日本大百科全書(ニッポニカ) 「マルソー」の意味・わかりやすい解説
マルソー(Félicien Marceau)
まるそー
Félicien Marceau
(1913―2012)
フランスの作家。本名はルイ・カレットLouis Carette。ベルギーのコルタンベールに生まれ、ブリュッセルとルーベンで学業を修めたのち、一時期ラジオ放送局に勤めた。1944年からフランスに住み、1955年にはフランスに帰化し、1975年からアカデミー・フランセーズ会員となった。その活動は多方面にわたる。はじめ『肉と皮』Chair et cuir(1951)、『衝動』(1953。アンテラリエ賞受賞)などの小説で注目されるようになり、1969年『クリージー』でゴンクール賞を受賞した。同時に劇作にも手を染め、『たまご』L'œuf(1956)は3年におよぶロングランとして成功を収め、『4人がかりの証拠』La Preuve par quatre(1963)では現代の機械文明を鋭く風刺している。その後の代表的な戯曲としては『ルクレツィアのテラス』La Terrasse de Lucrezia(1993)がある。また評論家としては『バルザックとその世界』Balzac et son monde(1955)、『自由なる小説』Le Roman en liberté(1977)などを著している。小説においても戯曲においても、マルソーの文学を貫く基本的なテーマは真実の探求である。作中人物は自らの人生をふりかえって、自分が家族や社会の欺瞞(ぎまん)の犠牲者であったことを自覚する。したがって自分や他者にまつわるさまざまな幻想を払拭(ふっしょく)し、外面性のかげに潜む真実を発見することが重要になってくる。ただマルソーの作中人物は、内省によって人間性の本質を把握することはできるが、社会や家族に反抗することはない。社会や家族によって代表される「制度」を覆そうとするのではなく、それをあざ笑うのである。そこには大衆的なブールバール劇の精神がみてとれる。
[小倉孝誠]
『榊原晃三訳『クリージー』(1970・新潮社)』▽『江口清・調佳智雄訳『衝動』(1970・雪華社)』▽『石井宏訳『モーツァルト――音楽と旅の生涯』(1982・福武書店)』
マルソー(Marcel Marceau)
まるそー
Marcel Marceau
(1923―2007)
フランスのパントマイム俳優。ストラスブールに生まれ、幼時からチャップリンのまねをして育つ。職人になるために工芸学校に入ったが演劇にあこがれ、1944年にシャルル・デュランの弟子となって端役を勤めながら、エチエンヌ・ドクルーのクラスでパントマイムを学ぶ。ジャン・ルイ・バロー演出『バチスト』(1947)のアルルカン役で自信を深め、ピエロを現代化したビップという役柄を創造して黙劇専門の劇団を組織。『暁に死す』(1948)や『外套(がいとう)』(1951)などのマイム劇と、「様式のマイム」と名づけられた『風に向かって歩く』『蝶(ちょう)を追う』『青年、壮年、老年そして死』などの小品によって国際的名声を得た。日本にも数度来演した。
[安堂信也]
『M・マルソー他著、尾崎宏次訳『パントマイム芸術』(1971・未来社)』▽『マルセル・マルソー著、谷川俊太郎訳『かえってきたビップ』(1973・冨山房)』