パルメニデス(英語表記)Parmenidēs

翻訳|Parmenides

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パルメニデス
Parmenidēs

[生]前515頃
[没]?
古代ギリシアの哲学者エレア派の代表。『自然』という詩が約 160行残っている。彼は「有るもの」のみがあり,「有らぬもの」はないとの原理に立って,唯一不変の存在者のみを実在と認め,これをとらえる理性による認識を真理 alētheiaとした。これに反して,多や変化は「有らぬもの」を前提とするので実在ではなく,感覚に基づく錯覚であるとし,このような知識を臆見 doxaと呼んで真理から区別した。こうして,彼は存在と非存在,存在と思惟という哲学の重大問題を示唆し,のちの認識論,存在論に大きな影響を残している。

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デジタル大辞泉の解説

パルメニデス(Parmenidēs)

[前515ころ~前445ころ]古代ギリシャの哲学者。エレア学派の祖。真に「有るもの」は、唯一・不生不滅・不変不動の充実した完全なものとして球体とされ、一切の変化を仮象と見なした。

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百科事典マイペディアの解説

パルメニデス

前5世紀に活動した古代ギリシアの哲学者。エレア学派の祖。不生不滅,唯一不動の〈在るもの(ト・エオン)〉のみを真実在とし,世界の多性と運動とをすべて臆見として否定。〈同一性の哲学〉がここに始まり,原子論やプラトンのイデア論への道をひらいた。
→関連項目ゼノン(エレアの)

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世界大百科事典 第2版の解説

パルメニデス【Parmenidēs】

ギリシアの哲学者。生没年不詳だが,前450年に65歳ほどであったといわれる。南イタリアのエレアの人。エレア学派の祖とされる。その哲学的な教訓詩は,比較的大部な断片として残存しているが,それによると哲学の探究には三つの道がある。すなわち,〈ある〉もの,〈あらぬ〉もの,〈あり〉かつ〈あらぬ〉ものをそれぞれ探究する道があるが,〈あらぬ〉ものは探究不可能であるし,また〈あり〉かつ〈あらぬ〉ものは論理的矛盾を含むということで,第2,第3の道は拒否され,第1の道のみが〈真理〉への道として確保される。

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大辞林 第三版の解説

パルメニデス【Parmenidēs】

前515頃~前450頃) 古代ギリシャの哲学者。エレア学派の祖。「あるものはあり、あらぬものはあらぬ」という命題を立て、存在者は唯一・不生・不滅・不動・不変・等質のいわば球体であると論じ、一切の変化を仮象として退けた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パルメニデス
ぱるめにです
Parmenids
(前515ころ―前445ころ)

古代ギリシアの哲学者。南イタリアの町エレアに生まれる。エレア学派の始祖。富裕な名門の出身で、町の指導者の一人であったらしく、エレア市民のために法律を制定したとも伝えられる。叙事詩の韻律である六脚韻を駆使して『ペリ・フュセオース』(自然について)を書きつづったが、いまは断片が残されているのみである。この著作は、序詩、第一部、第二部といった三部からなっている。序詩は、若いパルメニデスが日の神の娘たちの駆る馬車に乗り、暗い臆見(おくけん)の世界を去って明るい真理の世界へたどり着き、女神から真理と臆見について啓示を受ける、といった寓話(ぐうわ)的な舞台を設定する。第一部は、啓示された真理を歌い、「在るもの」(ト・エオン)があり「在らぬもの」(ト・メー・エオン)はないという前提から、不生不滅、不可分、不変不動であって、完結した丸い球に似ている、といった「在るもの」の属性を引き出し、「在るもの」をわれわれに示す理性のみが真理をとらえ、「多」や生成や消滅や変化を信じさせる感覚は誤謬(ごびゅう)の源であると説く。第二部は、誤謬に満ちた臆見を歌い、感覚の世界は「在るもの」(光)と「在らぬもの」(闇(やみ))という二つの「形体」(デマス)を併置し、両者からあらゆるものを合成するところに生じると説く。こうした思索が当時の思想界に与えた影響は計り知れない。[鈴木幹也]
『藤沢令夫訳『パルメニデス』(『世界文学大系63 ギリシア思想家集』所収・1965・筑摩書房)』

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世界大百科事典内のパルメニデスの言及

【エレア学派】より

…前6世紀の後半,南イタリアのエレアElea市に興った哲学の一派。パルメニデスを祖とし,ゼノン,メリッソスと続いた。感覚される事実を虚妄とし,思惟される事実こそ真実と宣言したパルメニデスは,日常経験からは疑いえぬ明白な事実である生成,変化,運動,多を全面的に否定し,弟子たちもこの説を側面から擁護した。…

【ギリシア科学】より

…このミレトスの生成の自然学は,〈火〉をアルケーとして〈万物流転〉を説いたエフェソスのヘラクレイトスにより一般化され,すべてのものは〈上り道〉(地→水→空気→火)と〈下り道〉(上と反対の変化)の過程にあるとされた。 しかしこのようなイオニアの生成変化の考え方は,イタリアのエレア出身の思索家パルメニデスの〈存在〉の論理の批判の前に一つの危機に逢着する。パルメニデスによれば,真理の世界は〈有るものは有り,有らぬものは有らぬ〉という基礎原理によって貫かれるもので,このような自同的原理に矛盾しない不変不動の一者たる〈存在(ト・エオン)〉のみが真の認識の対象となる。…

【ゼノン】より

…ローマ帝国皇帝,ビザンティン帝国皇帝。在位474‐475,476‐491年。426年生れともいわれる。前名タラシコディッサTarasikodissa。イサウリア族族長でレオ1世の要請でアスパルに代表されるゲルマン勢力に対抗するために宮廷に招かれる。皇女アリアドネと結婚しゼノンを名のる(466)。レオ1世の没後(474),7歳の息子がレオ2世として登位するが,彼が同年没したため正帝となる。475年先帝の義弟バシリスクスに帝位を奪われるが,翌年復帰し,同年西の正帝ロムルス・アウグストゥルスが没したあと,ローマ帝国唯一の皇帝となる。…

【同一性】より


[存在論と弁証法]
 アリストテレスが,矛盾律の定義にあたって,時間的条件とまた空間を含めた広い意味での場所(トポス)の条件を付け加えたことは,反面からいえば,いわば変化と差異ないし差別相によってみたされたわれわれの住む世界においては,こうした条件をぬきにした端的な同一性や同一律は成り立たないことを考慮してのことにほかならなかったとも考えられる。事実すでにソクラテス以前の古代ギリシア哲学者たちにおいて,パルメニデスは,〈あるものはあり,ないものはない〉という同一性の論理の立場を徹底して貫き,弟子のゼノンはこれを受けて,現実世界の生成変化や多様性の一切を論理的にありえぬものとみなす有名な一連の〈ゼノンのパラドックス〉を提示し,一方,ヘラクレイトスは,一切を流れてやまぬものとみなす見解を示していた。彼らにあって,同一性や生成変化ないし差異をどう考えるかということは,たんなる思考の規則や,あるいはわれわれの住む世界内の個々の事象についての探究である以前に,なによりもこの宇宙の根源そのものにかかわる存在論的問題の次元が考えられていたのである。…

※「パルメニデス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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