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ブレア ブレアBlair, Robert

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブレア
Blair, Robert

[生]1699. エディンバラ
[没]1746.2.4. イーストロージアン,アセルステインフォード
イギリスの詩人。スコットランド出身。代表作『墓』 The Grave (1743) は無韻詩 800行から成る教訓詩で,死,墓の孤独,別離の苦悩を歌い,E.ヤングの『夜想曲』と並んで当時の流行作品となった。ブレークはこの詩の挿絵入りの版本を出している。

ブレア
Blair, Bonnie

[生]1964.3.18. ニューヨーク,コーンウォール
アメリカ合衆国のスピードスケート選手。フルネーム Bonnie Kathleen Blair。女子スピードスケートのスプリント(短距離)競技界に 8年にわたり君臨した。熱心なスケート一家に生まれ,4歳で競技デビューした。1986年にフランスのシャモニーでショートトラックの世界タイトルを獲得したことをきっかけに注目され,翌 1987年には 500mの世界記録を 2度塗り替えた。1989年に世界スプリント選手権大会を初制覇。1994,1995年には世界スプリント選手権大会で優勝に輝き,ワールドカップの 500mと 1000mを制した。スピードスケート選手としては小柄だが,その滑りは並はずれて安定していた。技術的にはほとんど非の打ちどころがなく,レースの始めから終わりまで極端な前傾姿勢となめらかなリズムを維持することができた。オリンピック冬季競技大会での活躍がめざましく,オリンピック史上最も成功したアメリカ人女性となった。最初は成績がふるわず,1984年サラエボ・オリンピック冬季競技大会は 500mで 8位という結果に終わったが,1988年カルガリー・オリンピック冬季競技大会ではスプリントの優勝候補と目され,500mで金メダル,1000mで銅メダルを獲得。1992年アルベールビル・オリンピック冬季競技大会では,500mと 1000mで金メダルに輝き,1994年のリレハンメル・オリンピック冬季競技大会でも 500mと 1000mを制した。(→アイススケート

ブレア
Blair, Tony

[生]1953.5.6. エディンバラ
イギリスの政治家。首相(在任 1997~2007)。フルネーム Anthony Charles Lynton Blair。父は法廷弁護士。1975年オックスフォード大学セントジョンズ・カレッジを卒業,同年労働党に入党。翌 1976年法廷弁護士となり,1983年下院に初当選。1992年から労働党シャドー・キャビネットの内務大臣を務め,1994年労働党党首に就任。党綱領を改正し,労働党のイメージであった階級闘争,教条主義との決別を明らかにし,国営企業の民営化など保守党寄りともいえる新路線を宣言,「ニュー・レーバー」(新しい労働党)を打ち出した。1997年の選挙で圧勝,18年ぶりに労働党政権を復活させた。公定歩合の決定権を財務大臣からイングランド銀行に移すなど積極的に改革を進め,経済は政権誕生以来着実に成長,1998年の北アイルランド紛争の包括和平合意「聖金曜日の合意」の成立にも貢献した。2001,2005年の選挙に勝利,労働党史上初の 3期連続政権を実現させた。しかし,2003年勃発したイラク戦争に関して政府の情報操作疑惑が浮上,アメリカ合衆国と歩調をそろえてきたブレアへの批判の声が高まった。2006年9月辞意を表明,2007年6月財務大臣ゴードン・ブラウンに首相の座を譲った。

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デジタル大辞泉の解説

ブレア(Anthony Blair)

[1953~ ]英国の政治家。労働党。弁護士・下院議員を経て、1994年に党首。1997年の総選挙で大勝し、メージャー政権を倒して首相に就任、18年ぶりの労働党政権を実現。2002年、米国に協力してイラク戦争に参加した。2007年に首相辞任。トニー=ブレア。→ブラウン

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百科事典マイペディアの解説

ブレア

英国の政治家。エディンバラ生れ。オックスフォード大学卒。法廷弁護士を経て,1983年下院初当選。〈影の内閣〉でエネルギー相,雇用相,内相を歴任した後,1994年労働党党首。
→関連項目イギリス北アイルランドブラウン

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブレア
ぶれあ
Anthony Blair
(1953― )

イギリスの政治家。通称トニーTony。スコットランドのエディンバラに生まれ、オックスフォード大学卒業後、弁護士となった。1983年労働党の下院議員に当選、野党の「影の内閣(シャドー・キャビネット)」で、エネルギー、雇用、内務の各部署を担当したのち、1994年に労働党党首に選ばれた。若く魅力的な党首としてのイメージを押し出す一方、「新しい労働党」の創出をスローガンとして、国有化政策など古い社会主義色の強い政策を大胆に廃棄していき、党の支持基盤を急速に広げていった。その結果、1997年の総選挙で大勝して首相に就任、18年ぶりの労働党政権を実現した。ブレア内閣は、スコットランド、ウェールズへの地方分権実施の決定、北アイルランド紛争の解決に向けての合意樹立など、積年の課題となっていた難問に取り組む一方、欧州統合に対しては保守党政権に比べて積極的な姿勢を示した。2003年のイラク戦争ではアメリカ大統領ブッシュを支持、アメリカ軍と共同でイラクを攻撃し、フセイン政権を崩壊させた。しかしイラク戦争への対応に関して国民から強い批判を受け、2005年の総選挙においては過半数を獲得したものの大幅に議席数を減らした。ブレア政権は労働党として初めて3期連続で政権を握ったが、上院資金融資疑惑が発覚したこともあり支持率が低迷、2006年の地方議会選挙にも大敗し、党内の求心力は大きく低下した。この選挙結果を受け、大幅な内閣改造を実施したが、早期退陣を求める声が強まり、2007年5月10日首相辞任を表明。同年6月27日に任期を3年残して途中退陣し、ブレア政権は10年で幕を閉じた。[木畑洋一]
『吉瀬征輔著『英国労働党』(1997・窓社) ▽黒岩徹著『イギリス現代政治の軌跡』(1998・丸善) ▽藤森克彦著『構造改革ブレア流』(2002・TBSブリタニカ) ▽桜井幸男著『現代イギリス経済と労働市場の変容――サッチャーからブレアへ』(2002・青木書店) ▽梅川正美・阪野智一編著『ブレアのイラク戦争――イギリスの世界戦略』(2004・朝日新聞社) ▽小堀真裕著『サッチャリズムとブレア政治――コンセンサスの変容、規制国家の強まり、そして新しい左右軸』(2005・晃洋書房) ▽伊藤善典著『ブレア政権の医療福祉改革――市場機能の活用と社会的排除への取組み』(2006・ミネルヴァ書房) ▽舟場正富著『ブレアのイギリス――福祉のニューディールと新産業主義』(PHP新書) ▽山口二郎著『ブレア時代のイギリス』(岩波新書)』

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