パンテオン(英語表記)pantheon

翻訳|Pantheon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パンテオン
pantheon

多神教の古代ギリシア,ローマでは,万神殿の意であったが,のち転じて国家的英雄,偉人霊廟もさすようになった。アテネ,ローマ,パリのものが有名で,アテネのものはローマ皇帝ハドリアヌスにより建てられた。ローマのものは,前 27年 M.アグリッパが創建したが 80年炎上し,120年頃ハドリアヌス帝が再建した。古代ローマ最大の円蓋建築 (ドーム) で,本堂に 16本のコリント式大円柱から成る玄関廊が付属する。ドーム頂部の円窓から採光される堂内には,古代に神像の安置されていた7個の壁龕がある。 609年キリスト教の聖堂に転じ,サンタ・マリア・ロトンダと呼ばれた。近代の国家的霊廟の代表的なものはパリにあり,1764年サント・ジュヌビエーブ聖堂として J.-G.スフロにより創建されたが,フランス革命以来パンテオンと呼ばれるようになった。コリント式列柱廊を正面に配した,長さ 110m,幅 84mのギリシア十字形の新古典主義建築で,中央交差部に高さ 83mのドームがそびえている。

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デジタル大辞泉の解説

パンテオン(Pantheon)

《すべての神に捧げられた神殿の意》ローマ市内にある、古代ローマの円形神殿。古代ローマ最大の円蓋建築で、前27年アグリッパが建設。のち、焼失して、120年から125年にかけてハドリアヌス帝が再建。現在はキリスト教寺院で、ラファエロらの有名人、近代イタリア諸王の墓廟となっている。
パリにある国家的功労者の墓廟。ユゴーゾラルソーらが埋葬されている。

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百科事典マイペディアの解説

パンテオン

古代のギリシア,ローマにおいて諸神をまつる所。〈汎神殿〉〈万神殿〉の意味。現在ローマに残るパンテオンは,118年ころハドリアヌス帝によって着工,125年―128年ころ完成。円堂形式をとり,直径,高さともに42.8m。7世紀初め以後はキリスト教寺院となり,サンタ・マリア・ロトンダとして知られる。パリのパンテオンは1764年―1790年サント・ジュヌビエーブ聖堂として建てられ,スフロの設計によるフランス新古典主義の代表的建築。19世紀以降ビクトル・ユゴーやエミール・ゾラら国家的な功労者や偉人をまつる廟となり,パンテオンと称する。

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世界大百科事典 第2版の解説

パンテオン【Pantheon】

ローマのパラティヌスの丘近くに,ローマ皇帝ハドリアヌスによって118年ころ着工,125‐128年ころ完成した神殿。パンテオンとは〈汎神殿〉〈万神殿〉の意。内径42.8mの円形プランを有し,その上に半球状のドームがのる。床面から内側最高部まで42.8mある。軀体はコンクリート造であり,壁体の最も厚い部分は6mある。円堂形の主要部の前にはポルティコ(列柱廊玄関)形式の前部が付く。その三角破風下には〈マルクス・アグリッパ,第3回コンスルのとき(これを)造る〉という碑文があるため,19世紀末では前1世紀末に建造されたとみなされていた。

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大辞林 第三版の解説

パンテオン【Pantheon】

〔ギリシャ語で、万神殿の意〕
イタリアのローマにある古代の円蓋建築。紀元前27年にアグリッパによって創建されたものを紀元115~125年頃にハドリアヌス帝が改築、以後教会や墓廟ぼびようとして使用されている。
フランスのパリにある偉人をまつる霊廟。サン-ジュヌビエーブ教会を改称したもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パンテオン
ぱんておん
Pantheon

ローマ市内にある古代ローマの神殿。115~125年ごろ、ハドリアヌス帝によって建てられた、ローマ最大の円蓋(えんがい)建築。完成はアントニヌス・ピウス帝(在位138~161)時代。円形本堂の内径ならびに天井の高さはいずれも43.2メートル、壁の厚さ6.2メートル。北側入口にコリント式柱前柱式の突出廊があり、柱の高さは12.5メートル。本堂内部には七つの壁龕(へきがん)が設けられ、おそらくユピテル(ジュピター)、アポロン、ディアナ(ダイアナ)、メルクリウス(マーキュリー)などの七至上神が祀(まつ)られていたと考えられる。ドームの内側は円蓋天窓の部分を除いて放射状に全部で28列の格間(ごうま)で覆われ、それぞれの格間は五段ずつになっている。採光はドーム頂上に設けられた円形天窓(直径7.5メートル)だけで、壁面には窓はなく、巨大な堂の外形はまったく無装飾である。この神殿は、その数的比例の美と壮大な内部空間の創造という当時の驚くべき土木技術により、西洋建築史上不朽の名作の一つに数えられる。パンテオンは7世紀初めその所有権が教皇の手に渡り、キリスト教の寺院となった。ラファエッロら有名人のほか、近代イタリア諸王が埋葬され、国家的墓廟(ぼびょう)となっている。なお、パンテオンのあるローマ歴史地区は教皇領、サンパオロ・フォーリ・レ・ムーラ教会とともに世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。
 パンテオンの名称は、「すべての神々の神殿」といった意味であるが、今日では国家的栄誉のある物故者に捧(ささ)げられる建物の意味に用いられ、この種の例としてはサント・ジュヌビエーブ修道院聖堂を霊廟とした「パリのパンテオン」が有名である。[前田正明]

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精選版 日本国語大辞典の解説

パンテオン

(Pantheon ギリシア語で神々の意)
[一] ローマにある円形神殿。二世紀初めにハドリアヌス帝が再建。円形の平面の上に半円のドームを戴き、内部には半径二二メートル強の球が内接する空間が作られている。
[二] パリに建つ新古典主義の建築。聖ジュヌビエーブ教会として、一七六四年から八〇年に建設。J=G=スフロ設計。柱を多く用い、新古典主義建築の先駆となる。フランスの国民的偉人をまつる記念堂として用いられている。

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世界大百科事典内のパンテオンの言及

【ドーム】より

… 建設の歴史は古く,水平に積まれた石層を順次せり出した持送り式ドームの例にミュケナイ時代の遺跡アトレウスの宝庫がある。ローマ時代にはパンテオン(内径43m)に代表される単殻コンクリート造ドームが建設されたが,煉瓦壁とコンクリートによるこの種のドームは基層部に外向きの推力が生じるため,ドームの周囲に沿ってそれを支持する巨大な扶壁(バットレス)を必要とした。一方,ドーム本体の重量はできるかぎり軽減されねばならず,外壁を段状にする(パンテオン),内壁面を格間仕上げとする(同),コンクリート内に空の陶器壺を混入させる(ラベンナ,サン・ビターレ教会)などいくつかの工夫がなされた。…

【リゴリオ】より

…前者は彼自身が発掘したハドリアヌス帝のウィラ遺跡の影響を受けた雄大な噴水テラス庭園,後者は同じく古代ローマ時代の園亭を範とした小園であり,いずれも古代の図像と寓意に富む博識かつ衒学(げんがく)的な装飾性を特徴とする。熱心な古代研究家として知られ,古代の文物に関する多くの素描,記録を残したほか,パンテオンの青銅扉とドーム外装を修復した。バチカン宮殿,ベルベデーレ宮殿の庭の改修にも従事したが,教皇庁関係の工事ではミケランジェロの対立者であった。…

【ロトンダ】より

…円形の空間は人々の宇宙観,生死観と深い関連をもち,古くから墳墓や神殿の形態として用いられた。古代ギリシアの円形神殿(トロスtholos)もその一例であり,ローマのパンテオン(2世紀初め)は最も壮大な円形神殿で,〈ロトゥンダRotunda(ラテン語)〉の代名詞で呼ばれた。この伝統はキリスト教建築にも継承され,洗礼堂や聖人の廟などに円形プランが用いられることが多かった。…

※「パンテオン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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