ビオラ(Bill Viola)(読み)びおら(英語表記)Bill Viola

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ビオラ(Bill Viola)
びおら
Bill Viola
(1951― )

アメリカのビデオ・アーティスト。ニューヨーク生まれ。1970年代初めから精力的にビデオ・アート、ビデオ・インスタレーションを制作し、ビデオ・アートの表現の可能性を広げた。

 1973年にシラキュース大学を卒業。1972~1974年エバーソン美術館(ニューヨーク)におけるビデオ展示助手としてナム・ジュン・パイク、ピーター・キャンパスPeter Campus(1937― )を補佐。1973年に音楽家デビッド・テュードアワークショップで学び、多大な影響を受ける。1974~1976年フィレンツェにあるヨーロッパ最初のアート・ビデオ制作スタジオ「アート/テープス/22」に勤務する。この間、ジュリオ・パオリーニGiulio Paolini(1940― )、ビト・アコンチ、ヤニス・クーネリスJanis Kounellis(1936―2017)らの制作に参加。1976~1977年ソロモン諸島、ジャワ島バリ島を訪れ、伝統芸能を記録する。1980(昭和55)~1981年、日本アメリカ創造芸術奨学金を得て日本に住み、禅を学ぶかたわら、アーティスト・イン・レジデンスの制度を利用してソニーの厚木研究所で制作活動を行い、メディア・アーティスト中谷芙二子(なかやふじこ)(1938― )とのコラボレーションによるサウンド・パフォーマンス・イベント『山からの調律』(1980)を行う。その後、フランスのナント美術館の依頼により、17世紀につくられたチャペルに設置されるインスタレーション『ナント・トリプティック』(1992)、作曲家エドガー・バレーズの曲『砂漠』(1950?~1954)を視覚化した同名のフィルム(1994)、イギリスのダーラム大聖堂の依頼によるビデオ・インスタレーション『メッセンジャー』(1996)などを制作する。

 ビオラの関心は、一貫して知覚体験を掘り下げることにあった。ビデオ作品での極端なスローモーションや複数のスクリーンへのビデオ・プロジェクション、映像と実際の器物を組み合わせたインスタレーションは、観客を知覚体験の主体として包みこみ、意識を日常の外へと誘導し、宙吊りにするために、緻密に設計されている。1976年の『彼は君のために泣く』では、暗い部屋のなかで蛇口の水滴にカメラが向けられ、その膨張から落下までの過程が拡大映像として後の壁に映し出された。水滴がレンズの役割をし、向き合う観客の姿を映し出す。観客は、自らの鏡像が出来事の中心的見せ物となり、突然消滅する過程を体験する。

 またビオラは、古代や中世のキリスト教の神秘思想、禅、イスラムのスーフィズムを研究し、東西の枠組みを超えた普遍的な死生観や意識の拡大についての知識を観客に体感させようと試みた。作品では、生と死やその間を移動する人間の歩みを暗示するために、光と闇、新生児と死にゆく人物、水と火などが対比された。さらに彼は、中世やルネサンスの祭壇画、壁画、寓意的絵画の構図やその心理的機能を自身の装置にとりこんだ。

 そうした哲学的思考の空間化・体験化は、1977~1980年の短編ビデオ作品集『反映する池――1977~1980年の仕事』The Reflecting Pool; Collected Work 1977-1980に始まり、その後20年にわたり、さまざまな作品を通じて行われた。トリプティック(キリスト教の三連の祭壇画)の瞑想を促す機能を土台に、安らかな自然の風景と火事による都市の崩壊の画像の間に市議会の映像を挟んだ1989年の3チャンネル・ビデオ・インスタレーション『人間の都市』、2002年にドイチェ・グッゲンハイム美術館(ベルリン)の依頼により制作された、ジョットの壁画をヒントに人間の誕生、死、再生の周期を表現した5種類のビデオ・プロジェクションによるインスタレーション『日毎の前進』は、いくつかの作品で試みられた実験を統合した記念碑的作品である。

 1993年ZKMとジーメンス・カルチャー・プログラム合同のメディア・アート賞受賞。1977年ドクメンタ6(ドイツ、カッセル)、1975~1987年と1993年ホイットニー・バイエニアル(ニューヨーク)、1986年と1995年ベネチア・ビエンナーレ、1992年ドクメンタ9など多数の重要な国内、国際展に参加。1997年にホイットニー・アメリカ美術館によって企画された回顧展がアメリカ、ヨーロッパを2年にわたり巡回。

[松井みどり]

『Lewis Hyde, Kira Perov, David A. Ross, Bill ViolaBill Viola (catalog, 1997, Whitney Museum of American Art, New York)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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