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フォーク・ソング フォークソング

百科事典マイペディアの解説

フォーク・ソング

民謡のこと。ただし一般には,アメリカの民謡のスタイルによるポピュラー音楽をさす。1940年ころのウディ・ガスリーWoody Guthrie〔1912-1967〕らにはじまり,第2次大戦後はP.シーガーやB.ディランなど。
→関連項目歌謡曲サイモン吉田拓郎

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フォーク・ソング
ふぉーくそんぐ
folk song

このことばは次の二つの意味で使われている。(1)世界各地に伝わる各種の民謡。トラディショナル・フォーク・ソング。(2)1950年代から60年代にかけてアメリカやイギリスで流行した、都会的な感覚で歌われた伝承曲、もしくは民謡的なスタイルのポピュラー音楽。モダン・フォーク・ソング。その影響を受けた世界各地のポピュラー音楽も含まれる。[北中正和]

トラディショナル・フォーク・ソング

トラディショナルtraditional(伝統的)な意味でのフォーク・ソングは、各地のポピュラー音楽や芸術音楽以外の歌をさして使われ、おおむね次のような特徴がみられる。
(1)長期間にわたって民間で親しまれ、19世紀まではおもに口承で伝わってきた。
(2)作者がわかっているものもあるが、作者不詳が多い。
(3)歌い手は職業的な歌手に限らない。
(4)一つの歌の歌詞のバリエーションが多い。
(5)歌詞やメロディがしばしば別の歌に使い回しされる。
(6)テーマは自然、季節、宗教、事件報道、意見、教訓、恋愛、別離、旅、労働歌、子守歌など生活のあらゆる事象にわたり、歌い手の個人的な感情表現が歌詞で強調されることは少ない。
(7)古くは無伴奏で歌われるものが多かったが、20世紀以降は、手軽に持ち運べる楽器の伴奏がつくことも珍しくない。
 しかし音楽におけるフォーク、ポピュラー、芸術の境界はかならずしも明瞭ではなく、相互にレパートリーが交換されたり、影響を与えあったりしている。さらにマス・メディアの普及がその傾向を促している。たとえば、日本民謡には古くから伝わる追分もあれば、19世紀末から20世紀前半にかけて創作され、一種のポピュラー音楽として流行した歌もあるが、どちらも英語で書くとフォーク・ソングである。バルトークやヤナーチェクやファリャなどヨーロッパの芸術音楽の作曲家の作品に、民謡を素材にしたものがあることもよく知られている。
 1980年代末以降は、ポピュラー音楽的に聞かれているフォーク・ソングの一部に対して、ワールド・ミュージックやルーツ・ミュージックroots musicという呼称も使われている。[北中正和]

モダン・フォーク・ソング

都会的な感覚で歌われた民謡を含め、民謡的なスタイルのポピュラー音楽という意味でフォーク・ソングということばが定着したのは、1958年末に学生グループ、キングストン・トリオがギターやバンジョーで古い民謡を弾き語りした『トム・ドゥーリー』が全米第1位のヒットとなり、ブームを巻き起こしてからのことである。60年代前半にはジョーン・バエズJoan Baez(1941― )、ピーター・ポール・アンド・マリー(PPM)、ボブ・ディランといった人たちが、イギリスからはイワン・マッコールEwan MacColl(1915―89)やドノバンDonovan(1946― )などが、伝承曲やそのスタイルに準じた自作曲を都会的な感覚で歌って人気を集めた。
 『トム・ドゥーリー』のような伝承曲が復活したこのブームはフォーク・リバイバルともよばれた。再発見された音楽は、アパラチア山脈地方に伝わっていたヨーロッパ起源の民謡とそこから派生した曲、西部のカウボーイ・ソング、教会音楽、アフリカ系アメリカ人のカントリー・ブルース、ジャグ・バンド・ミュージック、スピリチュアルなど広範囲に及んだ。アイルランドやイギリスの民謡をはじめ、世界各地の伝承曲もよく歌われた。
 モダン・フォーク・ソングの直接の起源は、大恐慌時代に土地を奪われた農民たちのために歌ったウッディ・ガスリーの音楽や、アパラチア地方出身のカーター・ファミリーThe Carter Familyなどのカントリー音楽にまでさかのぼる。1948年にウィーバーズを結成したピート・シーガーは、50年代にレッド・パージ(左翼追放)のあおりを受けて芸能界を離れ、大学のキャンパスなどを回ってフォーク・ソングを伝え続けた。その聞き手の世代が50年代末からのブームを担ったのである。
 前述のようにテーマが多岐にわたる伝承曲に加え、おりからのベトナム反戦運動や公民権運動にかかわる歌もよく歌われた。そのため、フォーク・ソングの流行は、恋愛の歌が大部分を占めたそれまでのポピュラー音楽に、社会性や物語性や現実感覚を加える役割を果たした。しかし、公民権運動の方向転換や、ボブ・ディランがロック歌手に転身してフォーク・ロックが流行した1960年代中期以降のフォーク界では、ポップなシンガー・ソングライターを目ざす者と、草の根的に伝統曲の継承を目ざす者との分離が進んだ。その後、大きなブームは生まれていないが、各地で数多くのフェスティバルが定期的に行われ、90年代以降はケルト系や北欧系のフォーク・ソングなどにも注目が集まっている。
 グラミー賞のフォーク関係の賞は、従来トラディショナル部門とコンテンポラリー部門に分けられ、内容的に重なるカントリー・アンド・ウェスタンの音楽もしばしば受賞してきた。2001年からはそこにネイティブ・アメリカンの部門も加えられている。[北中正和]

日本のフォーク・ソング

日本では都市部の学生たちが1960年代初頭にアメリカのフォーク・ソングのコピーを始めた。それには、キングストン・トリオ、ブラザース・フォー、PPMなどが強い影響を与えた。62年には学生たちのサークルによる初のフォーク・コンサートが東京で行われ、64年ごろからレコード録音が始まった。カレッジ・フォークとよばれたその動きからは、マイク真木や森山良子らの人気者が登場した。
 続いて、ボブ・ディランの反戦歌やトラディショナル・フォークの影響を受けた、フォーク・クルセイダーズ、高石友也、岡林信康(のぶやす)、高田渡らも注目された。彼らの多くは京阪神で活動したことから関西フォークとよばれた。1970年代に入ると、コンサートやラジオの深夜放送を通じて、吉田拓郎、井上陽水、かぐや姫らによる抒情(じょじょう)的な曲のヒットが続き、吉田拓郎が作曲した『襟裳(えりも)岬』が演歌歌手の森進一に歌われて74年のレコード大賞を受賞した。
 アマチュアのブームから始まったフォークはこのころにはポップ色を強め、従来の歌謡曲やアイドルが歌うヒット曲に匹敵する人気を獲得し、1975年ごろからはニューミュージックとよばれるようになった。以後、ブームとしてのフォークは消えたものの、アコースティック・ギターによる弾き語りスタイルは広く定着している。90年代後半以降はナツメロ感覚のフォークの復活もあり、若手人気グループも登場している。[北中正和]
『三橋一夫著『フォーク・ソングの世界』(1971・音楽之友社) ▽週刊読売編集部編『アメリカを作った101曲』(1988・ヤマハ音楽振興会) ▽前田祥丈・平原康司編著『日本のフォーク&ロック・ヒストリー』全2巻(1993・シンコー・ミュージック) ▽ヌーラ・オコーナー著、茂木健・大島豊訳『アイリッシュ・ソウルを求めて』(1993・大栄出版) ▽ピート・シーガー著、矢沢寛監訳『虹の民におくる歌――「花はどこへいった」日本語版』(2000・社会思想社) ▽The Rough Guide World Music 2 vols.(1999, Rough Guides) ▽The Rough Guide Music USA(1999, Rough Guides)』

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