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ブルーノ Bruno

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブルーノ
Bruno

[生]925. ケルン
[没]965.10.11. ランス
ドイツの聖職者聖人。ドイツ王ハインリヒ1世の子,オットー1世の弟。学問に秀で,951年司祭,953年ケルン大司教。また同年ロレーヌ公となって政治家としても手腕を発揮,よく兄を助けた。

ブルーノ
Bruno, Giordano

[生]1548. ノラ
[没]1600.2.17. ローマ
後期ルネサンス哲学者。 1565年聖ドミニコ修道院に入ったが,当時の自然哲学者の説に接し,次第に異端的傾向を強めた。 76年身の危険を避けるために修道院を脱出し,92年ベネチアで逮捕されるまでヨーロッパを遍歴。彼は神の実在を確信し,神は自然や人間すべてに浸透しつつ,これを包括している全体,無限な広がりとしての宇宙,その動因としての宇宙霊であると説いた。また自然世界をアトムの集合体としてとらえた彼の宇宙観は近代的宇宙観の先駆。主著『原因・原理・一者』 De la causa,principio et uno (1584) ,『無限,宇宙と諸世界について』 De l'infinito,universo et mondi (84) ,『最小者論』 De triplici minimo (91) ,『モナド論』 De monade numero et figura (91) 。

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デジタル大辞泉の解説

ブルーノ(Giordano Bruno)

[1548~1600]ルネサンス期イタリアの哲学者。欧州諸国を遍歴、唯物論的自然観・汎神論にたち、スコラ主義・キリスト教を鋭く批判したため、絶えず迫害され、異端者として火刑に処せられた。著「原因と原理と唯一者について」など。

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百科事典マイペディアの解説

ブルーノ

イタリアの哲学者。〈魔術的ルネサンス〉(F.A.イェイツ)の体現者。ナポリ近郊に生まれ,ドミニコ会士になったが,原子論,物活論,ヘルメス思想などを打って一丸とした特異な思想のゆえにヨーロッパ各国を遍歴,異端審問にかけられローマで刑死した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブルーノ【Giordano Bruno】

1548‐1600
後期ルネサンス・イタリアの哲学者。南イタリアのノラ(ナポリ近郊)に生まれる。17歳でナポリのドミニコ会修道院に入り,修道士となったが,異端の嫌疑をかけられて,1576年修道院から逃亡,以来15年余を北イタリアからジュネーブ,パリ,ロンドン,ウィッテンベルク,プラハ,フランクフルトと放浪の旅を続けた。91年イタリアに戻ったが,ベネチアで捕らえられ,翌年異端審問所に引き渡された。8年余を獄中に過ごし,1600年2月17日,ローマのカンポ・ディ・フィオーリ広場で火刑にされ,〈宣告を受けているわたくしよりも,わたくしに宣告を下しているあなた方のほうが,真理の前に恐れおののいているのではないか〉という言葉を残して,悲劇的生涯を終えた。

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大辞林 第三版の解説

ブルーノ【Giordano Bruno】

1548~1600) イタリア、ルネサンス期の思想家。クザーヌスの宇宙無限説とコペルニクスの地動説を結合、無限の宇宙における無数の世界(太陽系)の存在・生成消滅を主張。また、物質の極小の単位として不滅の単子の存在を唱え、近代の宇宙論、原子論への布石となった。著「原因、原理および一者について」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブルーノ
ぶるーの
Giordano Bruno
(1548―1600)

イタリア・ルネサンス期の哲学者。ナポリに近いノラに生まれる。1563年ドミニコ会に入会、まずトマス・アクィナスの思想を学ぶが、ライムンドゥス・ルルスの記憶術にも興味をもち、とくに古代やテレジオの自然主義から強い影響を受ける。異端の疑いで裁判にかけられることになって修道院を逃亡し(1576)、イタリア各地をはじめ、スイス、フランス、イギリス、ドイツを遍歴。とくにロンドン滞在中には、『無限、宇宙と諸世界について』(1584)などイタリア語で書かれた代表作を矢つぎばやに出版する。1591年イタリアに帰り、1592年ベネチアで訴えられ、1593年ローマに送られて、8年間の獄中生活のすえ火刑台上で死んだ。
 彼は、コペルニクス説に基づいて、宇宙には固定した中心はないとし、際限のない空間で、数限りのない世界(天体)が運動しているとする。さらに事物の内的構成にかかわる「原理」と外的力としての「原因」を区別し、無限な宇宙の第一原因として、すべてをつくり動かすと同時に、形相原理として、質料原理に形を与える宇宙霊を考える。この宇宙霊によってまとまりをもつ無限な宇宙を、神の足跡、神の展開とみなしている。したがって、ブルーノによる宇宙無限性の追求は、神の探求と解することができよう。人間は認識の力をもち、宇宙の事物を理解することができるために、神の影とよばれる。[大谷啓治]
『清水純一訳『無限、宇宙と諸世界について』(1967・現代思潮社) ▽清水純一著『ジョルダーノ・ブルーノの研究』(1970・創文社)』

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世界大百科事典内のブルーノの言及

【カルトゥジア会】より

…カトリック隠修士修道会。1084年ブルーノBruno(1030ころ‐1101)が6人の友とともにフランス,グルノーブルの近くラ・グランド・シャルトルーズの深山に創立した厳格な観想修道院に由来する。その精神に従って第5代修道院長グイゴが1127年隠修と共同の両生活の和合をめざして〈修道規則〉を定め,それが1133年教皇インノケンティウス2世によって認可された。…

【イタリア演劇】より

…1519年に書かれたとされているが,以来もっともよく上演されてきたルネサンス喜劇の一つである。 思想家の書いた戯曲という意味では,ナポリのG.ブルーノの手になる《火を掲げる者》(1582)は,《マンドラゴラ》に比すべき作品である。ブルーノはコペルニクスやパラケルススの理論を弁護し,ついに異端として処刑されるのであるが,この喜劇1編を残すことによって,反権力的なルネサンス精神の所在を示した。…

【宇宙】より

…ギリシアにおいて宇宙の無限的性格を前提としていたのはデモクリトスのみであったといってよいだろう。ルネサンス期に入って,宇宙の閉鎖性に対して明確な疑問をもったのは,自身きわめて魔術的・ヘルメス主義的伝統の中にいたG.ブルーノであった。 この宇宙空間の無限性についての示唆こそ,古代的な宇宙秩序(コスモス)の崩壊するきっかけであった。…

【バロック文学】より

…彼はベルニーニやボロミーニの手になるローマのバロック建築と装飾の,曲線の支配や全体の動的統一やファサードの強調といった特徴を文学の次元に移行させつつ,魔女キルケや変幻自在の海神プロテウスが活躍し,魔法の城やアルゴ船の一行や奇怪な動物や聖イグナティオスらが次々に登場する宮廷バレエとか,主人公が狂気を装ったり変装したり,瓜二つとか取違えのために混乱に陥ったりするロトルースキュデリーコルネイユの演劇,旋風,雲,水の泡,震える水面,炎等の束の間の浮動するものを歌ったド・ブリーブ,ラ・メナルディエール,ド・ビオの詩をバロックの典型とした。 イタリア文学についてはジェットGiovanni Gettoは,哲学者で宗教裁判で焚刑にあったブルーノ,《太陽の都》で有名なカンパネラマリーノらの名を挙げる。《英雄的狂気》の中でブルーノは身を滅ぼしても真理と美の女神アルテミスを追うアクタイオンのことを〈心誘う灯火に向かって舞い飛ぶ胡蝶は炎にやかれて亡ぶ身の末を知らず〉と歌う。…

※「ブルーノ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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