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ホッジャ ホッジャ Hodža, Milan

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ホッジャ
ホッジャ
Hodža, Milan

[生]1878.2.1. スロバキア,ヌチャニ
[没]1944.6.27. アメリカクリーンウォーター
チェコスロバキアの政治家,歴史学者。ホッジァとも表記される。スロバキア出身。 1905~18年ハンガリー議会代議員。 18年スロバキアとチェコの統一を支持して独立政府に参加。農民党右派を指導,緑色 (農民) インターナショナルの創立者の一人。

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ホッジャ
ホッジャ
Hoxha, Enver

[生]1908.10.16. ギーロカスタル
[没]1985.4.11. ティラナ
アルバニアの革命運動指導者,政治家。国民的英雄。フランスの大学で自然科学を学び,共産主義運動に参加。1936年帰国,コルチャ中学校教師となった。1939年4月イタリア軍のアルバニア占領の際,抵抗運動を指導。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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百科事典マイペディアの解説

ホッジャ

アルバニアの政治家。第2次大戦中は国民解放軍を率いて対独抵抗戦を指揮。その間1941アルバニア共産党(1948年アルバニア労働党)を結成。1946年以後は首相・外相・国防軍司令官を兼ね,1954年以後党第一書記。

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大辞林 第三版の解説

ホッジャ【Enver Hoxha】

1908~1985) アルバニアの政治家。第二次大戦中に反イタリア闘争を進め、1944年に臨時政府を樹立し首班。戦後、単独政党である労働党の第一書記を務め、厳格な社会主義政策や反米・反ソ外交を指導。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ホッジャ
ほっじゃ
Enver Hoxha
(1908―1985)

アルバニアの政治家。ジロカステル中産階級出身。1930年にフランスのモンペリエ大学に留学、パリに移り共産主義グループに参加した。1936年に帰国、各地の中学でフランス語を教えた。1941年にアルバニア共産党が創設され、ホッジャを書記とする中央委員会が形成された。反独抵抗闘争が進展、1944年10月ホッジャを首班とする臨時政府が樹立された。第二次世界大戦後も党書記長、首相、全軍司令官の地位を確保し、当初は隣国ユーゴスラビア指導者の不信を買ったが、1948年にユーゴコミンフォルムから排除されたため救われた。1954年に当時のソ連にあわせ権限分割を行い、党第一書記に専念、首相の地位をシェフーに譲った。ソ連におけるスターリン批判後もスターリン賞賛の態度を変えず、ソ連の海軍基地要請も拒否し、1961年にはソ連と断絶、中国の援助を得た。しかし米中接近を批判し、1978年には中国とも断絶、国際的に孤立した。[木戸 蓊]

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