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ブロイヤー

百科事典マイペディアの解説

ブロイヤー

バウハウス家具デザインを代表するデザイナーハンガリー,ベーチュ生れ。1920年バウハウスに入学。のちにマイスター(教授)に就任。1925年から1928年にかけて,自転車のフレームから発想を得て,鉛管工の職人と共同でスチール・パイプを使った家具をデザイン。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブロイヤー【Marcel Lajos Breuer】

1902‐81
アメリカの建築家。ハンガリーのペーチュ生れ。ドイツに行きバウハウスに学び,ついで同校教師となる。この間,スチール・パイプ椅子(1925)を発表。1928年グロピウスとともにバウハウスを去り,やがてイギリスを経て37年アメリカに移り,はじめグロピウスと共同で,後に単独で事務所を開く。また,ハーバード大学でグロピウスとバウハウス流の建築,造形教育を行った。自邸(1947)に見られるように国際様式建築の典型を造るが,ニューヨークのホイットニー美術館(1966)など後期作品には,さらに大胆自由な造形が見られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブロイヤー
ぶろいやー
Marcel Breuer
(1902―1981)

ハンガリー出身のアメリカの建築家、家具デザイナー。ベッチに生まれる。ドイツに出てデッサウのバウハウスの第一期生(1920~25)として学ぶ。そこで教師となり、以後グロピウスと生涯の行をほぼともにする。バウハウスでは家具デザインを担当し、鋼パイプや成型合板による有名な一連の椅子(いす)を考案。1928年デッサウからベルリンに行き、設計事務所を開くが、ナチスの台頭でロンドンに亡命、37年グロピウスによばれて渡米、彼の下でハーバード大学建築科で教鞭(きょうべん)をとった。46年ニューヨークに進出、構造躯体(くたい)を建築の表現基盤とする傾向など、近代デザインを代表する存在として国際的になる。ニューヨークに没。主要設計にパリのユネスコ本部(1957、ネルビ、ゼールフュスと共同)、ミネソタ州カレッジビルのセント・ジョン教会(1961)、ニューヨーク大学(1961)、ニューヨークのホイットニー美術館(1966)などがある。[高見堅志郎]

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世界大百科事典内のブロイヤーの言及

【バウハウス】より

…このころからバウハウスの卒業生が教授陣に加わりはじめる。タイポグラフィーと広告の部門を築いたH.バイヤー,家具に新境地をひらいていたM.L.ブロイヤー,彫刻のシュミットJ.Schmidtらである。 バウハウスはワイマール時代には建築の部門をもっていなかったが,27年グロピウスは建築部門を設けるとともに,スイス人の建築家マイヤーHannes Meyer(1889‐1954)を招いた。…

【ホイットニー美術館】より

…彫刻家ホイットニーG.V.Whitneyの500点にのぼるコレクションを基にして1931年開館。66年,現在の建物(M.L.ブロイヤー設計)に移転した。5000点にのぼるコレクションは絵画,版画,彫刻,立体造形の各分野を網羅し,このほかホッパーの作品を2000点収蔵。…

※「ブロイヤー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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