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モンバサ Mombasa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モンバサ
Mombasa

ケニア南東部,インド洋に臨む港湾都市。コースト州の州都で,ケニアの主要港。市域は大陸部分と入江に浮かぶサンゴ礁モンバサ島からなる。11世紀にアラブ人が建設,1331年にイブン・バットゥータが,1498年バスコ・ダ・ガマが到来。以来,アラブ王朝とポルトガルとの間で争奪戦が繰り返され,モンバサ島はスワヒリ語で戦争を意味する「ムビタ島」と呼ばれるようになった。1505年ポルトガルが占領,その後もアラブとの間に戦闘が続き,1729年アラブのオマーンの支配下に入り,1840年代からザンジバル王国のスルタン領。1887年イギリスに譲渡され,1895~1907年イギリスの東アフリカ保護領の首都。1928年自治権を獲得したが,1963年のケニア独立までザンジバル王国の一部であると同時にイギリスのケニア保護領だった。二つの海港をもち,島の西部を占めるキリンディニ港は近代的施設を備え,コーヒー,綿花,チャ(茶),サイザルアサ,ジョチュウギクなどを輸出。第2次世界大戦後,急速にセメント,ガラス,石鹸,醸造,造船などの工業が発展。インド人やアラブ人が多い。1593~95年にポルトガル人が建設した要塞フォート・ジーザスは,2011年世界遺産の文化遺産に登録された。人口 77万7100(2004推計)。

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デジタル大辞泉の解説

モンバサ(Mombasa)

ケニア南部、インド洋に面する港湾都市。海岸州の州都。ウガンダに至る内陸への鉄道の基点で、国際空港もある。小島モンバサ島と大陸本土にまたがり、橋および堤防で結ばれる。紀元1世紀頃、アラブ人、ペルシア人が港を築き、11世紀にはインド洋交易の主要拠点として知られた。アラブ人とポルトガル人の間で領有が争われたのち、英国の支配下に入った。同国第二の都市に発展し、コーヒー・サイザル麻・綿花・石油などを輸出。

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百科事典マイペディアの解説

モンバサ

ケニア南部,インド洋岸の港湾都市。市街はモンバサ島と大陸側にまたがる。首都ナイロビ南東約450kmにあり,ウガンダ,タンザニアに通じる鉄道の起点。農林産物の集散加工が行われ,工業大学がある。
→関連項目ナイロビ

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世界大百科事典 第2版の解説

モンバサ【Mombasa】

東アフリカ,ケニア南東部の港市。東アフリカ随一の港をもち,人口60万(郊外を含む。1991)はケニア第2位。インド洋のモンバサ島と大陸とにまたがる。島の西の築堤橋が首都ナイロビを経てウガンダに至る鉄道と主要国道で本土と結んでいる。北のニェリ橋はマリンディ,ラムに,南はリコニ・フェリーでタンザニアに連なっている。モンバサは11世紀ころから,インド洋交易の主要な沿岸都市としてはっきりした形を現す。14世紀にイブン・バットゥータが訪れた時,すでに大きな町で,住民はイスラムに改宗し多くのモスクがあった。

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大辞林 第三版の解説

モンバサ【Mombasa】

ケニア南部のインド洋に臨む港湾都市。コーヒー・サイザル麻などを輸出。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モンバサ
もんばさ
Mombasa

アフリカ中東部、ケニア南東部の港湾都市。人口68万5000(2001推計)、首都ナイロビに次ぐ同国第二の都市である。インド洋上の小島モンバサ島(面積13平方キロメートル)と本土にまたがり、橋と堤防で結ばれている。東アフリカでも有数の港湾をもち、インド、東アジア、ヨーロッパ、アメリカとを結ぶ定期船が就航する。またナイロビを経由してさらにウガンダに通じる鉄道の起点でもあり、国際空港も所在する。工業は石油精製や化学工業などが行われている。
 紀元1世紀ごろ、東アフリカ海岸部とアラビア半島との交易に携わるアラブ人、ペルシア人がここに港を築き、季節風を利用してダウ(帆船)で活動した。15世紀末バスコ・ダ・ガマによるインド航路の発見を契機として、ポルトガルがこの地に進出した。17~18世紀、奪回を試みるアラブ人とポルトガルとの間で、何回も争奪が繰り返されたのち、18世紀中期、ポルトガルは追い払われた。19世紀後半からはイギリスの支配下に入り、1905年までイギリス領東アフリカの行政中心地であった。市内にはアフリカ人に混じってアラブ人が多数居住し、全住民の40%がイスラム教徒で、各所にモスクがある。ほかに、イギリス植民地時代初期、鉄道建設のため導入された労働者の子孫などインド人も多く、ヒンドゥー教寺院も点在する。歴史的たたずまいを残した旧市街は、モンバサ島の東側にある。港の近くには16世紀末ポルトガル人が建設したフォート・ジーザスという砦(とりで)の遺跡があり、国立博物館となっている。島の西側には近代的な新港キリンディニがあり、工業地区などを含む新市街が、これを取り囲むように広がっている。島の南北の海岸はホテルが林立するリゾート地で、本土側には島側から住宅が延びている。[赤阪 賢]

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世界大百科事典内のモンバサの言及

【ケニア】より

…インド洋岸の海岸平野は,急崖で画される何段かの隆起サンゴ礁からなっている。港湾都市モンバサは深い水路で本土と分かれた島に立地するが,この水路は氷河時代の海面低下期に下刻された谷が沈水してできたものと解されている。ケニアの最も顕著な地形は,国の中央部や西寄りを南北に貫く東リフト・バレー(アフリカ大地溝帯の一部)である。…

※「モンバサ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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