パイプ(喫煙具)(読み)ぱいぷ(英語表記)pipe

翻訳|pipe

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パイプ(喫煙具)」の意味・わかりやすい解説

パイプ(喫煙具)
ぱいぷ
pipe

洋風の刻みたばこを吸う喫煙具。ボウルbowl(雁首(がんくび)または火皿)、ステムsteme(軸)、マウスピースmouthpiece(吸い口)の三部分からなり、紙巻きたばこに使用する筒型のものは普通ホルダーholderとよぶ。パイプの前身はホルダー型で、北アメリカで発掘された土製と石彫りの古いパイプもホルダー型である。ホルダーをつくるために粘土を焼くと、偶然そのなかに管の一端が曲がったものができ、これが喫煙には都合がよかったことから、以後たばこを詰める部分を曲げてつくるようになったという説がある。この説の真偽は別として、これがいわゆるエルボウ形パイプの始まりである。これに対し、北アメリカのインディアンは、死者を埋葬するときに生前使用していたものを副葬する習慣があったが、この発掘品にトーテム・パイプ(トーテムは部族を代表する象徴で、これを彫刻してある)がある。パイプの中央にやや反りのある厚めの平板があり、その真ん中にトーテムがあるが、そこの穴にたばこを詰めて一方の端を手で握りながら喫煙する。のちにトーテムは族長のボウルとされ、トーテム・パイプは吸い口に木の棒の軸を差し込んだ長いパイプとなった。無装飾のものは部族間の争いの宣戦布告用に、また軸を鳥の羽で飾ったものは仲直りの講和のしるしとして平和のパイプとされ、相手の部族に贈られた。北アメリカのパイプはしだいにボウルが発達したが、そののちこれらがヨーロッパに伝えられて、各国独特の民族的パイプへと発展した。

[田中冨吉]

クレー・パイプ

北アメリカから伝わった土製のパイプをモデルとして、1590年代にイギリスで製造が始まった。それ以前からパイプは木、木の実、金属などでつくられていたが、木製は焦げやすくてしかも耐久性に欠け、また金属は熱の伝わりが速いため、粘土を焼いてつくるクレーが値段も安くて使いやすく、製陶業と結び付いて多くつくられるようになった。1610年にはオランダでも製造されるようになり、樽(たる)形の、前のめりで底の平たい形から始まり、しばしば改良が加えられて、文様を施した装飾的なパイプが鋳型で製造されるようになった。また使用量が多くて折れやすいため、パイプ産業も発達し、パイプの主流となった。

[田中冨吉]

メアシアム・パイプ

1723年、オーストリアの貴族がトルコから原材を持ち帰り、靴屋につくらせたのが最初と伝えられる。メアシアムはケイ酸塩55%、マグネシウム25%、水分18%を含む鉱物(海泡石(かいほうせき))で、乾燥すると固くなるため、製造と彫刻は水の中に浸して行われる。白くて滑らかな肌が美しく、人物、唐草模様、動物などの文様を、大形ボウルへはレリーフで、小形のものへは立体彫刻で施した。使い込むと白色がオレンジから深紅色に変化するが、素手で持つと指紋がつくため、白い手袋をはめて使うという貴族的なパイプで、中央ヨーロッパを中心に上層階級で流行した。

[田中冨吉]

陶製パイプ

1760年代には、ヨーロッパでも東洋陶器が研究され、白磁でボウルをつくるようになったが、これに風景、狩猟、人物、美女のヌード、肖像などを絵付けした中央ヨーロッパ独特のパイプで、一名チロリアン・パイプ、あるいはジャーマン・パイプとよばれている。サクラの小枝やシカの角(つの)でつくった柄(え)と、螺旋(らせん)状の針金で編んだ布につけられた水牛製の吸い口、陶製ボウルとその軸を支えるホルダーの三部分からなり、森林火災を予防するためこのパイプには蓋(ふた)付きのボウルが多い。また小形ボウルには、愛煙家サー・ウォルター・ローリーの像や貴婦人、大衆的音楽家などの頭像のものがあり、庶民に愛用されていた。

[田中冨吉]

ブライアー・パイプ

1830年代に、ブライアーbriar(シャクナゲ科の灌木(かんぼく)ホワイト・ヒースwhite heath)の根がパイプ用材にもっとも理想的であると認められてからつくられたもので、現代のパイプを代表するものである。カシワ、ナラ、カシの根でつくった木製のものは、焦げやすくてひびが入りやすいが、ブライアーの根は堅くてこの欠点が少ない。地中海沿岸の岩石の多い北向きのやせ地に、80~100年ぐらいを経て立ち枯れた木の根がもっとも質がよいとされる。1832年にフランスのパイプ製造業者がコルシカ島を訪れたとき、持参のパイプを壊してしまい、土地の農家に依頼してつくってもらったのが始まりで、のちに故国で製造し始めたという伝説がある。1700年代の終わりごろにはすでにフランスのサン・クロードの町で製造していたという説もある。初めボウルの形はクレーやメアシアム、あるいは装飾的な彫刻パイプと同じ形でつくっていたが、1870年代からは、現代のような標準化されたシェーブのビリアードやベント・タイプなどが製造され、緻密(ちみつ)なグレーン(柾目(まさめ))とバーズ・アイ(細かい鳥の目状)の木目のあるのが珍重されている。1960年代に北欧のパイプ・デザイナーが、モダン・パイプまたはファンシー・パイプといわれるフリー・ハンドで製作する独創的な形のパイプを発表したが、一方でブライアーの原木を求めて自作する人も多くなった。

[田中冨吉]

キャラバッシュ・パイプ

1899~1902年に、イギリスと南アフリカの間で起こったブーア戦争の際、英軍の兵士が同地産のヒョウタンcalabashでパイプをつくったのが最初である。ヒョウタンの茎の付け根部分にある果肉を除いた外皮を乾燥させ、その空洞に石膏(せっこう)や高級品はプレス・メアシアムを充填(じゅうてん)してボウルをつくる。吸い口には硬質ゴム、または琥珀(こはく)が用いられている。鮮やかな黄緑色のボウルに黒色の吸い口の色調が美しく、またたばこの喫味が柔らかくなるので、1910年ごろにヨーロッパで流行した。しかし大形で携帯に不便なため、おもに家庭用として使われた。

[田中冨吉]

コーン・コブ・パイプ

トウモロコシの実を除いた芯(しん)、コーン・コブcorn cobをパイプのボウルに用いたもの。アメリカでは、古代インディアンが使用したこのパイプの化石が発掘されている。トウモロコシの実を収穫した芯を切断して乾燥したのち、圧縮してボウルを成型し、ワニスを塗ってつくる。吸い口に木製またはプラスチックを用いており、価格が安くて軽いのが特徴である。労働者と学生に愛用されている。

[田中冨吉]

チェリー・パイプ

フランスで、野生のサクラcherryの小枝を樹皮付きのままボウルにした野性味のあるパイプ。サクラの独特の香りが煙に交じるのが好まれているが、樹皮をはがすとひび割れるので、皮付きになっている。

[田中冨吉]

ウォーター・パイプ

アフリカの原住民が大麻(たいま)の吸煙用につくっていた、水を通して煙を吸うパイプで、ヒョウタンやヤシの実の殻を利用していた。中近東方面では、たばこを吸うようになってからこのパイプを利用した。使用法は、ヤシの実の殻の中へ水を注入し、上部にたばこを詰めるための土製のボウルを支える管を水の中まで入れ、殻の側面に吸い口となる管を水面から離して差し込み、たばこに点火して吸うようになっている。煙は水中を通して吸い口に達するため、ニコチンとタールが水に溶解してたばこの味が柔らかくなる。なおこのパイプの大形用には、葉タバコを粉砕してほかの植物を配合したあと、香料を加えて練った特殊な固形たばこを使用する。東アフリカではヤシの実をナルギレnargllehというが、ヤシの実を陶器や金属の壺(つぼ)にかえて改造した、床に置きながら吸う大形のパイプもナルギレとよび、イラン、インド方面ではフーカーhookah(丸い壺の意)という。また座る生活習慣のない中国では、片手で持てるようにコンパクトに改造した金属製の、刻みたばこや掃除道具も付属したまま使える「水煙筒」をつくりあげた。

 このほかアフリカ中央部、アジア奥地、極北、オセアニア諸国では、原住民がその地で得られる材料でつくった手製の民族的なパイプがあるが、文化の普及した現代では、前記のパイプが主流となっている。

[田中冨吉]

『A・ダンヒル著、梅田晴夫訳『パイプの本』(1976・読売新聞社)』『日本パイプスモーカーズクラブ編『新版・パイプ大全』(1983・森林書房)』


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