れること。ただし、6人制ではブロッカーの最初の接触は含まない。

(4)キャッチ・ボールcatch ball(9人制ではホールディング) ボールをつかんだり、持ち上げたりすること。

(5)ペネトレーション・フォールトpenetration fault(9人制ではオーバーネット) 6人制で、ブロッキング以外のあらゆる場合、ネットの上から手を突き出して相手方コートにあるボールに触れること。またプレー中にセンター・ラインを踏み越したり、相手コート内に入りこむこと。9人制ではブロッキング時もオーバーネットの反則となる。

(6)ポジショナル・フォールトpositional fault 6人制でサーブのとき、サーバー以外の選手がローテーションに従ってコート内の定められた位置にいなかったり、ラリー中にバックの選手がアタック・ラインよりもネット寄り(フロント・ゾーン内)でジャンプし、ネット上端より高い位置からボールを相手コートに返球したりすること。

 9人制ではポジション上の制約はないので、ポジショナル・フォールトの反則はないが、ブロッカーが両アンテナ間のネット上を越えて相手コート上のボールに触れるとオーバーネットの反則になる。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

戦法

6人制バレーボールの選手の配置には、ローテーションすることを考え、スパイカーとセッターを攻守のバランスよく組み合わせることがたいせつである。

 バレーボールの戦法は、チームの選手の個性や技術的特性などを考えて決めるべきものであり、1960年代までは、力のソ連、技(わざ)のチェコスロバキア、高さと安全第一の東ドイツ、テンポとリズムのブラジルやルーマニア、速さとコンビネーションの日本という、五つの主流があった。そしておのおの独特のスタイルを有して、優れた成績をあげてきたが、最近ではおのおのの流れに加えて、総合力と新しい技術を開発したチームが、国際大会で上位を占めるようになってきた。タイミングの異なった2種類のスパイクをネットに対し前後に組み合わせた縦の時間差攻撃やバックアタック(バックの選手の攻撃参加)、スパイカーがポジションを互いに変えつつ、空中を斜めに流れながら打つ移動攻撃、ジャンプしてスパイクするように打つジャンピング・サーブや、速攻に対する後衛(バック)の前進布陣など、力と速さと動きの変化を加えたバレーが一段と要求される時代になってきている。

 1960年代までは、世界のバレーボール界は、男女ともに日本とソ連、そしてチェコスロバキア、ポーランド、東ドイツなどの東ヨーロッパ諸国が世界一を競い合ってきたが、1970年代以降は、男子では南米のブラジル、アルゼンチン、中北米ではキューバ、アメリカ、ペルー、アジアでは中国、韓国、イラン、タイ、ヨーロッパではイタリア、オランダ、セルビア、ギリシア、トルコと、多くの国々が世界のトップクラスをねらう実力をつけてきており、世界のバレーボールのリーダーであった日本も、身長差や選手育成組織の不備などもあって苦しい立場にたたされている。

 日本では、9人制は6人制が普及するまでの40年間行われてきた伝統的なバレーボールであるが、現在でもママさんバレーをはじめ多くのクラブチームが引き継いで行っており、全日本大会も開催されている。比較的長身でブロックに参加できる速攻タイプのスパイカーやセッターをフォワード(前衛)のネット際の左・中・右に、またエーススパイカーをハーフサイド(中衛の左と右)に、守備中心の選手をハーフセンター(中衛の中)とバック(後衛)に配置するのが基本である。攻撃にはフォワードのセッターが速攻のフォワードの左右をおとりにしてエースのハーフサイドに強打させることが多い。また守りは相手の攻めに対しハーフサイドとフォワードの5人のうち3人がブロックに、残りの2人がコート前方で、残りの4人がコート後方のボールに備えることが基本的配置で、6人制より人数が多いので攻守のコンビネーションが大切である。

[松平康隆・豊田 博 2019年10月18日]

シッティングバレーボール

上体(肩から臀部(でんぶ)までの部位)の一部がかならず床に接触した状態で行うバレーボール。シッティングバレーボールsitting volleyballは、通常のバレーボールと違ってプレー時に立ち上がったり跳びはねたりすると反則となる。

〔1〕歴史
1956年、オランダで治療やリハビリテーションを目的に身体が不自由な人のために考え出されたといわれているが、現在では健常者や身障者がいっしょにプレーする大会も開催されている。1957年に初めての大会が開かれて以来、世界各国に普及し、現行のルールに統一されていったが、1980年のオランダのアーネムで開催されたパラリンピック大会で男子の正式種目となり、1983年からは世界選手権大会も開催されるようになった。2004年のパラリンピック・アテネ大会から女子の部も正式種目となった。

 日本では1992年(平成4)に東京で初めてのシッティングバレーボールのチームが結成され、全国各地で行われた普及活動の結果、1997年に埼玉で第1回の日本選手権大会が開催された。男子は2000年(平成12)のパラリンピック・シドニー大会に初参加して9位、2004年のアテネ大会は7位、2008年の北京(ペキン)大会は8位であった。女子は2008年の北京大会で初出場して8位、2012年のロンドン大会では7位に入賞している。また2002年の世界選手権大会(男子はエジプト、女子はスロベニアで開催)では男子8位、女子6位の成績をあげている。

 組織面では、1997年に日本シッティングバレーボール協会が、また2014年には日本パラバレーボール協会が設立され、国際大会へのチーム派遣、全日本選手権大会、身障者国体はじめ各種の大会の運営と普及活動の中心となっている。

〔2〕おもなルール
競技は国際障がい者バレーボール連盟(WPV)が定める規則に準じて行われる。コートは縦10メートル、横6メートルで、ネットの高さは男子1.15メートル、女子1.05メートルに張られる。ネット下のセンターラインとその後方2メートルにアタックラインを引く。ボールは6・9人制で用いられる5号球(周囲65~67センチメートル、重さ260~280グラム)を用いる。

 チームは6人でローテーション(サーブ権を得たチームが時計回りに一つずつ位置を移動)する。タイムアウトは1セット2回、選手交代は6回まで認められる。

 ゲームは5セットマッチで3セット先取したチームを勝ちとし、1セット25点先取、最後の5セット目のみ15点先取したチームが勝ちとなる。ラリーポイント制で行われる。

 基本的なプレーは通常の6人制と同様に行えばよいが、レシーブ時に短時間上体が床から離れた場合を除いて、トス・スパイク・ブロック・サーブ時に床から離れると反則となる。6人制同様オーバーネットの反則はない。

[豊田 博 2019年10月18日]

ビーチバレーボール

1チーム2名で行うバレーボール。通常、海岸の砂浜に設けられたコートで行われる。

〔1〕歴史
ビーチバレーボールbeach volleyballは、1914年ハワイの海岸でバレーボールを楽しんでいた人たちによって始められ、1930年ころからアメリカのカリフォルニア州のロングビーチの砂浜を中心に2人制の競技「ビーチバレーボール」へと発展したといわれている。その後、ブラジルを中心とする南米や、オーストラリア、さらにヨーロッパ各国でも行われるようになった。

 国際バレーボール連盟も世界的な普及に乗り出し、1996年のオリンピック・アトランタ大会からは正式種目となって、選手のプロ化、世界選手権大会・ワールドツアーの開催等に努めた結果、ビーチバレーボールは著しい成長を遂げている。

 日本では1987年(昭和62)に「第1回ビーチバレー・ジャパン大会」が神奈川県藤沢市の鵠沼(くげぬま)海岸で開催された。さらに1989年(平成1)に現在の「日本ビーチバレーボール連盟」の前身である「日本ビーチ・ソフトバレー連盟」が設立され、本格的な取組みがスタートした。現在では、日本バレーボール協会傘下の独立組織として日本ビーチバレーボール連盟が、オリンピック、世界選手権大会、ワールドツアーへの選手強化や運営に参画するほか、全日本選手権大会をはじめとする各種の大会の運営や選手育成等の事業を推進している。

〔2〕おもなルール
競技はFIVBおよびJVAのビーチバレーボール規則に基づいて行われる。コートの大きさは縦16メートル、横8メートルで、コートの外側5~6メートル以内に障害物がないこと、コート表面は平坦(へいたん)で砂浜のような負傷の危険のない場所で行うこととされている。ラインの幅は5~8センチメートルでセンターライン・アタックラインはない。また屋外でのゲームは雨天でも行い、豪雨、雷、強風等が選手に危険であると判断される場合は中断または中止される。ネットは長さ(横)8.5メートル、幅(縦)1メートルで、高さは男子2.43メートル、女子2.24メートル(6人制一般と同じ)で行われる。アンテナやサイドバンドは6人制一般と同じである。ボールは円周66~68センチメートル、重さ260~280グラムで、明るいカラーのものを、通常の3分の2の柔らかい内気圧(0.175~0.225 Kg/cm2)にして使う。

 ゲームは1セット21点制で、2セット先取したチームが勝ちとなるが、1対1の後の3セット目は15点で終わる。20対20(3セット目は14対14)のときは2点差がつくまで試合は続けられる。1、2セット目では両チームの得点の合計が21点に達したとき2分間のテクニカルタイムアウトが、また両チームとも1セットにつき1回30秒間のタイムアウトが要求できる。また両チームの得点合計が7の倍数(3セット目は5の倍数)になったとき、風や太陽光線等の影響を平等にするためにコートを交替する。

 プレー中の反則は原則として6人制のルールに準ずるが、フェイント(指の腹でボールを軽く押し、方向を変えるプレー)は禁止され、ブロッカーのブロック時のワンタッチも3回の許容回数のなかの1回とカウントされる。またオーバーハンドパスやトス時のダブルコンタクト(ドリブル)に対する判定が厳しく、反則とされやすい。

[豊田 博 2019年10月18日]

ソフトバレーボール

バレーボールのさらなる底辺拡大と小学校での教材化を目的として、日本バレーボール協会指導普及委員会が生み出したレクリエーション版のバレーボール。soft volleyball。

〔1〕歴史
1985年(昭和60)から研究が開始され、全国各地での指導者養成と講習会を開くなど普及の努力が重ねられ、1990年(平成2)に日本ソフトバレーボール連盟が発足した。その努力によって小学校の正課体育の教材に採用され、全国スポーツ・レクリエーション(スポレク)祭(1988~2011)や全国健康福祉祭(1988~ 。ねんりんピック)の中心種目にも加えられた。現在では、全国ソフトバレー・フェスティバルなどで、下記のように参加者の年齢に応じた各種の大会が開催され、全国で約1500チーム(約1万2000人)が正式登録チームとして活動している。

(1)フリーの部 18歳以上の男女各2人。

(2)ファミリーの部 1家族の老夫婦・夫婦・小学生以下の子供、または2家族の夫婦・小学生以下の子供で、コート内の選手は大人2人(男女)、子供2人。

(3)トリムの部 ブロンズ・クラス(30歳以上の男女各1人と40歳以上の男女各1人)、スポレク・クラス(40歳以上の男女各1人と50歳以上の男女各1人)、シルバー・クラス(50歳以上の男女各1人と60歳以上の男女各1人)、ゴールド・クラス(60歳以上の男女各2人)。

(4)レディースの部 18歳以上の女性2人と40歳以上の女性2人。

〔2〕おもなルール
競技はJVAのソフトバレーボール競技規則に基づいて行われる。コートはバドミントンコートのダブルスコート(縦13.4メートル、横6.1メートル)にセンター・ラインとショート・サービス・ライン(センター・ラインから1.98メートル後方)を引き、2.0メートルの高さのネットを用いる。ボールは薄いゴム製で、円周77~79センチメートル、重さ200~220グラムの低い内気圧の軽いものを用いる(小学生は重さ100グラム、低学年は50グラムの柔らかく風船のようなボールを用いる)。

 チームは監督1人、選手はキャプテンを含め4人(その他交代選手4人以内)で構成される。コート前方に2人、後方に2人が位置するが、サーブを打った後はフリーポジションになる。ポイントを取ったら時計回りに一つずつ位置をローテーションする。

 ゲームは1セット15点先取の3セットマッチ制で行われ、2セットを先取したチームが勝ちとなる(各セット14対14の場合には2点勝ち越したチーム、もしくは17点を先取したチームが勝利)。

 プレー上のルールは基本的には6人制のルールと同様であるが、低めのネットを用いるので負傷防止のためブロック時のオーバーネットは反則となる。また選手交代は1セットにつき4回まで。交代選手は、1セットに一度だけ先発メンバーと交代して競技に参加できるが、再度交代する場合は、同じ選手としか交代できない。小学生の場合は9人制のようにローテーションはしなくてもよく、あらかじめ決められた順番に従ってサーブを打つ。低学年の場合ショート・サービス・ラインの後方からサーブを打つことが認められる。

[豊田 博 2019年10月18日]

『前田豊・松平康隆・豊田博著『図説・バレーボール事典』(1967・講談社)』『松平康隆・豊田博・大野武治・稲山壬子・島津大宣編著『バレーボールのコーチング』(1974・大修館書店)』『日本バレーボール協会指導普及委員会・豊田博編『新訂バレーボール指導教本』(1988・大修館書店)』『豊田博著『バレーボール』(1995・旺文社)』『西川順之助著『バレーボールのルール』改訂版(1998・成美堂出版)』『国際バレーボール連盟著、豊田博監訳『FIVB COACHES MANUAL 2011』(2011・バレーボール・アンリミテッド)』『日本ソフトバレーボール連盟編『最新 ソフトバレー・ハンドブック』3訂版(2017・大修館書店)』『日本バレーボール協会編・刊『ビーチバレーボール教本 Beach volleyball how to book』(2018)』『日本バレーボール協会編・刊『バレーボール6人制競技規則』『バレーボール9人制競技規則』『ソフトバレーボール競技規則』『ビーチバレーボール競技規則』(2019)』


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百科事典マイペディアの解説

バレーボール

球技の一種。かつて日本では〈排球〉とも呼ばれた。中央にネットを張ったコートに2チームが相対し,面にボールを触れさせずに打ち合う競技。1895年米国のYMCA体育主事W.G.モルガンが創案。レクリエーション・スポーツとして海外に普及したが,旧ソ連や東欧で盛んに行われ,さらにアジア諸国が台頭し,次第にメジャー・スポーツとして世界的に認知されるようになった。日本へは1913年米国のF.H.ブラウンが紹介,普及した。1994年から日本バレーボール協会JVA)は将来のプロ化をめざしてVリーグを実施している。世界的な大会としては国際バレーボール連盟FIVB)主催の世界選手権とワールドカップなど。ボールは革製で,周囲の長さは一般男子で65〜67cm。国際式の6人制と日本独自の9人制の二つのルールがある。〔6人制〕 ウェストより下の部分でボールに触れると反則。競技者は3人ずつ前衛と後衛に分かれ,アタックラインより前での攻撃は前衛だけに許され,各競技者はそのチームがサービス権を得ると同時に時計の針の回る方向にそのポジションを一つずつ変える。サービス権をもっているチームが打ち勝つと得点となるが,サービス権のないチームが打ち勝った場合にはサービス権を得るだけ。各サーバーに許されるサービスは1回。試合は5セットまたは3セットマッチで,それぞれ3セットまたは2セット先取したほうが勝ち(国際試合は5セットマッチ)。各セットは25点先取(24対24となった場合にはどちらかが2点先取)したほうが取る。フルセットで迎えた最終セットは15ポイント先取。ネットの高さは一般男子で2.43m。オリンピック種目としては男女とも1964年の東京オリンピックで正式種目として採用。当時のオリンピック憲章の規定で開催国が新種目を2競技まで選ぶことができることになっており,日本はメダルの可能性が高い競技として柔道バレーボールを新種目とした。女子バレーボールはオリンピック競技に採用された最初の女子団体種目となった。日本は女子が1964年東京オリンピック,1976年モントリオールオリンピック,男子が1972年ミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得した。オリンピックでの日本の活躍からバレーボールが日本のお家芸と呼ばれるようになったが,1990年代以降は男女とも世界のトップクラスに届かない状態が続いた。女子はキューバ,ロシア(旧ソ連),ブラジルが強豪,男子はブラジル,ロシア(旧ソ連),アメリカが強豪でイタリアが続いた。初期の日本女子チームの活躍に刺激された中国が1980年代に台頭し,1984年ロサンゼルスオリンピック,2004年アテネオリンピックで金メダルを獲得している。日本は女子がロサンゼルスオリンピックで銅を獲得したのち低迷していたが,2012年ロンドンオリンピックで銅メダルを獲得した。世界ランキング(2013年)は男子がブラジル,ロシア,イタリア,アメリカの順で日本は17位。女子はブラジル,アメリカ,日本,イタリアの順で日本は3位につけている。〔9人制〕 膝(ひざ)から下の部分でボールに触れると反則。相手側コートに返球する前にそのチームは3度(途中でボールがネットに触れた場合には4度)までボールを打つことができ,途中ボールを落としたり反則を犯すと相手チームに1点が与えられる。各サーバーには1回のサービスミスが許され,失点するとサービス権は相手チームに移る。試合は3セットマッチで2セット先取したほうが勝ち。各セットは21点先取(20対20となった場合には2点勝ち越し)したほうが取る。ネットの高さは一般男子で2.38m。→ビーチ・バレー
→関連項目インディアカ大森兵蔵大松博文松平康隆ママさんバレー

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バレーボール
volleyball

2チームに分かれ,中央をネットで区切ったコート内でネット越しにボールを床に落とさずに打ち合い,得点を競う球技。6人制バレーボールと9人制バレーボールがある。 1895年アメリカのウィリアム・G.モーガンが考案。第1次世界大戦後ヨーロッパから各国に普及し,1947年国際バレーボール連盟 FIVBが創設された。 1957年6人制がオリンピック競技として承認され,1964年東京オリンピック競技大会から実施された。以後6人制が世界の主流となった。日本へは 1913年アメリカのフランクリン・H.ブラウンによって紹介された。 1927年大日本球協会 (のちに日本バレーボール協会に改称) が設立され,当初9人制を採用していたが,1951年国際バレーボール連盟に加盟後6人制を導入した。6人制は3セットないし5セットで行なわれ,それぞれ2セットないし3セット先取で勝敗が決まる。1セットは一方が2点差をつけて 25点先取した時点で終了,24対 24の場合はどちらかが2点勝ち越すまで行なう。ただし第5セットは2点差をつけて 15点先取したチームの勝ちとなる。得点は,かつてはサービスを受けるレシーブ側がエラーかファウルしたときだけサービス権をもつ側に与えられ,サービスする側がエラーかファウルをした場合はサービス権が相手に移るだけだった。しかしその後,試合のスピードアップのためラリーポイント制が導入され,サービス権の有無にかかわらず相手チームがミスや反則を犯したり,味方チームがラリーに勝てば点が与えられるように改正された。また,両チームとも1人のリベロ選手を指名できるようにもなった。リベロは守備専門で,サービスやブロックはできない。他の選手とは別の色のユニフォームを着る。コートの規格は 18m× 9mで,ネットの高さは男子 2.43m,女子 2.24m。

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精選版 日本国語大辞典の解説

バレー‐ボール

〘名〙 (volleyball) 球技の一つ。二組のチームが、ネットをはさんでコートにはいり、ボールをコートの地表に触れさせないよう互いにネットを越して三打以内でボールを打ち合うゲーム。また、そのゲームに用いる球。一八九五年にアメリカのW=G=モルガンによって、テニスとハンドボールからヒントを得て考案された。現在六人制と九人制がある。排球。バレー。〔モダン用語辞典(1930)〕

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デジタル大辞泉の解説

バレーボール(volleyball)

コート中央のネットを挟んで2チームが相対し、ボールを地に落とさないように、手やで打ち合って得点を競う球技。バレー。排球。→ビーチバレー
[補説]六人制と九人制があり、オリンピックをはじめ国際試合では六人制が主流となっている。

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世界大百科事典 第2版の解説

バレーボール【volleyball】

球技の一種。6人(または9人)の2組のチームが,ボールをコートの床に落とさないように手や腕でネット越しに打ち合うスポーツ。ボールを打つときの腕の動作,コート内に選手を配置すること,飛来したボールを自コートから相手コートに打ち返すことなどから,〈手でおして開く〉〈に並べる〉〈退ける〉を意味する〈排〉のを用いて,かつて〈排球〉とも呼んだ。
【歴史】
 1895年アメリカのマサチューセッツ州ホールヨークYMCAで,体育主事モーガンWilliam G.Morgan(1870‐1942)によって創案された。

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