翻訳|Indic
インド・ヨーロッパ語族の一語派。この語派は前10世紀をさかのぼると推定される《リグ・ベーダ》から現代のインド・アーリヤ諸語に至る長い歴史と膨大な量の文献をもち,この語族の比較研究にもっとも重要な位置を占めている。その古層であるベーダ語は,隣接するイラン語派のもっとも古い文献である《アベスター》の言語とあらゆる点で類似が著しいので,このインド,イランの両語派は先史時代に一つのまとまりをなしていたと考えられる。事実彼らはともに自らをアーリヤ人とよんでいた。
インド語派の人々がその地に入る前の痕跡が,小アジアの前15~前14世紀ごろの文献に認められる。彼らはヒッタイト帝国に従属したミタンニ王国の上層部を占めていたらしい。その国の王の名や協約のときの誓いの神々の名,あるいは馬の調教の書に用いられている数詞などに,古いインド語で理解しうる形が指摘される。ただこの事実は孤立的で,周辺の地域の史書などでこれを裏付ける資料はない。おそらくこれは,のちのインド・アーリヤ語族の一部が分裂して小アジアに入ったものであろう。
この語派のインド侵入は,インダス文明の終末期にはじまると推定される。彼らはインダス川上流からパンジャーブ,そして東のガンガー(ガンジス)川流域へと徐々に浸透していった。祭式を中心とするバラモン階級の支配していたベーダ時代において,神話を主題とする賛歌集と祭式の説明などを含む多くの文献を綴ったベーダ語は,名詞の格や動詞の人称変化の複雑な,屈折語タイプの典型である。これが王族中心の社会に移行するころから,古典サンスクリットの時代に入る。ここにはベーダ語とはやや違った方言差が認められる。ベーダ語はrとlをrに統一しているが,サンスクリットはこの二つの音を区別する。表現のうえでも,定動詞を用いる文と並んで,完了形の受動分詞を定動詞の代用とする名詞構文が好んで用いられるようになる。この言語は当時の文法家パーニニによって規範化され,文語として固定していったが,ベーダ時代から各地に拡大した民衆の話し言葉がいかに変化していたかは,プラークリットとよばれる中期インド語(プラークリット語)文献によってうかがうことができる。その典型は前3世紀のアショーカ王がインド各地に残した碑文である。これは現存するインド語史のもっとも古い資料である。またこの段階において,当然各地の方言差が現れてくる。仏陀の時代にはすでに北西,中央,東の3語群,あるいはこれに南部を加えて四つの区分が想定される。中期から近代への移行は明確ではないが,10世紀ごろと推定される。近代インド・アーリヤ語は南部のドラビダ語族とともにこの大陸の北部全域を占め,多くの言語に分かれている。そのおもなものとしては,インドの公用語ヒンディー語,パキスタンのウルドゥー語のほか,中央にパンジャービー,ラージャスターニー,グジャラーティー,北にパハーリー,西北にラフンダー,シンディー,カシミーリーの各言語,南にマラーティー語,東にオリヤー,ビハーリー,ベンガリー(ベンガル語),アッサムの各言語,それにセイロン島にシンハラ語がある。なおこのほかに現在ヨーロッパにも分散して居住するジプシーの言語は,インド語派の流れをくむものである。またカーブルの谷の周辺のカーフィリスターンの言語は,インド語派の特徴をもちつつ,言語学的になおこれとイラン語派の中間に位置する,貴重な資料である。
→インド[言語]
執筆者:風間 喜代三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…この種族の言語はインド・アーリヤ語といわれ,歴史的にベーダ語,サンスクリット語,諸プラークリット語,諸アパブランシャ語などの段階を経てしだいに分化し,10~13世紀ころには今日の北インドの主要な民族語を生み出すこととなった。ヒンディー語,ベンガル語,マラーティー語などがそれで,それぞれ数百万人から1億人の話者人口をもち,全人口の73%を占める(インド語派)。 インド亜大陸にはこのように,5系統の種族が次々と移動して来て,あるいは通過し,多くはそこに定住して,相互に影響を及ぼし合った。…
…インド・ヨーロッパ語族のインド語派の最古層の言語。イラン語派の古いアベスター文献の言語とは,英語とドイツ語よりさらに近い関係にある。…
※「インド語派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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