ベーダ語(読み)ベーダご(英語表記)Vedic

翻訳|Vedic

改訂新版 世界大百科事典 「ベーダ語」の意味・わかりやすい解説

ベーダ語 (ベーダご)
Vedic

インド・ヨーロッパ語族インド語派最古層の言語イラン語派の古いアベスター文献の言語とは,英語とドイツ語よりさらに近い関係にある。ベーダ語はいわゆるベーダ文献を綴った言語の総称だが,最古の《リグ・ベーダ》賛歌集から古典サンスクリット文法を著したパーニニの時代までには,推定で500年以上の歴史があり,その間に徐々にベーダ語も変化し,古典サンスクリットに近づいている。

 以下に例として《リグ・ベーダ》から賭博者の悲嘆の歌(10巻34歌2)の一節をあげ,英訳(逐語訳)を添える。

〈彼女は私をとがめず,怒りもしなかった。彼女は友だちにも私にも親切だった。1余りの骰子(さいころ)(割り切れず1を余す最悪の目)のために,私は貞淑な妻を離別した〉

 これから明らかなように,ベーダ語は典型的な屈折語である。名詞は3性,3(単・両・複)数,8格を区別し(例文中ではsakhibhya,akṣasya-ekaparasya-hetor,anuvratām-jāyām),前置詞的な要素はふつう用いない(インド語派は一貫して後置詞使用)。apaはarodhamという動詞形にかかる副詞である。動詞は一般に時制が5(現在・未完了・アオリスト・完了・未来),法が5(直説法・命令法・接続法・願望法・準接続法injunctive),それに各動詞は原則として能動と中動(行為の結果が再帰的に自らに及ぶ)の2態,それに二次的に受動態も加えられる。この形の複雑さは,すでにベーダ語の歴史の中でも,接続法の後退など簡略化の方向に向かっている。

 語彙は,文献の性格が主として神話,祭式,哲学に関係しているとはいえ,非常に豊富である。インド・ヨーロッパ語の伝統的な形のほかに,ドラビダ語などからの借用と思われる形も少なくない。またインド全域の特徴であるそり舌音はすでにあらわれているが,lはほとんどみられない。この点はイラン語の古層に共通する特徴であるが,lをもつサンスクリットとは方言的な違いを示している。逆に摩擦音はvと三つのs(s,ṣ,ś)の音とh(ḥは語末のみ)で,イラン語にくらべてはるかに少ないが,有声・無声の帯気音(p,ph,b,bhなど)をもつ点は特徴的である。母音体系はi,a,u(e,oは常に長い)で,これはセム系の言語のそれに似ている。ただ子音間で音節を担ったrとl(ṛ,ḷと表記)を音素化している点は注目に値する。
サンスクリット
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百科事典マイペディア 「ベーダ語」の意味・わかりやすい解説

ベーダ語【ベーダご】

インド・ヨーロッパ語族のインド語派の最古層言語で死語。イランのアベスター語と酷似し,インド・イラン語派の単一時代を想定させる。《リグ・ベーダ》をはじめ祭式の規定,哲学,文法等に膨大な文献をもち,インド・ヨーロッパ語中で最も古い形を保持する。サンスクリットと比べて古形の複雑さが目立つほか,方言差がわずかにある。→ベーダ
→関連項目サンスクリットプラークリット語

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世界の主要言語がわかる事典 「ベーダ語」の解説

ベーダご【ベーダ語】

インドヨーロッパ語族に属するインド語派の最古層をなす言語。イラン語派の最古層のアベスタ語と近い。インダス文明の末期にインドに侵入、定着したアーリア人がもたらした。紀元前1200年ごろの『リグベーダ』から前200年ごろに至るウパニシャッドまで、神話、祭式、哲学に関する膨大な量の文献をもつ。典型的な屈折語で複雑な格変化と動詞の曲用をおこない、前5~前4世紀の文法学者パーニニがその文法をまとめ規範化してサンスクリットを確立させた。◇英語でVedic。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ベーダ語」の意味・わかりやすい解説

ベーダ語
ベーダご
Vedic language

バラモン教の経典ベーダに用いられている言語。インド=ヨーロッパ語族インド=イラン語派のうちインド語派に属し,その最古の形を示している。イラン語派に属するアベスタ語と大きな類似をみせる。文献はおよそ前 1500年から 1000年にわたり,新しいものほど古典サンスクリット語に近くなってくる。

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世界大百科事典(旧版)内のベーダ語の言及

【インド語派】より

…この語派は前10世紀をさかのぼると推定される《リグ・ベーダ》から現代のインド・アーリヤ諸語に至る長い歴史と膨大な量の文献をもち,この語族の比較研究にもっとも重要な位置を占めている。その古層であるベーダ語は,隣接するイラン語派のもっとも古い文献である《アベスター》の言語とあらゆる点で類似が著しいので,このインド,イランの両語派は先史時代に一つのまとまりをなしていたと考えられる。事実彼らはともに自らをアーリヤ人とよんでいた。…

【サンスクリット】より

インド・ヨーロッパ語族の中のインド語派を形成し,その豊富な資料は古代ギリシア語と並んでこの語族の設定と比較言語学の成立に大きな役割を果たした。
[歴史]
 サンスクリットの古層であるベーダ語は,隣接するイラン語派に属するアベスター文献の言語に非常に近く,またこの両派の話し手は自らアーリヤ人と称していたから,彼らはかつて一つの語派をなしていたと推定される。そこでインド語派の言語をインド・アーリヤ語Indo‐Aryanともいう。…

【サンヒター】より

…長い期間にわたりもっぱら口伝によって伝承されたが,今日まできわめて正確に保存されており,古代インドの宗教を知るうえで不可欠の基礎資料である。また,古典期のサンスクリット語よりさらに古い形をしめす,いわゆるベーダ語の最古層を含み,言語研究の上からもきわめて重要である。なお,後世になると医学書の《チャラカ・サンヒター》,天文学書の《ブリハト・サンヒター》など,一般の学術文献の名称にもサンヒターの語を付したものが多い。…

【パーニニ】より

…通常《パーニニ文典(文法)》の名で知られる《アシュターディヤーイーAṣṭādhyāyī(八章編)》の著者。彼はベーダ語(ベーダの時代に用いられていたサンスクリットの古語)の用例を顧慮しつつ,〈文法を学ばずして,正しい語法をわきまえた人士〉の言語使用に範を取り,その当時西北インドに〈話し言葉〉とされていたインド・アーリヤ語に規矩を与え,サンスクリットをインドの文章語,雅語,聖語として定着させた。8章のおのおのはそれぞれ4節に分かれ,全体は約4000のスートラ(経,短文)より成るが,各スートラは記憶の便を考慮して略符号を用いつつ,極度に圧縮された短い規則を含んでいる。…

【ベーダ】より

…ベーダは成立当初以来もっぱら口伝によって継承され,文字によって書き記されるようになったのは相当後世になってからのことであるが,その口伝の正確さは驚嘆に値する。ベーダの言語はいわゆるサンスクリット(梵語)に属するが,狭義のサンスクリットすなわち古典サンスクリットClassical Sanskritと比較してさらに古い語形を呈しているので,〈ベーダ語〉と呼ぶことが多い。もちろんベーダ語にも新旧の層があり,最古層は《リグ・ベーダ・サンヒター》に認められ,最新層の〈古ウパニシャッド〉の言語は古典サンスクリットに接近する。…

※「ベーダ語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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