ベドウィン(その他表記)Bedouin

翻訳|Bedouin

デジタル大辞泉 「ベドウィン」の意味・読み・例文・類語

ベドウィン(Bedouin)

アラビア半島中心中近東北アフリカ砂漠や半砂漠に住むアラブ遊牧民ラクダを中心として羊・山羊やぎを飼育する。

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精選版 日本国語大辞典 「ベドウィン」の意味・読み・例文・類語

ベドウィン

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] Bedouin ) アラブの遊牧民。特に、主としてラクダを飼い砂漠の奥深くはいるバドウアラビア語で「砂漠の住民」の意)を、半定住するシュワージャ(シュージャン)と区別していう。

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改訂新版 世界大百科事典 「ベドウィン」の意味・わかりやすい解説

ベドウィン
Bedouin

アラブ系遊牧民を指す。ベドウィンという呼称は,アラビア語の〈バドウbadw(バダウィー(男性形単数),バダウィーヤ(女性形単数))〉という語が,フランス人によりなまって発音されたのが始まりとされている。〈バドウ〉は,本来,町の住人〈ハダルḥaḍar〉に対応した言葉で,町ではない所(バーディヤ)に住む人々のことを指す。したがって,小さいオアシスや涸れ川(ワーディーワジ)に住む農耕民もバドウに含まれる。しかし,一般には,動物を飼育しながら移動生活をしているアラブ系遊牧民のことをベドウィンと呼ぶ。その大部分は,アラビア半島を生活の舞台としているが,イランの一部,中央アジアのトルキスタン,北アフリカ,スーダンなどにも住んでいる。

 ベドウィンが古くからアラブと呼ばれていたことは,紀元前後の多くの碑文や史料にその証拠が見いだされる。コーランにおいても,〈アラブ〉はベドウィンのことを指している。現在では広く用いられているこの〈アラブ〉という言葉が,もともとはベドウィンを意味するヘブライ語に由来するという説もある。コーランには,〈ベドウィンの言葉をコーランの言葉としても,町の住人の言葉としても用いるものとする〉と記されており,このことは,アラビア語の最も純粋な形はベドウィンの言語であるという説の根拠の一つとなっている。

 しかし,ベドウィンという呼称には,伝統的に誇り高く勇気ある砂漠の民であるという尊敬の意味合いがあると同時に,町の文明を知らない者という蔑視の意味合いも含まれていて,状況に応じて使い分けられる。そのため,半定住の状態で農耕・牧畜を営む者は,バドウと呼ばれることに反発する場合もある。

 アラビア半島におけるベドウィンの遊牧の形態は,地理的条件により少しずつ異なる。イラク南部の農耕地帯付近のように,休閑地や比較的近い距離内を一定の季節のみ遊牧するもの,クウェートに隣接する砂漠周辺地域のように,ロバに乗って牧草地から牧草地へ移動するもの,サウジアラビア中部の砂漠のように,冬と春には降雨地域に,夏には恒久的な水源地に移動するものなどさまざまである。飼育される動物も,羊,ヤギ,牛,ロバ,ラクダ,馬,水牛など多様である。

 農業が飛躍的進歩を遂げた19世紀以降には,このような遊牧生活は原始的であるというイメージがもたれがちである。しかし,遊牧という生産様式は,狩猟採集経済の連続ではなく,農耕の後に出てきたものであり,耕作不能な土地を利用するための,新しい洗練されたシステムであるといわれている。アラビア半島においては,南端部の農耕地帯の生産性が限界に達し,余剰人口が生じた際に,農耕民の中の一部が耕作不能なバーディヤに家畜を連れて北上したのが,ベドウィンの始まりであるというのが定説。

ベドウィンの社会では血縁関係が人間関係の中で至上のものとされ,とくに父系を軸とした家族()が,基本的な社会構成単位となる。ウスラusraと呼ばれる核家族,アーイラ`ā’ilaと呼ばれる3世代家族が生活の単位であることが多いが,5世代前の祖先までさかのぼるファヒズと呼ばれる親族集団も存在し,これを超える集団として部族があり,それぞれの部族は同盟を結び合うこともある。

 イスラム以前のアラブ社会は,このようなベドウィン社会の性格と関連して,血縁関係を第一とする社会であった。イスラムはそういった部族主義を排除して,唯一神アッラーによってつながれた共同体〈ウンマ〉を目ざすものであった。しかし,ベドウィン社会における部族主義,血縁主義が,イスラムによって一掃されてしまったわけではない。そのため預言者ムハンマドは,ベドウィンたちがなかなかイスラム的にならない輩だと非難している。そこには,商業都市メッカで生まれたイスラムが,砂漠の遊牧民にまでは浸透し難かったという事実がある。

 しかしながら,ベドウィン社会には,平等主義,民主主義の伝統も存在し,この伝統は,〈神の前にすべての人間は平等である〉というイスラムの根本理念に連続していると考えられる。また,ベドウィンは砂漠を横断して商品を流通する隊商を指揮したり,安全な通行を保証するという,商業上重要な役割も演じていた。したがって,メッカの定住文化は,ベドウィンたちとのつながりの上に初めて成立するものであった。これらのことから,イスラムの発生やその性格にベドウィンの文化がなんらかのかかわり合いをもっていたと考えられる。現在のベドウィン社会には,イスラムが浸透しているものの,根強く残る部族主義,血縁主義が,平等主義などとともに併存している状態である。

ベドウィンの生活は,古来からあまり変化がなく,移動を軸とした文化がみられる。住居は移動に適したバイト・シャアルbayt sha`ar,あるいはハイマkhaymaなどと呼ばれる黒っぽいテントである。ヤギまたはラクダの毛で,通風が良いように織られ,雨が降ったときには毛糸が膨張して雨水を下に通さないようにできている。夏は風通しが良い方向に向けて建てられ,冬は暖かさを保つようにくふうされている。テントの中には,女性や子どもが居る家族用の区画と,男性が客を招いたときに使用する来客用の区画とが,垂れ幕で仕切られている。

 ベドウィンの衣服は,夏の暑さ,冬の寒さや乾燥した空気をしのげるように,適当なゆるみをもたせて作られており,男性がかぶるクーフィーヤkūfīyaと呼ばれる布や,女性のタルハṭarḥa(ベール)は,直射日光や砂ぼこりから身体を保護する重要な役目を果たしている。このような衣類は,生活に必要な他の道具類や食料と同様,ほとんど町の〈ベドウィン市場〉からの購入品である。

 食生活は,ナツメヤシの実と乳製品が中心となっている。肉は来客のときや冠婚葬祭以外は,ほとんど食料とはしない。ナツメヤシは乾燥地帯では貴重な食物で,その種を砕いたものからは,ラクダ用の飼料もつくられる。小麦,米,コーヒーなどは購入されるが,乳製品や食肉は自給している。

 社会生活上の特色の一つとしてあげられるのは,女性の離婚が,かなり容易に行われるということである。一夫多妻制は今日でも続いているが,女性は配偶者を選択する自由があり,夫に不当な扱いをされた場合には,離婚を求めることができる。タルハを着用していないベドウィンの女性は,ほとんどの場合1度は結婚の経験があり,都市やオアシスに住む定住民の女性よりもはるかに大きな自由を享受する身である。

 ベドウィンの移動生活そのものは,近年急速な変化を遂げている。中央政府の確立,土地制度の変化,鉄道・自動車などの近代的な交通機関の発達,社会経済の進展による定住的労働の増加などの要因により,定住生活に入るベドウィンが増加している。ベドウィンをかかえるサウジアラビア,シリア,エジプトをはじめとする各国政府は,ベドウィンに対して,新しい灌漑用地や,水利の良い地域への定住化を推進する政策を打ち出している。昔ながらの遊牧生活を続けているベドウィンのもとでも,ラクダが自動車に代わり,近代的商品が砂漠の中でも用いられるなど,その生活文化には大きな変化が見られるようになっている。

 今日,ベドウィンの中には,依然として家畜を遊牧して生計をたてている者もいれば,一方で,トラックの運転手や機械技術者,石油産業の熟練労働者として近代的な仕事に従事し,子弟を学校や大学に送り出している者もいる。遊牧を始めることによって砂漠に適応した生活を生みだしてきたように,ベドウィンは現在,機械化された時代にも適応しようとしている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベドウィン」の意味・わかりやすい解説

ベドウィン
べどうぃん
Bedouin

アラビア半島を中心に、中近東、北アフリカの砂漠・半砂漠一帯に住むアラブ系遊牧民。ただしベドウィンということばは、正確なアラビア語ではない。バダウィ(単数女性形はバダウィヤ)の集合名詞バドゥまたは口語複数形バダウィーンというアラビア語を、ヨーロッパ人が訛(なま)って発音したのが始まりだといわれている。

 ベドウィンとアラブが、元来、同義語であったことは、さまざまな史料から証明されている。アラブということばが最初に現れた紀元前853年ごろのアッシリアの碑文では、それはアラビア半島北部に住むベドウィンのことであった。南アラビアの古代碑文やコーランに出てくる「アラブ」もベドウィンのことをさしている。

 アラビア語のバドゥは、バーディヤ(砂漠性の荒野、町ではない所)に住む人たちという意味であり、彼らが移動しているか、定住しているか、あるいは一時的に定住しているかは問題ではない。したがって、ベドウィンを「遊牧民」と訳すのは誤訳とはいえないまでも正しい訳ではない。バドゥに対することばとしてハダリ(町に住む人たち)がある。しかしハダリも、もとはバドゥだった者がほとんどであり、両者の間には連続性、可逆性がみられる。

 一般に社会組織は、氏族、部族から拡大家族に至るまで、父系の分節構造をもち、なかでももっとも重要な単位は拡大家族である。

 ラクダを中心とした遊牧がベドウィンの伝統的な生業形態であるが、砂漠の奥に住む彼らの生活も、近年は商品経済の波に洗われ、トラックなどがラクダにとってかわりつつあり、ベドウィンの生活も変容してきている。

 一方、サウジアラビアをはじめ、どのアラブ諸国でもベドウィン定着化の政策がとられており、ベドウィンの絶対数は急速に減少してきているのが現状である。

[片倉もとこ]

『片倉もとこ著『アラビア・ノート』(NHKブックス)』

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百科事典マイペディア 「ベドウィン」の意味・わかりやすい解説

ベドウィン

一般的にはアラビア,北アフリカ,シリアの砂漠に天幕を張り,ラクダ,ヤギ,ヒツジを連れて遊牧するアラブ系住民をさす。アラビア語で〈町ではないところ〉に住む人びとを意味するバドウに由来。〈町にすむ人びと〉と対比して使われる。イスラム教を信仰。部族・支族組織が強固で,古来アラブ人の活動はベドウィンに負うところ大といわれる。
→関連項目アラビア語アラビア半島グラブ・パシャ

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ベドウィン」の解説

ベドウィン
bedouin

アラブ系遊牧民族の汎称。「砂漠」を意味するアラビア語バドウ(badw)の訛り。アラビア半島のほか,北アフリカ,エジプト,スーダン,シリア,イラク,イランに広く分布している。

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世界大百科事典(旧版)内のベドウィンの言及

【砂漠】より

…だが定住を許そうとしない過酷な自然条件の下で,家畜を伴って分け入り,人間の可住空間をきり開き拡大したこと自体,遊牧の民が見せる人間の知恵と適応力のすばらしさ,たくましさを示す何よりの証拠と言えよう。ここでは西アジア・アラブ世界における遊牧民(ベドウィン)の生活を中心に,砂漠の生活と文化について述べることにする。 砂漠といっても地質的には多様で砂地だけでなく,岩地もあれば砂利地,溶岩台地もあり,こうした地質の差は遊牧民の気質や経済力の差を生む要因にもなっている。…

【シャイフ】より

…一般的に〈長老〉〈老人〉を意味するアラビア語であるが,さまざまな集団の長を意味することもある。とくにアラブのベドウィンは,各種のレベルの血縁集団の長をシャイフと呼んだ。ことに重要なのは,部族の長としてのシャイフ(またはサイイド)である。…

※「ベドウィン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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