ピッカリング(その他表記)Edward Charles Pickering

精選版 日本国語大辞典 「ピッカリング」の意味・読み・例文・類語

ピッカリング

  1. ( Edward Charles Pickering エドワード=チャールズ━ )[ 異表記 ] ピカリング アメリカ天文学者ハーバード大学教授・同天文台長。子午線光度計を発明し、膨大な数の恒星の光度を測定、国際基準をつくった。一九一八~二四年「ヘンリー‐ドレーパー分光型星表」を公刊。(一八四六‐一九一九

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改訂新版 世界大百科事典 「ピッカリング」の意味・わかりやすい解説

ピッカリング
Edward Charles Pickering
生没年:1846-1919

アメリカの天文学者。ボストンに生まれ,大学で土木を学び,1867年新設のマサチューセッツ工科大学の物理学の助教授,76年にハーバード大学の天文学教授となり天文台長を兼ねた。42年間その職にあり,アメリカの天文学をリードした。星の明るさを測る子午線光度計を考案して測光観測を行い,のちに南天の星を加えて6.5等よりも明るい全天9100個の星の《ハーバード改訂測光カタログ》(略称HR)を作った。HR番号は今でも星の名まえとして広く用いられる。80年代に写真術が天文学の道具として導入されるや,屈折望遠鏡の対物レンズの前に大型のプリズムをつけて写真をとれば一度に多くの星のスペクトルが撮影できることに着眼して,全天の星のスペクトルを調べる大事業を開始した。このため南アメリカのペルーに出張所を置いたが,その資金は医学者兼アマチュア天文家ドレーパーの遺産などによって援助された。星のスペクトル分類学はピッカリングがA.J.キャノンなど門下生とともに発展させたもので,このハーバード式分類は現用のスペクトル分類の基本となった。およそ9等よりも明るい23万個の星のスペクトルのカタログは《ヘンリー・ドレーパー星表》として1918-24年に出版された。また1889年にはおおぐま座ζ星のスペクトル線が2本に分かれて周期的に移動する現象,すなわち分光連星の第1号を発見,同年,とも座ζ星などO型星のスペクトル中に水素の系列線と似た法則性をもつ別種の系列を発見した。これがピッカリング系列で,その実体がヘリウムのイオンであることは後年原子物理学の発達によって初めて明らかになった。ハーバード大学の天文台が20世紀前半の天文学をリードする立場を確保したのは実にピッカリングの業績に裏づけられているわけである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ピッカリング」の意味・わかりやすい解説

ピッカリング
ぴっかりんぐ
Edward Charles Pickering
(1846―1919)

アメリカの天文学者。広範な恒星の光度表と分光表の作成者。ボストンに生まれ、1865年ハーバード大学を卒業。1867年マサチューセッツ工科大学の物理学教授となり、教育用実験の器具装置を初めて設備した。1876年ハーバード大学天文学教授兼同天文台長に就任し、1882年に天体測光術を、1885年に恒星分光術を再検討した。まず子午線光度計を発明のうえ、4万5000個余の恒星の光度を組織的に測定して、国際的基準を設定した。1891年にはペルーのアレキパに天文台支所を開設し、全天の精査結果を1908年に『改訂ハーバード光度星表』の名で公刊した。またこれと並行して全天にわたる分光観測も、ドレーパーの意図を発展させて組織的に継続していった。対物プリズムを駆使し、天文台員が総力をあげた成果として、1917年『ヘンリー・ドレーパー分光型星表』が完成。イギリス王立天文協会の金賞を1886年、1901年の2回授与されたが、その観測歴は42年、撮影写真は30万枚に及ぶ。

 弟のヘンリーWilliam Henry Pickering(1858―1938)も天文学者。マサチューセッツ工科大学を卒業。アレキパに天文台支所を建設の際は兄に協力し、またアメリカ・アリゾナ州のローウェル天文台建設でも尽力した。1898年、土星の第9衛星フェーベPhoebeを発見した。

[島村福太郎]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ピッカリング」の意味・わかりやすい解説

ピッカリング
Pickering, Edward Charles

[生]1846.7.19. ボストン
[没]1919.2.3. マサチューセッツ,ケンブリッジ
アメリカの天文学者,物理学者。ハーバード大学卒業 (1865) 後,マサチューセッツ工科大学物理学教授 (67) となり,アメリカの諸大学にさきがけて学生実験室の確立に尽力。ハーバード大学天文学教授および同大学天文台台長 (76) 。子午線光度計を発明し,それを用いて恒星の光度分類を行い『ハーバード光度表』 Harvard Photometry (84) として発表した。また弟ウィリアム (→ピッカリング ) とともに,ペルーにハーバード大学天文台の南分室を設立 (90) ,北天,南天にまたがる大規模観測を指揮した。

ピッカリング
Pickering, William Henry

[生]1858.2.15. アメリカ合衆国,マサチューセッツ,ボストン
[没]1938.1.17. ジャマイカ,マンデビル
アメリカ合衆国の天文学者。エドワード・チャールズ・ピッカリングの弟。マサチューセッツ工科大学卒業。1887年ハーバード大学教授に就任。各地で皆既日食の観測をしたほか,1900年ジャマイカにも天文台を設立した。1899年,土星の 9番目の衛星フェーベを発見し,それが他の衛星とは反対方向に公転していることを明らかにした。また 1919年,冥王星の存在と位置を予測したことでも知られる。

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百科事典マイペディア 「ピッカリング」の意味・わかりやすい解説

ピッカリング

米国の天文学者。1877年ハーバード天文台長。恒星の光度を組織的に観測,恒星スペクトルを分類してスペクトル型を決めたが,これはヘンリー・ドレーパー星表として公刊された。また分光連星を発見したほか,月や火星,土星を詳しく観測した。

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