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バーク Burke, Edmund

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バーク
Burke, Edmund

[生]1729.1.12?. アイルランド,ダブリン
[没]1797.7.9. イギリス,ビーコンズフィールド
アイルランド出身のイギリスの政治家,政治哲学者。ロンドンに出て弁護士を志したが,文筆に転じ『崇高と美の観念の起原』(1757)などを発表,まもなくホイッグ党の領袖チャールズ・W.-W.ロッキンガムの秘書となって政治に転じ,1765年下院議員となった。王権の制限と議会政治の確立に尽力し,アメリカ独立運動(→アメリカ独立戦争)においては植民地側を支持したが,フランス革命には反対し,『フランス革命に関する省察』(1790)を著して,伝統と経験に基礎をおくイングランドの国制を擁護した。この著書は啓蒙的合理主義を否定する近代保守主義の古典として有名。

バーク
Burke, Kenneth

[生]1897.5.5. ピッツバーグ
[没]1993.11.19. アンドーバー
アメリカの批評家。オハイオ州立大学,コロンビア大学卒業後,『ブルーム』などのいわゆるリトル・マガジンで活躍,『ダイアル』の編集に従事 (1927~29) したのち,ベニントン大学,シカゴ大学などで文学を講じた。文学,哲学,言語学,心理学を含む壮大な体系を打ち立て,人間のあらゆる精神的営為を言語の「象徴的行為」としてとらえた。主著『文学形式の哲学-象徴的行為の研究』 The Philosophy of Literary Form: Studies in Symbolic Action (1941) ,『動機の文法』A Grammar of Motives (1945) ,『動機の修辞学』A Rhetoric of Motives (1950) ,『宗教の修辞学』 The Rhetoric of Religion (1961) ,『象徴的行為としての言語』 Language as Symbolic Action (1966) など。

バーク
Burke, Robert O'Hara

[生]1820. ゴールウェー
[没]1861.6.28. クイーンズランド
アイルランドの探検家。 1853年アイルランドからオーストラリアに移住し,警察官となった。 60年8月メルボルンを出発,翌年2月カーペンタリア湾に到達してオーストラリア南北縦断に初めて成功したが,帰路餓死した。

バーク
Burke, William

[生]1792. コーク
[没]1829.1.28. エディンバラ
アイルランド出身の凶悪殺人犯。 1818年スコットランドに移る。 27年エディンバラで当時医学研究用死体が入手難であったのに乗じ,下宿の主人 W.ヘアと共謀旅行者を誘惑して止宿させ,酒を飲ませて首を絞め,医学校に死体を売った。9ヵ月で 15名の犠牲者が出たが,28年に発覚し,絞首刑に処せられた。「絞め殺す」とか「秘密に握りつぶす」という意味の動詞 burkeは,彼の名に由来する。

バーク

カラミティ・ジェーン」のページをご覧ください。

バーク
Bourke

オーストラリア,ニューサウスウェールズ州北部,シドニーの北西 842kmにある町。ダーリング川沿岸に位置し,河港として発達。シドニーからの鉄道の終点で,ヒツジ集散地。辺境の町の典型例として扱われる。人口 3018 (1986) 。

バーク
bark; barque

帆装形式で船の名称が細分化して以来の西洋型帆船の一種で,3本以上の帆柱をもち,最後部の帆柱のみに縦帆を装備するほかは,他の帆柱のすべてに横帆を装備する帆装形式の船をいう。一般にシップと並んで大型帆船に用いられることが多く,帆柱の数によって3檣 (しょう) バークとか4檣バークと呼ぶ。幕末期の 19世紀中頃,日本で建造された西洋型帆船の『鳳凰丸』『昇平丸』などの大型帆船は前者であり,現在,世界有数の大型帆船として有名な『日本丸』と『海王丸』は後者である。

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デジタル大辞泉の解説

バーク(bark)

洋式帆船で、3本以上のマストを備え、最後尾のマストに縦帆を張り、それ以外のマストには横帆を張る形式のもの。
樹皮。「バークチップ」

バーク(Edmund Burke)

[1729~1797]英国政治家思想家ホイッグ党員。米国独立問題・アイルランド問題などで、英国の政治的良心を代弁フランス革命の際は伝統と秩序の維持を主張し、近代保守主義先駆となった。著「フランス革命の省察」など。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

バーク

3本または4本マストで(まれに5本のものもある),最後部のマストだけ縦帆とし,他のマストは横帆とした帆船。船首のバウスプリット(斜檣(しゃしょう))とマスト間には三角形縦帆を備える。

バーク

英国の政治家,著述家。アイルランド出身,ホイッグ党に属し雄弁家として知られた。ジョージ3世の専制,アメリカ・インドにおける植民政策を批判したが,フランス革命が勃発すると,《フランス革命の省察》を著して,革命を批判し,伝統を基礎とするイギリスの国制を擁護して,近代保守主義の立場を明らかにした。
→関連項目政党プライスペイン保守主義ミュラーロッキンガム

バーク

アイルランド生れのオーストラリアの探検家。1860年―1861年,W.J.ウィルズ,J.キングらと,メルボルンからカーペンタリア湾に至り,ヨーロッパ人では初めてオーストラリア大陸を南北に縦断した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

とっさの日本語便利帳の解説

バーク

ウィリアム・バーク(William Burke。一七九二~一八二九)▼悪名高い殺人者。アイルランドの労働者だったが、一八一八年頃にエディンバラに移り、同じくアイルランド人のウィリアム・ヘアから部屋を借りた。ヘアの下宿人の一人が死んだ時、二人は解剖学者に遺体を売り渡すことに成功する。その後、約二〇人を次々と窒息死させ、墓地から運んできたと見せかけては遺体を売り続けたが、事件は発覚、ついに逮捕され、一八二九年一月に三万の群衆が見守る中で絞首刑に処された。この語は比喩的には闇に葬る、もみ消す、握りつぶす、の意でも使われる。

出典 (株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」とっさの日本語便利帳について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

バーク【Bourke】

オーストラリア南東部,ニュー・サウス・ウェールズ州北西部の町。人口4303(1981)。ダーリング川左岸に位置し,1880~90年代に河港の町としてにぎわった。粗放な牧羊地帯の拠点で道路が各地に通じ,シドニーからの鉄道終点で,空港もある。しばしば〈バークの奥Back of Bourke〉という表現が内陸の奥地を指して用いられ,辺地の町の典型例として扱われる。1829年にスタートが白人として初めて到達した。

バーク【Edmund Burke】

1729‐97
イギリスの政治家,雄弁家,政治哲学者。プロテスタントの父とカトリックの母の間にダブリンで生まれ,この地のトリニティ・カレッジを卒業。法律家の資格を得ようとロンドンに出たが,やがて文筆の世界に転じてボーリンブルック卿の抽象的社会理論を風刺した《自然社会の擁護》と,美的感覚を心理的に解剖した《崇高と美の観念の起源》(1757)で文壇に登場し,ドズリー書店から《年鑑》を創刊して単独で編集に従った。まもなく穏健なホイッグ貴族ロッキンガムの秘書,65年には下院議員となり,アメリカでの印紙法騒擾について処女演説して一躍名演説家たる声望を得た。

バーク【Robert Burke】

1821‐61
オーストラリアの探検家。アイルランド生れ。初めてオーストラリア大陸を南から北に縦断した。警察署長をしていたが,1860年王立ビクトリア協会企画の大陸縦断探検に隊長として参加した。一行は総員18人,ラクダ25頭などでメルボルンを同年8月出発した。大陸中央部のクーパーズ・クリークに補給基地を設営して留守部隊を置き,バークは副隊長のウィルズWilliam Wills(1834‐61。イギリス生れの測量士)ら計4人でさらに北上した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

バーク【bark】

樹皮。

バーク【bark】

洋式帆船の形式の一。三本マスト以上で、最後尾のマストに縦帆を取り付け、それより前の方のマストにはすべて横帆を取り付けるもの。

バーク【Edmund Burke】

1729~1797) イギリスの思想家・美学者・政治家。ホイッグ党の有力指導者。「フランス革命についての省察」で革命を厳しく批判。イギリスの伝統的な政治体制を擁護し、保守主義の理念を提起した。また「崇高」の概念を解明して一八世紀ドイツ美学に影響を与えた。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内のバークの言及

【国民代表】より

…〈議会は,異なった敵対的諸利益から,その代理人や弁護人として派遣された大使たちの会合ではない。議会は一つの利益,すなわち全体の利益をもった一つの国民の審議のための集会である〉とする,ブリストルの選挙民に対するE.バークの演説(1780)は有名である。しかし,イギリスでのこの概念の展開は,比較的に無意識的,漸進的であった。…

【崇高】より

…この精神的意義を得た〈高さ〉こそ,美学をはじめ倫理や宗教の領分でも見いだされる崇高の概念である。近世ではE.バークが〈崇高とは危険を望見しつつ身の安全を確信できるところに生じる歓喜〉と規定し,これを美と対比させて新たな美的範疇論の進路をひらいた。カントは一時せきとめられた生命力の奔出する感動を崇高に認めて,これを消極的快(美は積極的快)とみなし,仰ぎみて畏怖すべき大自然のとらえ方に応じて〈数学的崇高〉と〈力学的崇高〉の別をたてた。…

【代表】より

… 市民革命後の代表観念は,それに先行した身分制議会が,身分制的に構成された選出母体の訓令に法的に拘束されるものであったのに対し,そのような命令的委任を否認することによって,全国民の代表であるべきことを強調するものであった(国民代表)。そのような議会のあり方を示すものとして有名なのが,イギリスでいえば1774年に自分の選挙区の選挙民にあてたE.バークの言葉であり,その実定法上最も明確な表現というべきものは,1791年フランス憲法であった。この憲法は,国民(ナシオン)の主権をうたいつつ,国王と立法議会を代表者としていたが,そのことにも示されるように,上記の二つの要素のうち,もっぱら(1)の要素こそがここでの代表の核心であり,(2)の要素は意識的に否定されていた。…

【保守主義】より

…しかし,それにもかかわらず少なくとも成立期の保守主義には一定の共通項があった。それを定式化したのは,イギリスの政治家・政治思想家E.バークがフランス革命を批判して書いた《フランス革命の省察》(1790)である。 その中でバークは,革命フランスの本質を,新興の貨幣所有階級が貴族・僧侶の支配する伝統秩序を打破して自己利益を拡大するため,抽象的思弁を売物にする啓蒙思想家たちと手を組み,大衆を扇動して引き起こした破壊行動と断じた。…

【民主主義】より

…理論においても,連邦憲法起草者の一人J.マディソンは,〈人口数の少ない人民によって構成され,全員がみずから集会し統治する純粋民主制〉に対して,〈代表〉による統治のほうが,連邦という,広大な領域を包含する能力と,より優れた統治者を調達する可能性をもち,それによってのみ国内の党派的分裂は克服されるであろうと主張し,そうした彼の立場を共和主義republicanismと呼んだ。ここでマディソンは,大規模社会における民主主義の実現可能性と民衆の自治能力という,近代民主主義理論にとって根本的な二つの困難を問い,伝統に従ってそれを不可能として,代りに,選挙されたより良き少数者による統治を主張したわけであるが,こうした統治の概念は,かつてアリストテレスが貴族制の特質とし,同時代においても近代保守主義の教祖E.バークが主張した代表理論であった。バークはその後,フランス革命に際して,フランス国民議会の行動は文明そのものの破壊行為であり,〈完全な民主主義とはこの世における破廉恥のきわみ〉と断じた。…

【世論】より

…そこでは世論は,ミドルクラスを主体とする〈財産と教養〉のある公衆publicの理性的な意見opinionとして,一方では絶対主義のなごりである貴族や官僚,他方では台頭しつつある労働者大衆に対抗しつつ,それが国民代表の集合である議会によって表現されるという基本的合意が,はやくから定着したからである。議会内に生まれた政党も,E.バークによって〈世論の組織化〉として正統化された。また個別の争点について論説を展開する政論新聞は,世論の器としての〈公器〉とみなされてその自由を保障され,政党政治の中で独特の地位を占めるようになったが,しかしそれは政党や政府と対立するよりも,むしろ補完するものとみなされたのである。…

※「バーク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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