改訂新版 世界大百科事典 「モグラ」の意味・わかりやすい解説
モグラ (土竜)
mole
食虫目モグラ科Talpidaeに属する地下生の哺乳類の総称。ただし,モグラ科のうち水生に転じたデスマン亜科と半地下性のヒミズ族などはふつう除かれる。体長は,ふつう10~15cm,尾長2~3cm,体重40~140g。地中にトンネルを掘るシャベル器官としての前肢がとくによく発達し,手は幅広く,つめが長い。強大な筋肉をもつ首は,胴と同程度の太さをもち,外観上は頭部と胸部の間に明りょうな区切りがなく,頭胴は1本の丸い円筒状。四肢はきわめて短い。目は退化して,ふつう皮膚に覆われているが,直径1mm程度の黒点として認められる。耳介はない(耳穴はある)。尾は短い。毛は柔らかく,直立して密生し,ビロードのような感触がある。体色はふつう黒色または黒褐色の暗色系だが,大型のコウベモグラなどではかなり明るくオレンジ色を帯びる。腹面には多くの種にオレンジ斑がある。
ヨーロッパ,アジアにヨーロッパモグラ属Talpa,モグラ属Mogera,ミズラモグラ属Euroscaptorなど約10種,北アメリカにトウブモグラ属Scalopus,セイブモグラ属Scapanus,ホシバナモグラ属Condyluraなど8~10種が生息する。これらのモグラ類の分布の中心は,土壌の豊かな温帯である。日本には,北海道を除く各地の森林,草原,畑,公園などにふつうに見られ,もっともみじかな野生哺乳類の一つとなっている。おもなモグラに関東以東にすむ中型のアズマモグラMogera wogura,中部以西の本州,四国,九州の平野部にすむ大型のコウベモグラM.kobeae,高山にすむ小型のミズラモグラEuroscaptor mizuraなどがある。
生態
モグラの生活圏は主として植物の根が及ぶ範囲内の土壌層で,ここにトンネル網をきずいて単独で生活し,50~80m四方ほどの土地をなわばりとして占有する。畑地などの人の手によってしばしば壊されるトンネルを別にすると,一度つくられたトンネル網は代々受け継がれて半永久的に使用される。トンネル網には巣,排出場,休み場,食物貯蔵庫などがしつらえられている。トンネルの補修あるいは拡張によって掘り出された土は,前足で押してトンネル中を運ばれ,垂直に上方にむかうトンネルから地表に捨てられ,〈モグラ塚〉となる。なお,日本の山地にすむヒミズとヒメヒミズは,〈モグラ塚〉をつくらず,したがってトンネルも土を掘り出す必要のない森林の落葉層と土壌層の間につくっており,まだ完全な地下生活者になりきっていない,いわば〈半モグラ〉ともいうべき存在である。
モグラは,昼夜の別なく4時間眠り,4時間活動するというリズムでトンネル網をパトロールし,そこに出てくるミミズ,ムカデ,ジムシなどの,おもに無脊椎動物を捕食する。トンネル網は,単なる通路ではなく,地中の獲物をとらえる一種の落しわなとして機能していることになる。ミミズなどの獲物がトンネルに体の一部を出しているような場合には,モグラは,これにかみつきそのままバックしてトンネル内にひきずりこみ,とらえる。トンネルという限定された空間で獲物をとらえるのに適切な獲物捕獲の行動パターンである。繁殖期は,年に1回3~5月で,雌は1産3~6子を生む。子は6~7月ころ巣立ちし,分散するが,土地の大部分(トンネル網)はすでにおとなのモグラによってなわばりとして占有されているから,結局は地上に追い出され,多くが飢えで死亡したり,天敵にとらえられる。しかし,一部の個体はあいたなわばりを見つけだすことに成功し,あるいはなわばりがあくまで,落葉の下などで生きながらえる。
モグラが光にあたると死ぬという俗説は誤りであるが,地中にすむはずの動物が地表で死んでいる姿がしばしば見られることは事実である。
モグラ類と直接の類縁関係はないが,同様の地下生活をすることから形態が似ており,〈モグラ〉と呼ばれる動物に,オーストラリアのフクロモグラ(有袋目),アフリカのキンモグラ(食虫目キンモグラ科)などがある。これらは進化における収斂現象の顕著な例である。
執筆者:今泉 吉晴
民俗と象徴
日本
鼹鼠とも記される。モグラはもぐらもちとも呼ばれ,古くはうくろもちといった。耕地のうね,くろをもち上げるからの名という。うごろもち,おんごろ,うぐらなどの方言がある。地中のミミズ,ケラなどを捕食し,圃場(ほじよう)の土を浮き上がらせて作物の根を傷め,また水田のあぜに穴をあけて漏水させるなど,農民は昔からこの害に苦しんできた。このため収穫の終りに土を打ってモグラをおどし,遠く去らせる呪法が広く行われてきた。西日本で亥子(いのこ)といって十月亥の日に餅をついて農神に供え,子どもたちが円形の石に縄をかけて多くの枝縄をつけ,歌をうたいながらこの縄を同時に引いて石をもち上げては落とし,これで地を打ってモグラをおどすのはモグラの跳梁(ちようりよう)を防ぐ呪法の儀礼化である。東日本では10月10日を十日夜(とおかんや)と呼んでわら束を固く巻いて子どもたちがその一端をもって地面をたたいてまわり,あるいはモグラ打ち,わら鉄砲などといって土を打つ音を高く響かせるのも同様の意味をもっている。
執筆者:千葉 徳爾
西洋
モグラは西洋では盲目の象徴であり,アリストテレスも獣のうち視覚を欠いている唯一の例と《動物誌》に特記している。《イソップ物語》にも,自分は目が見えるとほらを吹く子モグラの話があり,できもせぬことを申し出ておいてやがてぼろを出す人のたとえになっている。中世では異端者やキリスト教に改宗しない〈光を知らぬ者たち〉の隠喩に使われ,また地上の歓楽にだけ目を向ける人々を揶揄(やゆ)するたとえにも引かれた。しかし他方では大地の精としての信仰もあり,魔力をもつ動物とも考えられた。たとえば大プリニウスは《博物誌》において,モグラの前肢で引っかかれた種子はよく実を結ぶと述べ,またエリザベス1世時代の博物学者トプセルE.Topsellも《四足獣の歴史》で,モグラの心臓を食べた者に予言能力が備わるという伝承を紹介している。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報