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ペグー朝 ペグーちょうPegu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ペグー朝
ペグーちょう
Pegu

13~18世紀にかけてモン族が興したビルマの王国。仏教遺跡が豊富。華南から南下したモン族は紀元前にタンルウィン,シッタン両川を南下し,タトン,コスマ,ペグーの3地で上座部仏教文化を築いた。 13世紀末にペグー朝はモン族文化復興に努め,タイのスコータイ朝と交流し,14世紀にはアユタヤ朝と戦争を続けた。 15世紀にアバ朝の南下侵略を退け,また余剰農産物を海路マラッカへ輸出し,経済・文化面で繁栄を続けた。 18世紀中頃には北上しタウングー朝を滅ぼしたが,まもなく北のコンバウン朝の支配下に属し,次第に勢力を失っていった。シュエダゴン・パゴダ,大仏,寝釈迦像などが残る。

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世界大百科事典 第2版の解説

ペグーちょう【ペグー朝】

1287年から1539年まで続いた南部ビルマ(現ミャンマー)(下ビルマ)のモン族の王朝。別名ハンターワディHanthawaddy朝。創始者ワレル(在位1287‐96)はドンウン村出身の行商人であったが,タイのスコータイの王に仕え近衛隊長に取り立てられた後,王女と駆落ちして郷里に帰り,1281年にはマルタバンを,6年後にはペグーPeguを支配下におさめてモン族の王になった。ワレルの王統は8代続いたが,ビンニャウー(在位1353‐85)の治世に王都がマルタバンからペグーへ移された。

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