翻訳|Prakrit
中期インド・アーリヤ語(インド語派)の総称。サンスクリットが〈完成されたsaṃskṛta〉雅語であるのに対して,〈自然のprākṛta〉民衆の言語の意。古典サンスクリットはパーニニの文法によって固定し,以後文学のため,また広く書き言葉として用いられたが,生きた言語としての生命を失った。これに対してプラークリット語は,古くインドに侵入したこの語族の人々が各地に定着し,自然の変化にゆだねた言語を反映するものである。とはいえわれわれのもつ資料は,当時の口語そのものではなくて,やはり文語として書き残されたものである。
そのおもなものを次にあげる。(1)アショーカ王がインド各地に残した詔勅の碑文 これはオリジナルの文を各地の書記がその地域の公用語で書き改めたものらしく,中東部,北西部,西部,南部でそれぞれに異なる特徴を示している。これはインド・アーリヤ語のもつ資料の中で実物の現存する最古のものであり,前3世紀ごろに各地の言語がすでにサンスクリットとはかなりの違いがあったことを示している。(2)パーリ語 小乗仏教経典の言語として多量の文献をもつ。(3)ジャイナ教文献のいくつかの言語。(4)劇用プラークリット語 サンスクリット劇では登場人物が身分によって異なる言語を用いる。王,学者,大臣など高貴な男性はサンスクリット,一般の女性,子ども,身分の卑しい男性はプラークリット語を用いる。しかも会話と抒情詩では別個の言語をあてている。このほか大乗経典の中の偈(げ)文とか,後代のアパブランシャ語の名で総称される各地の文語などもプラークリット語に数えられている。
新旧の差はあるが,これらの言語に共通の特徴は,例えばサンスクリットsapta〈7〉に対するsatta,agni〈火〉に対するaggi-,svarga-〈大〉に対するsvaga-,kariṣyati〈する(未来)〉に対するkarissati/kāsati/kaṣti/kāhiti/kacchati,また名詞の格の融合,動詞の過去時制の統合など,音韻,形態の両面における簡略化である。
→パーリ語
執筆者:風間 喜代三
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中期インド・アーリア語の別称。サンスクリット語に対蹠(たいせき)される概念で、字義的には「自然な、粗野な、人為の加えられていない」言語、すなわち通俗語、方言を意味している。
[原 實]
…中古インド・アーリヤ語の一種で,サンスクリット語,プラークリット語と並んで使用された。〈転訛したapabhraṁśa〉という意味の示すごとく,元来地方的俗語を基礎として発達したので数種の区別があるが,現存の資料はいずれも文章語として用いられたもので,日常方言を示すものではない。…
…
[演技と用語]
舞台装置がきわめて簡単であったから,俳優の演技は重要で,脚本に示されている〈ト書き〉に基づいた身ぶりによって装置の不備を補った。用語の面では,インドの古典劇は文章語のサンスクリット語と俗語を基礎とするプラークリット語を混用するのが通則で,サンスクリット語はバラモン,国王,大臣,学者,将軍など上流の男性が用い,プラークリット語は婦人,子どもおよび身分の低いものが使用し,道化役もこれを用いる。しかし,プラークリット語には使用者の種類や地位によって数種の別があり,アパブランシャ語の用いられることもあった。…
…プラーナとは〈古譚〉を意味し,宇宙の創造,その破壊と再建,神々および聖賢の系譜,人間の始祖マヌの支配する長期間の記述,日種および月種の王族の系譜の5題目を主題とする規定であるが,現存のプラーナ文献の多くはヒンドゥー教の主神ビシュヌとシバの両神に関する神話,伝説を主体とし,信徒は宗派の聖典とみなしている。二大叙事詩の言語はすでに古代のベーダ語に比し変化を示しているが,前4世紀に大文典家パーニニが出て古典サンスクリット語の基礎を確立するに及び,この言語は文章語として,俗語を基礎として発達したプラークリット語とともに,中古文学の用語として使用され,幾多の傑作・逸品を残した。
【中古文学(古典サンスクリット文学)】
素朴単純なベーダの宗教文学は,中古文学にいたって内容とともに文体,措辞,韻律の方面で著しい発達をとげ,修辞と技巧を主とする繊細華麗な美文体のカービヤ文学時代を現出し,各分野にインド文学の最盛期を画した。…
※「プラークリット語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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