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プーラ Pourrat, Henri

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プーラ
Pourrat, Henri

[生]1887.5.7. アンベール
[没]1959.7.12. アンベール
フランスの作家。故郷オーベルニュ地方を背景にした地方主義的な作品を発表。『山の人々』 Les Montagnards (1919) ,『山のガスパール』 Gaspard des montagnes (22~31) ,『3月の風』 Vent de mars (41,ゴンクール賞) などのほか,『民話宝典』 Trésor des contes (13巻,48~62) がある。

プーラ
Pula

イタリア語ではポーラ Pola。クロアチア北西端のイストラ半島南端に位置する港湾都市。2世紀にローマ領となり,ビザンチン,フランク,ベネチアオーストリア=ハンガリー帝国などの支配を経て,イタリアから旧ユーゴスラビアに帰属し,91年クロアチア領。ローマ時代の遺跡に富み,円形闘技場や市中央高台の古城 (現考古学博物館) は有名。プーラ湾にのぞむ天然の良港には海軍基地と2つの造船所がある。機械,繊維,セメント,ガラスなどの工業と並び,観光産業も発達している。人口8万 4583 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

プーラ(Pula)

クロアチア西部の港湾都市。イストラ半島の南西端に位置する。古代ローマの植民地が置かれ、交易の拠点として栄えた。皇帝オクタビアヌスの時代に築かれた円形劇場や神殿が残っている。造船業、漁業、ワイン生産が盛ん。また、プーラの北西7キロメートルに浮かぶブリユニ諸島ブリユニ国立公園に指定されている。イタリア語名ポーラ。

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世界大百科事典 第2版の解説

プーラ【Pula】

クロアチア西部の都市。イタリア語ではポーラPola。人口6万2000(1991)。イストラ半島南端近くにあってローマ時代から栄えた。12世紀にベネチアの,18世紀末以降オーストリアの支配に入り,1920年にイタリアに編入されたが,第2次大戦後はユーゴスラビアに復帰した。造船所のほか,セメント・ガラス・製薬工場がある。ローマ時代の遺跡に富み,円形競技場(1世紀)は映画祭,歌謡祭,オペラなどに利用されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プーラ
ぷーら
Pula

クロアチア共和国西部の都市。イタリア語名ポーラPola。イストラ半島の南西端に位置する港町。人口5万8594(2001)。イリリア人が丘陵の上に土塁を築いたことに源を発し、古代ローマ皇帝アウグストゥス(在位前27~後14)の時代にローマの植民地として栄えた。ローマ時代の円形劇場(2万3000人収容)が残り、毎夏ここで映画祭が開催される。造船、ディーゼルエンジン、セメント、金属などの工業が行われる。[漆原和子]

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