翻訳|variation
主題やモティーフあるいはそれらに含まれる音楽素材を種々の手法で変形する技法を変奏といい,変奏技法が楽曲構成の基盤となっている曲を変奏曲,その楽式を変奏曲形式という。変奏は作曲における基本原理の一つで,古来あらゆる種類の音楽にみられる。例えば中世の単旋律聖歌にもすでに旋律の高度な装飾変奏が認められる。変奏の対象は,音列,音型,和声,リズム,拍子,テンポ,強弱法,音色(管弦楽法など),伴奏部,旋律全体から形式構造そのものに至るまで,音楽のほとんどすべての要素に及び,しばしばそれらが複合的に組み合わされる。変奏曲はそれ自体で独立した楽曲のこともあれば,大きな曲の一部分をなすこともある(例えば交響曲やソナタの特定の楽章)。また組曲やロンド形式,ソナタ形式など他の形式と融合することも多い。
変奏曲の構成は主題の形態によって,区分的変奏曲と連続的変奏曲に大別される。前者は主題が構造的に完結し,その後に一連の変奏部分が続くもので,〈主題と変奏〉と題されることが多い。ふつう変奏曲と呼ばれるのはこの型である。後者は,短い旋律断片あるいは和声的骨格が絶えまなく反復されていく中を他の諸要素が変奏されていくもので,シャコンヌやパッサカリアがこれに属する。旋律は多くの場合低音部で固執低音(バッソ・オスティナート)として反復されるが,上声部に移ることもある。
次に変奏技法の上からは,大きく装飾変奏,性格変奏,対位法的変奏の3種に分類される。装飾変奏は厳格変奏ともいわれるが,これは主題の基本的構造と和声の骨格はそのままで,旋律を細分化したり装飾音型を付加するもの,あるいは細部の音型やリズム,拍子,調,音色などを変化させるものである。これには16~18世紀のホモフォニックな変奏曲の多くが属する。性格変奏は自由変奏ともいわれ,これは主題の部分的特徴のみを保存して自由な変奏を行うもので,各変奏は独自の性格と構造を有し,主題との関連が不明確であることもまれではない。この種の変奏曲はベートーベン以後の19世紀に盛んになった。対位法的変奏には対位法的技法に基づくすべての変奏曲が含まれるが,とくに既存の旋律(グレゴリオ聖歌,コラール,特定の世俗旋律など)を定旋律として,それ自体あるいは他の声部に変奏を加えていくものが重要である。バロック時代のオルガンのためのコラール変奏曲や固執低音による変奏曲はこれに属する。
変奏技法の歴史はきわめて古く,おそらくそれは楽器の即興演奏における旋律的変形に始まると思われるが,変奏曲も数ある音楽形式の中で最も長い生命をもつものの一つである。独立した楽曲としてはルネサンス時代の16世紀初頭から,まずリュートや鍵盤楽器のための独奏器楽曲として発展し,スペインのカベソンAntonio de Cabezón(1510ころ-66),イギリスのW.バード,ブルJohn Bull(1562ころ-1628),O.ギボンズらのバージナル楽派,イタリアでは初期バロックのフレスコバルディらによって最初の頂点が築かれた。変奏技法はバロック時代においてとりわけ重要な作曲原理となる。ヨーロッパ各地でさまざまな楽器のために多数の変奏曲が書かれた。ルネサンス末に登場した変奏組曲が定着し,J.H.シャインの管弦楽組曲のように合奏用の変奏曲も現れた。イタリア(フレスコバルディ)・南ドイツ系(フローベルガー)のパルティータ,フランス・クラブサン楽派(F. クープラン,ラモーら)のドゥーブルdouble(組曲などにおける装飾変奏の一タイプ),中・北ドイツ系(J.P. スウェーリンク,シャイン,S. シャイト)のオルガンのためのコラール変奏曲など,各国でそれぞれ独自の様式が培われ,それらはやがて18世紀前半にJ.S.バッハによって統合された(オルガンのためのコラール変奏曲,カノン風変奏曲,パッサカリア,チェンバロのための《ゴルトベルク変奏曲》,無伴奏バイオリンのためのシャコンヌなど)。
古典派では比較的単純な装飾変奏が好まれたが(ハイドン,モーツァルト,初期のベートーベン),19世紀に入るとベートーベンによって性格変奏が確立された(《ディアベリ変奏曲》など)。この傾向はロマン派ではとくにシューマン(《交響的練習曲》作品13など)に受け継がれた。19世紀ではこのほかブラームス(管弦楽のための《ハイドンの主題による変奏曲》作品56など)が重要であるが,シューベルト,リスト,フランクらにも優れた作品がある。なお19世紀に顕著になった技法に,単一の基本動機の音型を発展させながら大形式を形成していく発展変奏(シェーンベルクの用語)がある。20世紀ではレーガー,ヒンデミット,シェーンベルク,ウェーベルンをはじめ多数の変奏曲が書かれたが,とくに後の2人によって発展がみられた十二音技法(十二音音楽)においては,曲全体が基本音列の変形からなるという点で変奏技法が根本原理となった。
執筆者:土田 英三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
主題、動機、音列などを種々の方法で変形する技法を変奏といい、変奏技法を楽曲構成の基本原理とする楽曲を変奏曲という。一般に「主題と変奏theme and variations」という名称でよばれることが多いが、主題呈示部のない変奏曲も存在する。変奏の原理は主題などの変形を重ねていく原理であると同時に反復の原理でもある。つまり、自己同一性と変形という相反する二つの性質により成立する統一の原理であるといえよう。その技法には大別して次の3種がある。〔1〕装飾変奏(厳格変奏) 主題の旋律やリズムなどに装飾的変化を加える。〔2〕対位法的変奏 音の横の連なりを重視する対位法による変奏技法を総称するが、とくに既存の旋律を定旋律とする変奏曲が重要である。〔3〕性格変奏(自由変奏) 主題の部分的特徴のみを保持し、自由な変奏を行う。このほか、主題の変形方法に着眼してフランスの作曲家ダンディが行った、〔1〕装飾的変奏、〔2〕修飾的変奏、〔3〕拡張(敷衍(ふえん))的変奏の3分類法もある。
変奏の原理を用いた楽曲は古くから世界各地に存在するが、変奏曲という独立した形式をもつものが登場するのは16世紀である。スペイン、イタリア、イギリスなどのリュート、ビウエラ、鍵盤(けんばん)楽器のための作品のなかにその例がみいだされる。とりわけスペインでは、カベソンのオルガン曲集やナルバエスのビウエラ曲集のなかにまとまった形でみられる。ディフェレンシアスとよばれる楽曲がそれで、変奏曲としてはもっとも古いものの一つである。ここで用いられた変奏技法は、装飾的対位法的なものであった。この技法は、スウェーリンク、シャイト、バード、ギボンズらに受け継がれ、イタリア、イギリスなどで用いられた。17世紀に入ると、フレスコバルディのパルティータなど変奏曲は多数つくられ、また性格変奏の技法も用いられるようになる。バロック期には、組曲内のドゥーブルやコラールパルティータに変奏技法が用いられ、一方、シャコンヌ、パッサカリア、フォリアなどのオスティナートをもつ変奏曲も登場する。古典派では、モーツァルトにみられるように比較的単純化された装飾変奏の作品もつくられるが、ベートーベンに至り内容は豊かになり、彼によって性格変奏が確立された。そしてこの傾向はシューマンやリストらロマン派へ受け継がれた。現代音楽における音列作法も、ある意味において変奏の原理に立脚したものといえよう。
[アルバレス・ホセ]
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