マントヒヒ(英語表記)Papio hamadryas

改訂新版 世界大百科事典 「マントヒヒ」の意味・わかりやすい解説

マントヒヒ
Papio hamadryas

エチオピア東部からソマリア北部にかけてと,アラビア半島南端部に生息する霊長目オナガザル科ヒヒ属の旧世界ザル。古代エジプトでは神の使いとしてあがめられて,壁画などにも登場する。英語ではsacred baboon(聖なるヒヒ)とも呼ばれる。体格は性差が著しく,体重は雄が約18kg,雌が約10kg,頭胴長は雄が約65cm,雌が約55cm,尾長は頭胴長の半分程度である。体色は灰褐色で,顔は肌色。成熟した雄は,肩から垂れ下がるやや白っぽい長い毛をもち,まるでマントを着ているかのように見える。

 アカシア低木が散在する乾燥したサバンナにすむ地上生活者で,アカシアの花,葉,実,枝,イネ科の草本のほか,草や木の根,昆虫トカゲなども食べる。夜は害敵を避けて切り立った岩場で眠る。

 マントヒヒは非常に複雑な重層的社会構造をもつことで有名である。日中はふつう30~90頭程度の集団をつくって移動,採食を行う。この集団はバンドbandと呼ばれ,その構成員は固定的である。夜間の泊り場や水場の付近では,いくつかのバンドが集まって,ときには750頭にも達する大集団をつくることがある。これはトゥループtroopと呼ばれており,地縁集団的色彩の濃いものである。一つのバンドには,1頭の雄と複数の雌や子どもからなる単雄集団one male unitと,雌をもたない雄solitary maleがそれぞれ複数含まれている。単雄集団のまとまりは非常にはっきりとしており,雄から離れすぎた雌が,くび筋にかみつかれて引き戻されることもある。雄は成長すると自分の生まれた単雄集団を出て,他の単雄集団から子どもの雌を連れ出して育てたり,おとなの雌を奪ったりして自分の単雄集団をつくる。

 近年,バンドがいくつかのクランclanと呼ばれる下部組織に分かれ,同一クランに属する雄どうしが比較的頻繁に行動をともにすることや,クランやバンドを超えて移籍するのが主として雌であり,他のオナガザル科の種に見られるような母系的社会構造が見られないことなどが報告されている。
ヒヒ
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「マントヒヒ」の意味・わかりやすい解説

マントヒヒ
まんとひひ
hamadryas baboon
[学] Papio hamadryas

哺乳(ほにゅう)綱霊長目オナガザル科の動物。エチオピアからアラビア半島にかけて分布し、狭域とはいえユーラシアに分布域を伸ばしている唯一のヒヒである。雄は体長80センチメートル、体重20~30キログラムに達し、顔の両側と背中が灰色の長毛で覆われ、マントを着たようにみえる。雌は小形で褐色の体毛に覆われ、ほかのヒヒと大差ない。高地から海岸までの草原や半砂漠にすみ、地上性で雑食性である。社会は3層からなり、最下層の集団は、1頭の雄と数頭の雌を含むワンメールユニットで、いくつかのユニットと、ユニットをもたない雄たちが一つのバンドをつくっている。バンドの構成は安定しており、これが基本的社会単位で、ユニットはその下位単位である。バンドの構成員はいっしょに遊動するが、各ユニットの雄は、その雌の動きにつねに気を配り、離れようとすると頸(くび)にかみついて連れ戻すので、ユニットの輪郭は保たれている。同一バンドの雄たちの間には抑制が働いており、雌を奪い合うことはない。雌をもたない雄は、既存のユニットに入り込み、その雄の後継者となるか、ユニットから1歳未満の雌の赤ん坊をさらい、その世話を焼きながら成長を待って新たなユニットを形成する。夜間には、いくつかのバンドが岩場に集まり休眠集団(トゥループ)をつくる。休眠集団の構成は安定していないが、互いに認知しあったバンドによって形成される。

[川中健二]


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百科事典マイペディア 「マントヒヒ」の意味・わかりやすい解説

マントヒヒ

霊長目オナガザル科。雄は体長76cm,尾61cmほど,肩から背の大部分をおおうマント状の長毛が特徴。しりだこは大きく紅色。雌はずっと小さく,雄の半分ほど。紅海沿岸に分布。ヒヒ類のうち最も荒地にすみついた種で,150〜300頭の大群をなす。地上性。果実,根,トカゲ,昆虫などを食べる。夜は岩穴ですごし,昼間活動する。ヒトニザル類に次いで知能が高く,古代エジプト人はならして果実をとらせた。
→関連項目サル(猿)ヒヒ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マントヒヒ」の意味・わかりやすい解説

マントヒヒ
Papio hamadryas; hamadryas

霊長目オナガザル科。体長 70cm,体重 18kgほど。雄は頭から肩にかけて白いたてがみ状の長い毛をもつが,雌は全身淡褐色の短毛でおおわれる。平均 100頭ほどの群れをつくって生活し,おもに地上で行動する。このような群れは,1頭の雄と数頭の雌とその子から成る 10頭以下の小群 (ユニット) が集ったもので,バンドと呼ばれる。雑食性で,昆虫類,小動物をはじめ植物質も食べる。アフリカ北東部,アラビア半島などに分布し,海岸地帯から標高 3000m近い高地までの荒れ地や半砂漠地帯にすむ。

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世界大百科事典(旧版)内のマントヒヒの言及

【サル(猿)】より

…サル類のほとんどは定まった泊り場(ねぐら)をもつことなく,日々,集団のなわばりの中を遊動してくらしているのである。草原にすむゲラダヒヒマントヒヒでは,集団のなわばりは完全に重複し,特定の岩山や崖を共同の泊り場として用いることがある。 原猿類やマーモセット科には,皮脂腺の分泌物や排泄物を木の枝などにぬりつけて印づけ,つまりマーキングをするものがあるが,真猿類にはこのような行動はほとんど見られない。…

【ヒヒ(狒々)】より

…バブーンともいう。エチオピア,ソマリアからアラビア半島にかけてのサバンナに生息するマントヒヒ(イラスト),マントヒヒよりもさらに高地の,エチオピア高原の荒地に生息するゲラダヒヒ(イラスト),コンゴ民主共和国西部からナイジェリアにかけての熱帯降雨林に生息するマンドリル(イラスト)およびドリル(イラスト),サハラ以南の広大な地域に生息するサバンナヒヒの4群に大別される。このうち,サバンナヒヒはキイロヒヒ,ギニアヒヒ,チャクマヒヒ,ドグエラヒヒの4亜種からなるが,これらを独立した4種として扱う場合もある。…

※「マントヒヒ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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