ヤムシ(読み)やむし(英語表記)arrow worm

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤムシ」の意味・わかりやすい解説

ヤムシ
やむし / 矢虫
arrow worm

毛顎(もうがく)動物に属する種類の別名。体は細長く、胴部に左右に広がるひれをもち、矢のように直進することからこの名がついた。また、サジッタともよばれるが、これは学名(属名)Sagittaからきている。すべて海産で、大部分は浮遊性であるが、若干の底生種もある。一年中、世界の海洋に普遍的に出現し、橈脚(どうきゃく)類に次いで多い動物プランクトンの一つである。海の表層から深層まで分布し、種により垂直的にすみ分けている。表層種の体長は3センチメートル以下であるが、中層種や深層種には4~6センチメートルの個体も生息している。また、橈脚類オキアミ類、エビ類などと同様に、多くは昼夜による垂直移動を行う。普通、体は無色透明ないし乳白色である。しかし、中層や深層からは腸管だけが、あるいは腸管、頭部、ひれが橙朱(とうしゅ)色を呈するヤムシ(メクラヤムシシンカイアカヤムシ)が採集されることがある。この色素はカロチノイドであり、ヤムシ自身によって生合成される。肉食性であり、おもに浮遊性橈脚類を摂食する二次消費者である。さらにヤムシはイカナゴカタクチイワシなどの沿岸魚類の主要な餌(えさ)となるほか、マサバ、マイワシ、サンマなどの浮魚や底魚であるマナガツオキグチスケトウダラなどの餌となる。また、キタヤムシフクラヤムシ、エンガンヤムシなどは、限られた海域に生息するため、水塊の指標種として利用される。

[永澤祥子]

形態

ヤムシの体は頭部、体幹部、尾部の三つからなる。体側には1~2対のひれ、尾部末端には尾びれがある。体とひれの表面には感覚器官である触毛斑(しょくもうはん)が多数分布している。触毛斑は多くの繊毛からなり、繊毛が体軸に平行ないし垂直に配列する2型がある。孵化(ふか)直後の仔虫(しちゅう)も触毛斑をもっている。頭部背面には1対の目がある。目は黒い色素を有し、その形態は星状(フクラヤムシ)、E字状(エンガンヤムシ)、ト字状(ヒメヤムシ)の三つに大別できる。眼色素の形態や大きさは種により異なる。表層種の目は大きいのに対し、中層種や深層種の目は小さく、眼色素は微小であるかまったくなく(メクラヤムシ)、退化する傾向がある。頭部腹面の中央に口があり、その前側方には1~2対の歯列がある。口からすこし離れた左右に10本前後の顎毛が並んでいる。顎毛はキチン質でできており、鋸歯(きょし)を有する種もある。顎毛で餌を捕食する。腸管は体幹の中央をまっすぐに走り、その末端は尾部横隔膜の直前の腹面で肛門(こうもん)となっている。腸管と体壁の間には広い体腔(たいこう)がある。体腔はときに寄生虫で満たされていることがある。表層種ではこの体腔に多数の繊毛虫類が寄生していたり、吸虫類の幼生であるメタセルカリア1個体がしばしば寄生している。また、腸管には晩生胞子虫類のグレガリナが多数、あるいは吸虫類のメタセルカリアが2個体ないし数個体寄生することも知られている。

[永澤祥子]

食性

ヤムシは運動する動物、とくに橈脚類を顎毛でとらえ、かみ砕かずにまる飲みする。餌を追いかけて捕まえるのではなく、餌を前方から襲ってとらえる。したがってヤムシの腸管内では橈脚類の頭は肛門のほうに向いているのが観察される。表層種の摂餌(せつじ)から消化までの観察によれば、摂食された餌は腸管内で膜に包まれ、腸管の後方へ移動し、10分足らずで腸管の最後部に達し、そこで消化、吸収される。餌が捕食、消化され、糞(ふん)が肛門から排出されるまでにおよそ2時間かかる。ヤムシは共食いをすることもあり、小形のヤムシは1時間足らずで、大形のヤムシは3~5時間かかって消化される。普通、ヤムシは一度に1個の橈脚類を摂食し、排出がすむまで新たに摂餌しないが、餌が腸管内にまだあるのに続いて2個目、さらに3個目の餌を摂食し、数個体の橈脚類が腸管内を占めることもある。このような摂餌行動をするヤムシは海洋で採集した標本のなかにもみいだせる。ヤムシの摂餌には日周のリズムがあり、ヤムシは昼よりも夜に活発な摂餌を行う。

[永澤祥子]

生殖

ヤムシは雌雄同体であり、雄性先熟で貯精嚢(ちょせいのう)の充満、精包の放出は周期的に繰り返される。成熟した2個体のヤムシは、一見、共食いをしているかのように頭を寄せ合い、激しく泳いだのち離れることがある。これは交尾行動であり、両者の体やひれには精包がついている。このように精包を付着するヤムシは、夜間のごく限られた時間にのみ採集される。その多くは1個の精包をつけているが、なかには3~4個の精包を付着する個体もいる。ヤムシは、普通、他家受精であるが、自家受精を行うこともある。受精の様式はすべての種に共通であるのに対し、産卵の様式は表層種と中層種や深層種の間に相違がある。表層種は受精卵を夜明けまでの時間帯に雌性開口から海水中に放出する。受精卵は海水中を浮遊する間に発生が進み、孵化して1ミリメートルに満たない仔虫になる。ヤムシは変態をしないで成長する動物であり、子供と親の間に形態上の著しい相違はない。中層種や深層種は複数の受精卵を一度に放出する。卵は寒天状の卵嚢に包まれ、雌性開口付近のひれに付着する。受精卵の発生は卵嚢内で進み、仔虫になると卵嚢を破り始めて母体を離れ、海中を浮遊する。

[永澤祥子]


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改訂新版 世界大百科事典 「ヤムシ」の意味・わかりやすい解説

ヤムシ (矢虫)
arrow worm

毛顎動物門に属する無脊椎動物の総称,またはそのうちの1種を指す。ヤムシ類はすべて海中で浮遊生活する。体側にひれがあり,矢のようにすばやく直進するところからこの名がある。日本近海から30種ほどが知られている。

 体長はふつう1~4cmであるが,オオヤムシSagitta hexapteraのように10cmほどになるものもある。体は無色透明で,横隔膜によって頭部,体幹,尾節の3部に区分され,内部は三つの体腔になっている。体の両側には1~2対の側びれがあり,また尾節の末端にも尾びれがある。これらのひれは垂直でなく,水平についている。頭部はまるく,背面に1対の黒い眼があるが,構造が特殊で5方向を同時に,また別々に見ることができる。眼の付近から後方に向かって水流やにおいを感じるらしい繊毛環があり,その形は種類によって異なる。頭部の前方には1~2対の歯列があり,その後方に5~10本の顕著な顎毛が口の両側にあって,これで動物性プランクトンをとらえてたべる。顎毛は成熟するにつれて増加するが,老成すると脱落して減少する。体の表面やひれには触覚器官の触毛斑が100~250個分布している。肛門は尾部横隔膜直前の腹面に開いている。

 雌雄同体で,卵巣は体幹の両側にあって,体幹のほぼ半分ほどを占め,また精巣は尾の体腔の前部にある。雄性先熟で,尾びれの前方にある1対の貯精囊から精子が海中に放出され,他の個体の受精囊に入って体内受精する。受精卵は体幹の後端にある生殖口から産みだされ,しばらく親の体に付着したのち,ばらばらに海中に離れていく。孵化(ふか)したばかりの幼虫は約1mmほどである。なかには卵を寒天質に包んで海中に放出したり,海藻などに産みつけるものもある。

 出現する量が多いので,魚類の重要な餌になっており,またきまった水温や塩分濃度に生息する種類は海流の調査などで水塊の指標種にされている。

 ヤムシSagitta bipunctata,フクラヤムシS.enflataは各大洋の温暖な水域にもっともふつうで,表層に多産する。キタヤムシS.elegansは北海道やオホーツク海に広く分布し,親潮の指標種になっている。ヘラガタヤムシPterosagitta dracoは体長の割合に幅が著しく広いのが特徴で,黒潮水塊の指標種になっている。イソヤムシSpadella cephalopteraは,特殊な性質をもち,内湾の浅い海底の石や海藻などに吸着突起で付着したり,表面をほふくして生活する。
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百科事典マイペディア 「ヤムシ」の意味・わかりやすい解説

ヤムシ

毛顎(もうがく)動物の総称。体は細長く1あるいは2対の側びれと尾びれがあり,矢のようにすばやく直進する。ほぼ透明。体長はふつう1〜4cm,大きいものでは10cmになる。海産の大型プランクトンで,一生の間浮遊生活をし,魚類の重要な餌料となっている。全海洋に普通に分布する。ヤムシ,ワクラヤムシ,キタヤムシ,ヘラガタヤムシなどが日本近海にすみ,ヤムシの種類からその海流の性質を知ることができる。
→関連項目毛顎動物

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世界大百科事典(旧版)内のヤムシの言及

【毛顎動物】より

…無脊椎動物の1動物門。ヤムシarrow wormと呼ばれる動物群で海産のプランクトンとして出現する。体長は,1~4cmくらいで細長く,頭,胴,尾の3部に分かれる。…

【毛顎動物】より

…無脊椎動物の1動物門。ヤムシarrow wormと呼ばれる動物群で海産のプランクトンとして出現する。体長は,1~4cmくらいで細長く,頭,胴,尾の3部に分かれる。…

※「ヤムシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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