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モルダビア Moldavia

翻訳|Moldavia

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モルダビア

モルドバ共和国

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モルダビア

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モルダビア
もるだびあ
Moldavia

ロシア語や英語でモルダビア、ルーマニア語ではモルドバMoldovaという。東ヨーロッパ中部、ルーマニア東部のモルドバ地方と、ドナウ川支流のプルート川を挟んで、その東に位置するモルドバ共和国に相当する歴史的地域。その範囲は時期によって変化するが、東カルパティア山脈とドニエストル川との間の地域で、中世にはベッサラビアとブコビナを含み、モルダビア公国が存在した。公国首都は15世紀までバイア(現バイア・マーレ)、16世紀までスチャーバ、以後はヤーシ
 古生代の基盤上に中生代や新生代の地層が堆積(たいせき)し、肥沃(ひよく)な黒土地帯をなす。モルドバ共和国は1991年8月に旧ソ連から独立を宣言した。人口は364万(2000国連推計)、首都キシナウ(ロシア語名キシニョフ)の人口は65万5000(1996)。農業が中心でブドウ、ワイン生産をはじめ、小麦、トウモロコシ、ヒマワリ、ジャガイモなどを産する。キシニョフは金属、皮革工業が盛んである。民族構成はルーマニア語方言であるモルドバ語を話すモルドバ人約64.5%、ウクライナ人約14%、ガガウス人(キリスト教に改宗したトルコ系民族)約4%など。宗教はロシア正教が主流である。ルーマニアのモルドバ地方でもブドウ、小麦、トウモロコシ、ヒマワリ、ジャガイモなどを産する。ヤーシは金属・化学工業が発達し、ガラチはルーマニア製鉄の中心地である。[佐々田誠之助]

歴史

古代にはローマ文化を受け入れたダキア人がこの地方に居住していたといわれる。クマン人、ブルガリア人などの多くの民族がこの地を支配し、1345年にモンゴル軍が撤退したのち、ボグダン(在位1359~65)に率いられたルーマニア人がモルダビア公国を樹立した。シュテファン3世(在位1457~1504)の時代に最盛期を迎えたが、1475年同地方に進出してきたオスマン・トルコと戦い、彼の死後トルコに従属した。19世紀に入るとモルダビアでも民族独立闘争が進展した。1859年にモルダビア、南のワラキアの両公国は同一人物クーザを大公に選出し、61年12月にはルーマニアという単一の公国を形成した。現在のモルドバ共和国は、1924年に当時のソ連がドニエストル川のソ連領に小さな帯状のモルダビア自治共和国を設立し、40年にルーマニアからベッサラビアを「奪還」してそれと併合し、社会主義共和国に格上げしたもので、91年に共和国として独立した。[木戸 蓊]

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