コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

プラーテン プラーテン Platen-Hallermünde, August, Graf von

5件 の用語解説(プラーテンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プラーテン
プラーテン
Platen-Hallermünde, August, Graf von

[生]1796.10.24. アンスバハ
[没]1835.12.5. シチリアシラクーザ
ドイツの詩人。ミュンヘン陸軍幼年学校を出て士官となり,対フランス戦争に参加したが,1818~26年ウュルツブルクエルランゲン両大学で哲学や言語学を学び,詩人を志す。 26年以後はイタリアに定住。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

プラーテン

ドイツの詩人。バイエルン出身だが晩年をイタリアで送った。ソネットオードなどの古典詩形を好み,またペルシアの詩形ガザルガゼール)を移入して,美しい詩を書いた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

プラーテン【August Graf von Platen‐Hallermünde】

1796‐1835
ドイツの詩人。バイエルン出身だが晩年にはイタリアを永住の地と定め,シチリアで死んだ。イタリアへの憧れは古典主義的な形式への愛と結びついており,詩作の多くは修辞の整いだけで成り立つ言語の工芸品だが,独特な同性愛的傾向に支えられた美への熱狂が,端正に刻み上げた詩の形象から,ひそかな魂の音楽をひびかせる時,忘れがたい印象を残す。《ベネチアソネット》(1825)などの作品がある。【川村 二郎】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

プラーテン【August Graf von Platen-Hallermünde】

1796~1835) ドイツの擬古典主義の詩人。ソネット・オードなどのすぐれた定型詩を書く。また、戯曲も書いた。詩集「ベネチアのソネット」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プラーテン
ぷらーてん
August Graf von Platen-Hallermnde
(1796―1835)

擬古典主義の形式美を求める強い意志をもったドイツの詩人。北ドイツ、アンスバッハの斜陽貴族の家に生まれる。プロイセンの愛国的、新教の世界に育つ。10歳のとき、生まれ故郷アンスバッハがフランスと結ぶライン同盟国バイエルンに移行し、環境は一転。1814~18年、バイエルンの士官としてフランスへ従軍したが、兵士は市民ではなく君主の機械にすぎないことを痛感し、絶対制の反国民的・利己的政策を、また自国内の停滞を批判した。自国の政治上の成り行きが、生活改革と自由への前進を目ざすプラーテンの希望を打ちのめした。彼の詩は政治を離れ、ロマン派の影響もあって、宗教に慰めと希望をみいだすようになる。ウュルツブルクとエルランゲンの大学に学び(1818~25)、さまざまな詩形に挑戦、詩人リュッケルトとの交友によりペルシア、アラビアの言語・文学を学び、美の概念を問題としつつ、ペルシアの詩形を駆使したガゼールをつくる(1821~23)。23年に『新ガゼール集』を出版。ベニスの旅から『ベネチアのソネット』(1825)が生まれる。26年以降、シチリアのシラクサで病没するまでイタリアに滞在した。ほかに『不吉なフォーク』(1826)、『ロマン的エーディプス』(1829)などの戯曲もある。
 プラーテンは、19世紀には評価も高く、世紀末にはゲオルゲ派が、象徴派の先駆としたためさらに評価を高めたが、以後その名声は、時代と人生から離れた唯美主義とみなされて落ちた。[横田ちゑ]
『川村二郎訳『詩集(抄)』(『世界名詩集大成6』所収・1960・平凡社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のプラーテンの言及

【ワスレナグサ(勿忘草)】より

…残された少女は,若者の墓にその花を植え,彼の最期の言葉を花の名にしたという。この話はプラーテンの詩で有名である。神秘的な〈青い花〉が地中に埋蔵された宝を開いて見せるという民間信仰も,多く残っている。…

※「プラーテン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

プラーテンの関連キーワードバイエルランツフートワルハラ神殿南ドイツ新聞バイエルン国立管弦楽団バイエルン放送交響楽団バイエルン国立バレエ団バイエルン州立バレエ団バイエル[会社]ナイトハルト[ロイエンタールの]

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone