コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ミュア ミュアMuir, Edwin

4件 の用語解説(ミュアの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミュア
ミュア
Muir, Edwin

[生]1887.5.15. オークニー諸島ディアニス
[没]1959.1.3. ケンブリッジ
イギリスの詩人,小説家,批評家。雑誌の編集者となり,社会意識の強い評論を書いたが,詩人としては『時間を主題とする変奏曲』 Variation on a Time Theme (1934) 以来,時間と永遠の問題を中心に,神話や寓話の象徴的なイメージに原型を求めつつ現代世界の迷路にさまよう人間を描いた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ミュア
ミュア
Muir, John

[生]1838.4.21. ダンバー
[没]1914.12.24. ロサンゼルス
アメリカの博物学者。スコットランドに生れ,1849年アメリカに移住。自然と動物を愛して,アメリカ各地を広く旅行し,その体験をもとに『カリフォルニアの山々』 The Mountains of California (1894) ,『国立公園』 Our National Parks (1901) などを書いた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ミュア
ミュア
Muir, Sir William

[生]1819.4.27. グラスゴー
[没]1905.7.11. エディンバラ
イギリスの行政官。イスラム史家として有名。イギリス東インド会社に勤務 (1837~76) ,その間アラビア,イスラムの歴史を研究。主著『マホメットの生涯』 Life of Mahomet and History of the Islam to the Era of the Hegira (4巻,58~61) ,『コーラン-その構成と教説』 The Corân,its Composition and Teaching (78) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ミュア
みゅあ
Edwin Muir
(1887―1959)

イギリスの詩人、批評家。父はオークニー本島の賃貸農場で働く農夫で、一家は転々とし、14歳のときグラスゴーに移る。やがて父と2人の兄と母を次々と病気で亡くし、さまざまな工場で働き、辛酸をなめる。30歳ごろロンドンに出て、1918年、女子カレッジの講師ウィラ・アンダーソンに出会い、翌年結婚。1921年から夫妻でヨーロッパ各地を放浪し、詩を書き始める。1925年ロンドンに帰り、夫妻でドイツ文学の翻訳を手がけ、カフカの小説の決定訳を出す。第二次世界大戦後、1948年2月のチェコ政変までプラハに住み、その後英国文化振興協会所長としてローマに赴き、ローマ・カトリックに傾斜する。1950年スコットランドに帰り、晩年はケンブリッジ郊外に住む。その詩は静かな調子のなかにも鋭い現代的感覚が光り、1950年代の若い詩人の注目を浴びた。優れた『自伝』(1954)のほか、『小説の構造』(1928)、『詩の領域』(1962)などがある。[羽矢謙一]
『福田陸太郎・鍵谷幸信編『現代アメリカ・イギリス詩人論』(1972・国文社) ▽佐伯彰一訳『小説の構造』(1954・ダヴィッド社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

ミュアの関連キーワード東京芸術大学120周年雑誌カッペレッティグラネライト脱ガラス化ガラス作用ゾブテンベルク岩玻璃玄武岩卸売物価指数改良服国民之友保安条例

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ミュアの関連情報