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ベルジャーエフ ベルジャーエフBerdyaev, Nikolai Aleksandrovich

6件 の用語解説(ベルジャーエフの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベルジャーエフ
ベルジャーエフ
Berdyaev, Nikolai Aleksandrovich

[生]1874.3.6. キエフ
[没]1948.3.23. パリ,クラマール
ロシアの哲学者。最初マルクス主義に興味をもったが,その極端な唯物論には批判的でカントフィヒテなどの観念論によってマルクス主義の補強を考えた。 1899年政治的嫌疑により追放され,のち許されてドイツ各地を旅行。

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デジタル大辞泉の解説

ベルジャーエフ(Nikolay Aleksandrovich Berdyaev)

[1874~1948]ロシアの思想家宗教的実存主義の立場から精神の自由を基軸に、宗教・歴史哲学を展開したが、ロシア革命後パリに亡命。著「歴史の意味」「自己認識」など。

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百科事典マイペディアの解説

ベルジャーエフ

ロシアの哲学者。キエフの貴族の出。青年時代政治運動に参加,3年間北部流刑。革命後追放され,ベルリン,さらにパリに移る。ベーメソロビヨフドストエフスキーらの影響を受け,東方キリスト教神秘主義に根ざす独自な宗教哲学,歴史哲学を展開した実存思想家。

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世界大百科事典 第2版の解説

ベルジャーエフ【Nikolai Aleksandrovich Berdyaev】

1874‐1948
ロシア出身の哲学者。キエフの貴族の生れ。キエフ大学法学部中退。学生時代よりロシア社会民主労働党の活動に参加,逮捕・流刑も経験した。1900年ころから著作活動に入り,カントの批判哲学によるマルクス主義の修正をめざし,P.ストルーベを知る。03年S.ブルガーコフを,04年メレシコフスキーを知るなど時代の多様な思潮に身をさらし,観念論からしだいにロシアの伝統たる宗教哲学へ回帰した。09年左翼インテリゲンチャの世界観を批判した文集《道標》(1909)に参加。

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大辞林 第三版の解説

ベルジャーエフ【Nikolai Aleksandrovich Berdyaev】

1874~1948) ロシアの哲学者。ドストエフスキー・東方神秘主義の強い影響を受け、歴史は神の啓示に対する自由な人間の応答であるとする独自の歴史哲学をうちたてた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベルジャーエフ
べるじゃーえふ
Николай Александрович Бердяев Nikolay Aleksandrovich Berdyaev
(1874―1948)

ロシアの宗教哲学者。キエフ郊外の軍人貴族の家に生まれる。キエフ大学に学ぶうち、マルクス主義に接し、哲学的な唯物論には批判的であったものの、終末論的メシアニズムの観点から革命運動に参加。1898年大学から追放され、ついで1900年ボログダに流刑される。このころよりマルクス主義とドイツ観念論哲学との統合を目ざして思想的に格闘、しだいに宗教哲学への傾斜を深めていく。
 ドイツのハイデルベルク大学に学んだのち、帰国して1904年ペテルブルグに出る。ここで20世紀初めのロシアが経験した宗教的、文化的ルネサンスの渦に身を投じ、さまざまな思想家と交わった。1907年ふたたび西ヨーロッパを訪れ、帰国後「宗教哲学協会」の設立に参画する。文集『道標』(1909)などによって左翼インテリゲンチャの世界観を批判する一方、ロシア正教会の教権主義を激しく攻撃し『創造の意味』(1916)を著した。
 革命後、1922年モスクワ大学の哲学教授に任ぜられたが、思想的に革命政府と折り合わず、「イデオロギー上の理由から」旧ソ連国外へ追放される。その後、一時ベルリンに住んだが、1924年よりパリ近郊のクラマールに居を定め、ここで「哲学宗教ロシア学院」を指導するとともに、雑誌『道』を主宰した。
 人間の主体性、創造性に重きを置く独自のキリスト教的実存主義の哲学を展開。ヒューマニズムなきあと、新たな世界観がまだ確立しない過渡期たる現代を「新しい中世」ととらえた。『歴史の意味』(1923)、『隷属と自由』(1944)、『ロシア思想史』(1948)など、30冊に及ぶ著書はロシア語その他の西欧語で書かれているが、大部分はヨーロッパの各国語に翻訳されており、著者が西洋の思想界でいかに重きをなしたかを瞭然(りょうぜん)とさせる。[尾崎ヘイワ]
『氷上英広他編『ベルジャーエフ著作集』全8巻(1960~1966・白水社)』

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世界大百科事典内のベルジャーエフの言及

【ソボルノスチ】より

…19世紀のホミャコーフベルジャーエフなどロシアの宗教思想家に見られた神学思想をいうが,さらに神学の枠をこえ,西ヨーロッパとロシアを識別するロシア民族性の特質とされた理念をもさす。ロシア語のソボルsobor(集い)から派生したことばである。…

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