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ピーサレフ Pisarev, Dmitrii Ivanovich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ピーサレフ
Pisarev, Dmitrii Ivanovich

[生]1840.10.4. オリョール,ズナメンスコエ
[没]1868.7.16. リガ近郊ドゥブルトゥイ
ロシアの社会評論家,革命的民主主義者。小貴族の出身でペテルブルグ大学卒業後,『ロシアの言葉』 Russkoe slovo誌の主筆として活躍,その文学的才能と論理の明晰さは若者を魅了し,反動の側からは「恐るべき子供」と呼ばれた。 1862年に A.ゲルツェンを擁護する文章を書いて逮捕され,青春の大半を獄中でおくった。エゴイズムを生活の根本原理に据えることにより,ツルゲーネフのバザーロフを復権し,いわゆるニヒリズムの旗手となったが,後年極端に功利主義的となり,社会的有用性の名において芸術を否定し,自然科学の必要性をインテリゲンチアに説いた。おもな論文『バザーロフ』 Bazarov (1862) ,『リアリスト』 Realisty (64) ,『美学破壊』 Razrushenie estetiki (65) など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ピーサレフ【Dmitrii Ivanovich Pisarev】

1840‐68
ロシアの批評家。貴族の生れで高度の家庭教育を受け,ペテルブルグ大学在学中から評論活動を開始,卒業後《ロシアの言葉Russkoe slovo》誌に《19世紀のスコラ学》(1861),《バザーロフ》(1862)を発表,一躍論壇の寵児となる。知識人として精神的に自立するためには,既成の権威,道徳を否定し,エゴイズムにめざめることが必要だと説く彼の〈ニヒリズム〉は,多くの青年たちに影響を与えた。1862年に専制政府批判の檄文を書き,逮捕され4年半を獄中で送るが,そこでも評論活動を継続,《リアリスト》(1864),《美学の破壊》(1865),《思考するプロレタリアート》(1865)を発表,一大論争を巻き起こした。

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大辞林 第三版の解説

ピーサレフ【Dmitrii Ivanovich Pisarev】

1840~1868) ロシアの評論家。唯物論的・功利主義的立場から、自然科学の普及や純粋芸術の排斥を主張。主著「リアリスト」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ピーサレフ
ぴーされふ
Дмитрий Иванович Писарев Dmitriy Ivanovich Pisarev
(1840―1868)

ロシアの批評家。貴族の生まれで、高度の家庭教育を受け、ペテルブルグ大学在学中から評論活動を開始し、卒業後『ロシアの言葉』誌に『19世紀のスコラ学』(1861)、『バザーロフ』(1862)を発表し、一躍論壇の寵児(ちょうじ)となる。知識人として自立するためには、既成の権威や道徳を否定し、エゴイズムに目覚めねばならぬと説く彼のニヒリズムは青少年に大きな思想的感化を与え、その舌鋒(ぜっぽう)の鋭さゆえに「恐るべき子供」とあだ名された。1862年に専制政府批判の檄文(げきぶん)を書いて4年半の獄中生活を送るが、そこでも執筆を継続、世界観を浄化するための武器として従来の哲学にかわる自然科学の普及を目ざし、ロシアでは初めてダーウィンの進化論、コントの社会学を批判的に紹介した。文芸批評の分野でも詩聖プーシキンの権威を否定した『プーシキンとベリンスキー』(1865)、『罪と罰』を社会問題として論じた『生活のための闘い』(1867)、チェルヌィシェフスキーの唯物論美学の限界をついた『美学の破壊』(1865)などロシア文学史上異色の論文を多数残している。主著『リアリスト』(1864)では、反動的政治状況を冷徹に分析し、知力の節約を訴えたが、その真意は理解されず、功利主義的側面のみが受容され、ピーサレフ主義なる流行現象を生んだ。出獄後まもなく遊泳中に溺死(できし)した。[渡辺雅司]
『金子幸彦訳『生活のための闘い』(岩波文庫) ▽渡辺雅司著『美学の破壊――ピーサレフとニヒリズム』(1980・白馬書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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