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フールクロア フールクロア Fourcroy, Antoine-François, Comte de

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フールクロア
フールクロア
Fourcroy, Antoine-François, Comte de

[生]1755.6.15. パリ
[没]1809.12.16. パリ
フランスの化学者。貴族の出身。パリ医学校卒業 (1780) 。同年王立医学協会会員。パリの王立植物園化学教授 (84) 。科学アカデミー会員 (85) 。エコール・ポリテクニク化学教授 (95) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フールクロア
ふーるくろあ
Antoine Franois de Fourcroy
(1755―1809)

フランスの化学者。官庁の書記だったが、パリ大学医学部で学位をとり、王立獣医学校、王立植物園の化学講師となり、1785年、王立科学アカデミー会員に選ばれた。翌1786年、ラボアジエの酸素による燃焼理論への賛同を公に表明し、『化学命名法』(1787)の著述に加わった。彼の研究は、化学の生理学への応用が主であったが、フランス革命の際、政治への直接参加により中断された。1792年の共和国宣言後、パリ区の補欠代議員、翌1793年正式に国民公会の一員となり、ロベスピエールの処刑後、公安委員会の一員にまでなった。また、理工科大学校(エコール・ポリテクニク)の創設に貢献し、教授となっている。革命終結後は、もっぱらボークランと協同研究を行い、尿素を研究し(1799)、また、イリジウムを不純な白金の中にみいだした(1803)。彼はナポレオンによって元老院議員に任命され、死の前年には伯爵の称号を授けられた。[吉田 晃]

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