ドイツの思想家。本名Heinrich Cornelius Agrippa。ネッテスハイムはケルン近郊の村で,一族の出身地であることからこの通称が生まれた。ルネサンスは数々の万能の天才または普遍人を生んだが,彼もその名に恥じない経歴と業績を残している。ケルン大学に学び,若くして神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の廷臣となり,後にはサボイア家に侍医として仕え,ドール大学,パビア大学では哲学を教授した。スペインとイタリアでは軍事顧問官となっている。ケルンの異端審問所と闘ってドイツを追われるが,亡命先のフランスで宮廷を侮辱したとがで投獄されている。主著の《オカルト哲学》3巻(1531-33)はルネサンス期の魔術哲学の最高峰といってよい。その基調となっているのはピタゴラス主義,カバラに流れる〈数〉の象徴体系である。宇宙は原初的には数から発する象徴的元型の自然的対応物であって,自然はその可視的顕現である。それゆえ自然界に働く諸法則は神性の表現であり,自然研究はそのまま神の探求にほかならない。数,形,文字は普遍的な象徴言語であり,それを媒介として人間は神を認識することができる。神は彼にとって信仰の対象ではなく,認識の対象だったのである。自然を通して神性を認識することを,彼は〈自然魔術〉と呼んだ。この書がルネサンス期の人々に天上世界ではなく,地上の自然世界に目を向けさせる機縁となった。ところが1530年,彼は《あらゆる学術の虚栄と不確実性》を著し,これまでの主張のいっさいを投げうって,徹底的な懐疑主義の立場をとった。ルネサンス懐疑主義の嚆矢(こうし)である。
執筆者:大沼 忠弘
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生没年不詳。3世紀中ごろのギリシア懐疑派の哲学者。生涯は知られていない。懐疑のための5か条の方式が有名である。それは、(1)同じ問題についての意見の不一致の事実、(2)証明の前提が証明を要する無限後退、(3)あらゆるものの相対性、(4)原理とされるものの任意仮定性、(5)証明の前提が当の結論から導き出される循環性、である。感覚のみならず証明、理解にまで範囲が拡張されている意味で、アイネシデモスの10か条より抱括的で、より徹底した懐疑論になっている。
[山本 巍 2015年1月20日]
古代ローマの軍人、政治家。初代皇帝アウグストゥスの青年時代からの友人。共和政末の内乱期には、軍人として、内乱の行方を決定したナウロコス・アクティウムの海戦(前31)に艦隊を指揮し、勝利を得た。行政官としてはローマ市の水道、公衆浴場を建設し、ゲルマン系のウビー人を定住させ、今日のケルン市の基礎を築いた。帝政期には、皇帝に次ぐ地位を占め、アウグストゥスの娘ユリアと再婚した。コンスルを3回務め、護民官権限、上級のコンスル代理命令権を与えられ、皇帝の代理を務めたが、紀元前12年に病没。皇帝の命で世界地図を編纂(へんさん)させ、その注解を自ら執筆したことが知られる。
[島田 誠]
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前63頃~前12
古代ローマの将軍,政治家。アウグストゥスの友人,部将。ポンペイウスの遺児を討ち,アクティウムの海戦に軍功をあげた。アウグストゥスの娘をめとり後継者とも目されたが,帝より先に死去した。属州統治に尽力し,各地に公共建築物を建てた。
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…フィレンツェではフィチーノがプラトンや新プラトン主義者たちの著作の翻訳を通じて,その弟子ピコ・デラ・ミランドラがヘブライ語=カバラ研究を通じて,それぞれ古代の隠された知をよみがえらせ,ルネサンス芸術の理論的支柱を提供した。北方ではピコの盟友ロイヒリンやトリテミウスの後をうけて,ネッテスハイムのアグリッパが,中世を通じてスコラ学的に形骸化され,わずかに悪魔学や天使学に退化した姿をとどめるのみだったオカルティズム理論を,錬金術や占星術のような自然界に依存する分野にはじめて適用した(《隠秘哲学》1531)。これ以後パラケルススが医学,錬金術,薬草学のような自然学の基盤の上に秘密の知を展開して,近代オカルティズム成立へと大きく転回せしめた。…
…世界の中の人間の位置,自然の構造の新しい探究方法として,しかも当然のことながら,キリスト教的な世界観との融合を前提として,魔術はもう一つの知の体系たりえたのである。たとえばピコ・デラ・ミランドラは,魔術的な超自然的行為も結局は神に帰するものとして理解すべきであると説き,あるいはネッテスハイムのアグリッパは,異教的な魔術の存在を認めつつなお,カトリック信仰こそ真の魔術の源泉であると主張している。そうした場合の魔術(とくに〈自然魔術〉)は,〈すべての自然の事物と天界の事物とをひき起こす力を考察し,それらの間の相互関係を詳しく探究し,その間の目にみえない神秘的な力を知るための術〉であり,その知識を得ることによって,〈奇跡と思われるような驚くべきことを起こさせる〉ものである,と定義される。…
※「アグリッパ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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