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バレーボール バレーボール volleyball

翻訳|volleyball

7件 の用語解説(バレーボールの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バレーボール
バレーボール
volleyball

2チームに分かれ,中央をネットで区切ったコート内でネット越しにボールを床に落とさずに打ち合い,得点を競う球技。6人制バレーボール9人制バレーボールがある。 1895年アメリカウィリアム・G.モーガンが考案。

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デジタル大辞泉の解説

バレーボール(volleyball)

コート中央のネットを挟んで2チームが相対し、ボールを地に落とさないように、手や腕で打ち合って得点を競う球技。バレー。排球。→ビーチバレー
[補説]六人制と九人制があり、オリンピックをはじめ国際試合では六人制が主流となっている。

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百科事典マイペディアの解説

バレーボール

球技の一種。かつて日本では〈排球〉とも呼ばれた。中央にネットを張ったコートに2チームが相対し,床面にボールを触れさせずに打ち合う競技。1895年米国のYMCA体育主事W.G.モルガンが創案。

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デジタル大辞泉プラスの解説

バレーボール

任天堂が発売するゲームソフト。スポーツゲーム。1986年7月発売。ファミリーコンピュータ用。

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世界大百科事典 第2版の解説

バレーボール【volleyball】

球技の一種。6人(または9人)の2組のチームが,ボールをコートの床に落とさないように手や腕でネット越しに打ち合うスポーツ。ボールを打つときの腕の動作,コート内に選手を配置すること,飛来したボールを自コートから相手コートに打ち返すことなどから,〈手でおして開く〉〈列に並べる〉〈退ける〉を意味する〈排〉の字を用いて,かつて〈排球〉とも呼んだ。
【歴史】
 1895年アメリカのマサチューセッツ州ホールヨークYMCAで,体育主事モーガンWilliam G.Morgan(1870‐1942)によって創案された。

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大辞林 第三版の解説

バレーボール【volleyball】

二チームがネットを境に左右に分かれ,ボールを打ち合う球技。ボールを床に落とさないで,三打以内で相手コートに入れる。六人制と九人制があり,ルールやコートは異なる。バレー。排球。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バレーボール
ばれーぼーる
volleyball

二つの相対するチームがネットを挟んでボールを床面に落とさないように打ち合い、得点を競う球技。排球ともいう。年齢、性別に関係なくできる親しみやすいスポーツで、しかも1個のボールがあれば数人が一度にゲームを楽しめる、レクリエーションに適したスポーツである。[松平康隆・豊田 博]

歴史


世界
バレーボールが生まれたのはアメリカである。1895年、マサチューセッツ州ホールヨークにあるYMCAの体育指導者ウィリアム・G・モルガンWilliam G. Morgan(1870―1942)によって創案されたスポーツで、モルガンの考えは、運動量のあまり過激でない、しかも大ぜいの人たちが一度に楽しめる競技をということであった。したがって、翌1896年にスプリングフィールドで開催された最初の公開試合には、若者に混じって、かなりの年配者が多数参加したことが記録されている。当初のルールは5人制・21点制であったが、しだいに改良されて、1920年ごろまでの間に6人制・ローテーション制というような現行6人制国際ルールの基礎が確立されていった。
 アメリカからソ連(当時)にどのようにしてバレーボールが伝来したかはつまびらかではないが、世界最初の組織体として、1925年にはソ連バレーボール連盟が創設されている。創案国のアメリカはこれに遅れること3年、1928年にやっとアメリカ・バレーボール協会が設置された。その後、第一次・第二次世界大戦に従軍したソ連やアメリカの兵士、さらにはソ連の舞踊家たちによって、世界中にバレーボールの種がばらまかれたのである。第二次世界大戦直後の1947年に世界的統一機関である国際バレーボール連盟International Volleyball Federation(英語、略称IVBF)/Fdration Internationale de Volleyball(フランス語、略称FIVB)が結成され、本部をパリに置き、初代会長にポール・リボーが選ばれた。1949年にはチェコスロバキアのプラハで第1回男子世界選手権大会が開催され、ソ連が初優勝した。女子の大会は男子に遅れること3年、1952年のソ連のモスクワ大会から創設され、男子同様ソ連が初優勝している。
 バレーボールはこのように、世界的には非常に若いスポーツである。オリンピックの正式種目になったのも1957年のIOC(国際オリンピック委員会)総会のときであり、実際にオリンピックの場に登場したのは、1964年(昭和39)の東京オリンピックからである。この大会では日本の活躍が目覚ましく、「東洋の魔女」の異名をとる女子チームが金メダル、男子も銅メダルをとり、さらに1972年のミュンヘン大会では、男子も金メダルを獲得し、今日の世界バレーボール界における日本バレーの地位を確立した。1984年、国際バレーボール連盟2代目会長にルーベン・アコスタ、また2008年に3代目の魏記中(ウェイジゾン)が就任した。日本からも松平康隆実行副会長以下多くの役員を送り出し、バレーボールを世界のスポーツへと発展させるために地道な努力を続けてきた。2012年には加盟国(国際バレーボール連盟承認数)は220に達し、世界最多の加盟数を有する組織へと発展した。[松平康隆・豊田 博]
日本
バレーボールが日本に渡来したのは、1908年(明治41)、アメリカの体育事情を視察に行った大森兵蔵(ひょうぞう)(1876―1913)が東京YMCAに伝えたといわれているが、全国に積極的に宣伝したのは、1913年(大正2)にアメリカYMCAから派遣されたブラウンF. H. Brownである。当時紹介されたバレーボールは16人制であったが、1923年には12人制、さらに改良されて1925年の第2回明治神宮体育大会からは9人制で実施されることになった。1927年(昭和2)には日本バレーボール協会(JVA、当時は大日本排球協会)が設立され、同時に、フィリピンや中国を中心に開催されていた極東選手権大会(1913~1934)の正式種目として登場し、レクリエーション・スポーツではなく競技的スポーツとして発達していった。
 第二次世界大戦後、物資不足の日本では、用具や施設に費用のかからないバレーボールが最初に復興したスポーツであり、競技人口も飛躍的に増加し、当時のスローガン「100万人のバレー」は短期間のうちに達成された。これらはすべて9人制のバレーボールであった。日本における6人制バレーボール(国際式ルール)の研究開発は、1953年の早稲田(わせだ)大学チームの渡米から始まる。しかし、日本が本格的に国際舞台への進出を企図し、推進したのは、1960年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された男子第4回、女子第3回の世界選手権大会に日本代表を派遣した(男子は8位、女子は2位)ことと、1961年に強化コーチ松平康隆をソ連にコーチ留学させたことで、東京オリンピックの数年前からであった。以来、急速に日本の6人制バレーボールの競技力は向上し、1962年ソ連のモスクワで行われた世界選手権大会で女子が初優勝、男子が5位、さらには1964年の東京オリンピックで、ニチボー貝塚(かいづか)(後のユニチカ。2000年東レに移籍)を主体とする女子が金メダル、男子が銅メダル、1968年のオリンピック・メキシコ大会でも、男女ともソ連に次いで銀メダルを獲得し、さらに1972年のミュンヘン大会で男子、1976年のモントリオール大会で女子が、金メダルを獲得した。国内でも、近年、ワールドカップ、世界選手権大会等多くの国際大会が開催されており、テレビ中継の視聴率も高い。また、小学生からママさんバレー、1990年(平成2)ごろから広まり始めたソフトバレーボールなど、バレーボールは普及・発展を遂げ、人気スポーツの一つとなっている。
 1990年代後半から海外のプロリーグに挑戦する選手も現れている。また、2011年(平成23)からは小学校体育授業の正課種目としてミニソフトバレー(4人制)が導入され、さらなる普及発展が期待されている。[松平康隆・豊田 博]

施設と用具


コートの大きさ
6人制(国際式ルール)のコートは、男女とも縦18メートル、横9メートルのコートで行われる。コートの中央にはコートを二分するセンター・ライン、さらにそのセンター・ラインから3メートル、おのおののエンド・ライン方向にアタック・ラインが引かれる。また、エンド・ラインの後方9メートルの範囲にサービス・ゾーンが設けられ、エンド・ラインから20センチメートル離れたところに長さ15センチメートルの短いラインをマークする。これらのラインは、すべて幅5センチメートルの線であり、すべての長さは幅5センチメートルのラインの外側から他のラインの外側までの長さである。センター・ラインは、プレー中に相手コートの選手が入り込んでぶつかったり、捻挫(ねんざ)したりする障害予防のものであり、アタック・ラインは、ルールに定められているバック・プレーヤーがアタック・ラインよりもネット寄りのゾーン内からジャンプして攻撃したり、ブロッキングしたりする動作を防止するために設けられたものである。
 9人制のコートは、年齢・性別によって大きさが違うが、6人制と異なりセンター・ライン、アタック・ライン、サービス・ゾーン・ラインは引かれない。[松平康隆・豊田 博]
ネットの高さ
6人制の場合、一般男子・大学男子は2メートル43センチ、一般女子・大学女子は2メートル24センチと国際ルールどおり行われているが、高校・中学については、日本独特の基準を設けている。ネットはどの部分の高さも同じになるように水平に張り、そして両方のサイド・ラインの真上の部分に地面(床)に垂直に幅5センチメートルの白い布とアンテナをつける。アンテナは、ルールに定めてあるように、ボールを相手コートに返す場合、その内側を通して返さなければならない。[松平康隆・豊田 博]
障害物の規定
6人制においては、国際ルールで、コートのサイド・ラインの外側3メートル(公式大会では5メートル)、またエンド・ラインの外側3メートル(公式大会では8メートル)以内には審判台以外のいかなる障害物があってもいけない。また、コート面から天井までの高さは最低7メートル、できれば12.5メートル以上が望ましいとされている。[松平康隆・豊田 博]
ボールの大きさと重さ
6人制の場合には一般男女・高校男女とも、いわゆる5号ボールといわれるボールを使用する。ボールの周囲が66センチメートル(プラスマイナス1センチメートル)、重さは270グラム(プラスマイナス10グラム)、中の気圧が1平方センチメートル当り0.300~0.325キログラムである。9人制では、一般男女と高校男女では6人制同様5号ボールを使うが、ママさんバレーと中学男女では、いわゆる4号、小学生は軽量4号ボールという一回り小さい、軽いボールを使用している。[松平康隆・豊田 博]
服装
リベロ・プレーヤーを除いて、チームごとに統一された清潔な服装で出場しなければいけない。選手は肌シャツ、パンツおよび軽い靴(かかとなしのゴムまたは皮革製の柔らかいもの)を着用しなければいけない。また、試合中に負傷の原因となるおそれのあるかぶりものや、宝石・ピン・腕時計などの金属製品を身につけてはいけない。さらに選手は、背番号、胸番号および主将マークを次のような大きさでつけなければいけない。背番号は字幅2センチメートル以上、高さ20センチメートル以上。胸番号は字幅2センチメートル以上、高さ15センチメートル以上。主将マークは横の長さ8センチメートル、幅2センチメートルの横棒マーク。[松平康隆・豊田 博]

競技方法とルール

6人制は、その名のとおり6人ずつの選手がネットを挟んで相対し、ボールを打ち合って早く25点先取(24対24になった場合は2点差がつくまで)したチームがセットを得ることになる。ただし5セット目のみは、相手に2点以上の差をつけて15点先取したチームが勝ちとなる。国際ルールでは、すべて5セット・マッチで、3セット先取したほうが勝ちである。日本では、高校生などほとんどの試合では3セット・マッチ(2セット先取勝ち)で行われている。
 普通、バレーボールの試合中のいろいろなプレーは次の順番で行われる。サーブ→サーブ・レシーブ(相手)→トス(相手)→スパイク(相手)→ブロッキング→レシーブ→トス→スパイクで相手側に返球、さらにこれに続いて相手側のレシーブ→トス→スパイクの応酬というラリーが展開されるわけである。この間に、相手コート内にスパイク、ブロック等でボールを打ち込んだり、相手に失敗(反則)させたりしたときに得点となる。得点したチームがサーブ権をもっていれば、ふたたび同じサーバーが続けてサーブを打ち、次のラリーを始めるが、もし相手チームがサーブ権を有していた場合は、得点したチームにサーブ権が移動する。同時に、サーブ権を得たチームは、前列3人、後列3人並んでいるポジションが時計の針の方向に1こまずつ移動する(ローテーション)。サーブは、そのとき、前列右から後列右端の位置にきた選手がかならず打たなければならない。サーブは1回きりであり、失敗したら相手チームに1点が与えられ、サーブ権が移る。9人制では、得点は6人制と同じように与えられるが、2点差をつけて21点先取したチームが勝ち、20対20のときは一方のチームが2点差をつけるまでゲームを続ける。サーブは2回打つことができ、あらかじめ届け出たサーブ順に従ってサーブを打つ。
 試合の管理・運営は、通常2人の審判(主審と副審)と4人のラインズ・マン(線審)によってなされる。トラブルが生じた場合には、主審の判定を最終判定とする。また、試合中に一つのチームが1セットにつき2回、作戦を立て直すためのタイムを要求することができる(タイム・アウト、1回30秒間)。さらにメンバー・チェンジは1セットにつき6回(9人制では3回)できるが、先発メンバーの選手は一度ベンチに退いたあと、同一セット内にふたたび出場するときは、前のポジションに入らなければいけない。リベロ制を用いている際には、リベロ役の守備専門の選手は、交代後1回のラリーが終了した後であれば、何回でもバックの位置に入ることができる。ただし、サーブを打つことはできない。
 なお、ラリー中にしばしばおこるおもな反則プレーには次のようなものがある。
(1)タッチ・ネットtouch net ボールをプレーしようとしている、またはプレーを妨害しようとしている相手方選手の体や衣服がネットに触れ相手のプレーを妨害すること。
(2)ダブル・コンタクトdouble contact 相手コートからの第1球目のボールを同一動作内で二度触れた場合と、ブロッカーが連続してボールに触れた場合を除いて、1人の選手が二度続けてボールに触れること。
(3)フォア・ヒットfour hit チームは3回以内の接触で相手コートにボールを返球しなければならないが、それ以上の回数ボールに触れること。ただし、ブロッカーの最初の接触は含まない。
(4)キャッチ・ボールcatch ball ボールをつかんだり、持ち上げたりすること。
(5)ペネトレーション・フォールトpenetration fault ブロッキング以外のあらゆる場合、ネットの上から手を突き出して相手方コートにあるボールに触れること。またプレー中にセンター・ラインを踏み越したり、相手コート内に入りこむこと。
(6)ポジショナル・フォールトpositional fault サーブのとき、サーバー以外の選手がローテーションに従ってコート内の定められた位置にいなかったり、ラリー中にバックの選手がアタック・ラインよりもネット寄りでジャンプし、ネット上端より高い位置からボールを相手コートに返球したりすること。[松平康隆・豊田 博]

戦法

6人制バレーボールのチーム編成は、ローテーションすることを考え、スパイカーとセッターを攻守のバランスよく組み合わせることがたいせつである。
 バレーボールの戦法は、チームの選手の個性や技術的特性などを考えて決めるべきものであり、1960年代までは、力のソ連、技(わざ)のチェコスロバキア、高さと安全第一の東ドイツ、テンポとリズムのブラジルやルーマニア、速さとコンビネーションの日本という、五つの主流があった。そしておのおの独特のスタイルを有して、優れた成績をあげてきたが、最近ではおのおのの流れに加えて、総合力と新しい技術を開発したチームが、国際大会で上位を占めるようになってきた。タイミングの異なった2種類のスパイクをネットに対し前後に組み合わせた縦の時間差攻撃、空中を斜めに流れながら打つ移動攻撃、ジャンプしてスパイクするように打つジャンピング・サーブや、速攻に対する後衛(バック)の前進布陣など、力と速さのバレーが一段と要求される時代になってきている。
 1960年代までは、世界のバレーボール界は、男女ともに日本とソ連、そしてチェコスロバキア、ポーランド、東ドイツなどの東ヨーロッパ諸国が世界一を競い合ってきたが、1970年代以降は、男子では南米のブラジル、アルゼンチン、中北米ではキューバ、アメリカ、ペルー、アジアでは中国、韓国、イラン、タイ、ヨーロッパではイタリア、オランダ、セルビア、ギリシアと、多くの国々が世界のトップクラスをねらう実力をつけてきており、世界のバレーボールのリーダーであった日本も、身長差や選手育成組織の不備などもあって苦しい立場にたたされている。[松平康隆・豊田 博]
『前田豊・松平康隆・豊田博著『図説・バレーボール事典』(1967・講談社) ▽豊田博著『バレーボール』(1995・旺文社) ▽西川順之助著『バレーボールのルール』(1998・成美堂出版) ▽国際バレーボール連盟著、豊田博監訳『FIVB COACHES MANUAL 2011』(2011・バレーボール・アンリミテッド)』

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