ユトランド半島(読み)ユトランドハントウ

百科事典マイペディアの解説

ユトランド半島【ユトランドはんとう】

デンマーク語ではユランJylland。ヨーロッパ北中部の半島で北海とバルト海を分ける。デンマークの大陸部をなし,南端はドイツに属する。総面積約3万9000km2。低平な波状地形をなし,最高点も標高172mにすぎない。世界的な酪農地帯で,東岸は多数の小湾入があって良港が発達する。半島の基部に北海・バルト海運河がある。
→関連項目シュレスウィヒデンマーク

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世界大百科事典 第2版の解説

ユトランドはんとう【ユトランド半島 Jylland】

中部ヨーロッパから北へ突き出た半島。デンマーク語ではユランと呼ばれ,日本で用いられるユトランドはJutlandの英独混用の読み方である。北海とバルト海(カテガット海峡)を分け,南限をアイザー(アイダー)川・キール運河線として地理学的には把握される。一般に,西部は砂礫質で潟湖などが連続し,東部は肥沃なローム平野と峡湾が発達し,対照をなしている。その南限線は811年にデーン人国家とフランク王国間で国境線と定められた線と一致し,ユトランド半島は元来デンマークの民族地域であった。

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大辞林 第三版の解説

ユトランドはんとう【ユトランド半島】

〔Jutland〕 デンマーク、北海とバルト海との間に突き出た半島。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ユトランド半島
ゆとらんどはんとう
Jylland

中部ヨーロッパから北へ突き出た、北海とバルト海とを分ける半島。カテガット海峡を挟んでスカンジナビア半島南端部と対峙(たいじ)する。デンマーク語ではユランと発音される。ドイツ語名ユトラントJtland、英語名はジュトランドJutland。地理学的には南限をアイザー川‐キール(ノルト・オストゼー)運河線とし、それは811年にデーン人国家とフランク王国との間で決められた国境線とほぼ一致する。歴史的には、コンゲオー川以北を北ユランとよび、デンマーク王国領の一部をなし、以南を南ユランとよび、そこは王国から派生したスリースウィ(ドイツ語名シュレスウィヒ)公爵領であった。1864年以降、南ユランをデンマークは失ったが、1920年ベルサイユ条約による住民投票によって南ユラン北部地域が祖国に復帰して国境が画定された。その結果、南ユランの中央をスキールベック川に沿って東西に67.6キロメートルの長さの国境線が走り、半島内に、デンマーク、ドイツの2領土が存在する。デンマーク部分は、2万9776平方キロメートル、人口247万7860(2002)で、王国全体の面積の69%、人口の46%を占める。首都コペンハーゲンは半島東方のシェラン島にあり、半島部は国内の開発の遅れた地域である。[村井誠人]

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世界大百科事典内のユトランド半島の言及

【デンマーク】より

…デンマーク語でダンマークDanmarkという。バルト海の入口を扼(やく)する483個の島とユトランド(ユラン)半島からなり,ヨーロッパ大陸に対し北欧諸国中の最南の地を占めるというその位置が,歴史上大きな意味を有する。北欧最初のキリスト教化,封建制度の一部導入(スリースウィー公爵領),北欧最初の宗教改革,19世紀のドイツとの民族的抗争,ナチス・ドイツの占領,NATO加盟,北欧最初のEC加盟という諸事項に,デンマークの地理的位置が決定的ともいえる要因として働いてきた。…

※「ユトランド半島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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