翻訳|yacht
広い意味では,スポーツないし娯楽のための船艇の総称。帆船とは限らず,イギリス王室ヨット〈ブリタニア号〉のように帆はもたず,豪華な小型客船に近いものもある。
ヨットということばはオランダ語のjachtからきており,16~17世紀のころオランダの内水面で使われた軽快な,縦帆装置の小型帆船をそう呼んでいた。小規模の貨物や旅客の輸送,漁業,そして富裕な人たちの娯楽などに使った。政府所有のスタテン・ヨットstaten jacht(図1)は偵察や連絡,そしてVIPの送迎などが任務であった。1660年,アムステルダム市がイギリス国王チャールズ2世に贈ったヨットはこのタイプで,これがイギリスのヨットの始まりとされている。チャールズ2世はこのヨットがおおいに気に入り,これをまねて新しいヨットを次々に作らせた。貴族たちの間にも愛好者が増え,ときどきヨットレースも催されるようになった。
18世紀から19世紀にかけてイギリスを中心にヨットクラブも生まれてくるが,いずれにしてもこの時代のヨッティングは王侯貴族や富裕な商人たちのもので,操船の実務は本職の乗組員に頼っていた。船の大きさも総トン数100トン以上がふつうで,なかには500トン近いものもあった。まだハンディキャップ規則がなかったから,大きい船ほどレースに有利であった。
このころの有名なできごとにアメリカのスクーナー〈アメリカ号〉のイギリス遠征がある。総トン数170トンのこのスクーナーは,船型も帆装も当時のイギリス流のヨットとはまったく違っていたが,1851年大西洋を渡ってイギリス最高の格式を誇るワイト島一周レースに挑み,みごと優勝杯をさらってアメリカへもって帰ってしまった。以後この優勝杯は〈アメリカズ・カップAmerica's Cup〉と呼ばれ,イギリス,アメリカをはじめ各国のヨットマンの間で熾烈(しれつ)な争奪戦が続くことになる。
一方,19世紀半ば近くになると蒸気機関が帆に代わる推進方法として脚光を浴びてくる。当然この新しい技術はヨットにも導入され,スチームヨットが生まれる。それまでのヨットは確かに皆帆船だったが,それはヨットに限らず商船も軍艦も同じだった。動力推進の商船や軍艦が出現したとき,動力付きのヨットが生まれても不思議はない。そして蒸気機関の発達に伴ってまったく帆のないヨットも現れてくる。この時代のスチームヨットもまた,王侯貴族や富裕な人たちのもので,帆装ヨット以上に豪華な装飾や船内設備を誇るものが多い。現在では蒸気機関はディーゼルエンジンに代わり,あらゆる近代的設備をもつモーターヨットがヨーロッパの王室や国際級の富豪などの所有となっている。
19世紀後半はヨーロッパと北アメリカを中心に商工業が急速に発展し,これらの諸国民の生活に余裕ができてくる時代である。ヨット愛好者の層は厚くなり,ヨットの数も急に増えてくる。上流社会の大型ヨットも依然として盛んであったが,経済的余裕のある市民たちもこのスポーツに参加するようになった。船は若干小さくなったが(現在の標準からするとまだ大型だった),一つの変化はヨットの所有者が自分で船を動かす要素が強くなったことであろう。上流社会の大型ヨットは事実上,本職の船乗りたちが操船していたから,これは注目すべき変化であった。
この時代のもう一つの重要な変化はクルージング(帆走巡航)の誕生であろう。上流社会のヨッティングは1,2日の水上の行楽か,比較的短距離のレースに限られていたが,新しく参加してきた市民の中には,もっと長い距離を自分で航海して未知の島々を訪ねたり,その土地の人々と交歓したりすることに楽しみを見いだす人もいた。おそらく彼らは上流社会の人たちよりも立場が自由で,より浪漫的・冒険的心情をもっていたのであろう。イギリスで初めてクルージング専門のヨットクラブが設立されたのが1880年,アメリカのスローカムJoshua Slocum(1844-1910ころ)の単独世界周航が1895-98年である。
このような航海に使うヨットは帆走漁船か水先案内船(パイロット・カッター)の中古が多く,新造するときもこれらの経験豊かな実用船の構造をまねた。当時の水先案内は四季を問わず沖合で入港船を待ち受け,船がくると早いもの勝ちで水先案内を買って出て移乗するというものだったから,耐航性と優れた帆走性能が必要であった(図2)。
こうして一昔前の王侯貴族のヨットに比べると,大きさも設計・構造も種々さまざまなヨットが増えてきた。それらを集めて公平でおもしろいレースをしようとすると何かハンディキャップを考える必要がある。大型で洗練されたヨットに適当なハンディキャップを付ければ漁船改造のヨットにも勝利のチャンスがある。19世紀末から20世紀初頭にかけて英米はじめ各国でこの考え方に基づくレーティング規則が生まれた。ヨットの長さ,幅,帆面積などの数字を一定の公式に代入して計算すると〈レーティングrating〉の値が得られる。この値が大きいほど,期待される速力が大きくなるように公式をくふうしてあるので,レーティングの大きい船ほど,大きいハンディキャップを付けることになる。あるいはこのレーティングがある一定の値,例えば6.00とか12.00になるように設計したヨットだけを集めてレースをすればハンディキャップはいらない。6メーター級とか12メーター級とかいうのはこれであって,船の長さを直接いうのではない。レーティングを一定に抑えてもヨットの設計にはいろいろ変化があり,一定のレーティングでなるべく速く走れるよう設計の競争も始まった。
第1次世界大戦が終わって平和が訪れると,欧米を中心にヨットはさらに普及した。当然の傾向として,船は一般市民が買うことのできるような小型のものになった。18世紀の上流社会のヨットは優に総トン数100トンを超えたが,この時期になると10~20トンがふつうになった。また4~6mくらいのボートにセンターボードと軽便な帆を付けたセーリング・ディンギー(ディンギー)もおおいに普及した。日本のヨットはこの時代にセーリング・ディンギーによって始まったといってよい。
レース専門のヨットと帆走航海のためのヨットの区別もだんだん明りょうになってくるが,当時のクルーザーは基本的にはまだ帆走漁船やパイロット・カッターの域を出ていない。しかし二つの大戦に挟まれた約20年間に,これらの航海ヨットは次々に世界規模の航海を行い,ヨットの航海をスポーツとして確立していった。ただ一人故国ノルウェーを後にし,ホーン岬を回航したのち南チリの沿岸で消息を絶ったアル・ハンセン,アルゼンチンから〈ほえる40°〉沿いに単独世界一周をしたビト・デュマ,香港で建造した〈タイ・モ・シャン号〉で横浜からアレウト列島,カナダ,パナマ運河を経て帰国したイギリス東洋艦隊の士官などがあげられる。
第2次大戦後の復興期に至って欧米のヨットは最終的な膨張を遂げた。今や隻数でいうならば,地球上に浮かぶ全部の船の中で商船よりも漁船よりも圧倒的に多いのはヨットということになる。アメリカだけ取り上げてみても,政府に登録されたスポーツ用船艇の総数1800万隻(1986)という数字だからそれは明らかである。日本も含めて世界の他の地域でも徐々にそのような大膨張が現れている。
欧米を中心とするヨットのこのような普及はヨッティングのあり方にも少なからぬ影響を与えた。それはおそらく大衆化と日常化ということばで表現できるであろう。大衆化のほうは17世紀以来の経緯をみればだれの目にも明らかである。また現在でも,トップレーサーたちはヨットレースにすべてをかけているし,一方,この管理社会をはみ出しかけた男たちが,みずからの存在を確かめるべく孤独な冒険航海に出ていく姿も後を絶たない。しかし大多数の人たちにとっては,ヨッティングは家族ぐるみの健康なスポーツであって,週末に新鮮な海の空気を吸い,仲間と気楽なレースを楽しみ,夏休みには少しばかり野心的なクルージングにでかけるというものである。大西洋を渡ったり,南太平洋方面を巡航するような長距離の航海ですら,現在では年間何百隻ものヨットが気楽に確実に行うようになっている。
現在のヨットは大別すると,セーリング・ディンギー,レーシング・キールボート,レーシング・マルティハル,クルーザー,オフショア・レーサー,モーターセーラー,モーターヨットの七つに分類できる。
(1)セーリング・ディンギーsailing dinghy 全長3~7m(大方は4~6m),軽い船体にセンターボードをもつ。センターボードは船底中央部に取り付けた上げ下ろし可能の〈さし板〉で,船が横に押し流されるのを防ぐ。マストは1本,まれに2本,帆装はジブとメーン・セールのスループが多い(スナイプ,470など)が,小型では1枚帆も多い(フィン,レーザー,シーホッパーなど)。スループ帆装のレーシング・ディンギーはスピネカーをもつのがふつう(FD,シーホース,470など)で,比較的価格も安い。日本では1950年代まで大部分のヨットがこのセーリング・ディンギーであった。
(2)レーシング・キールボートracing keelboatディンギーよりもがんじょうな船体に固定のフィンキールまたはディープキールをもつ。全長6~10m,さらに大型もある。フィンキールは鉄の大きいひれ(鰭)で,船底中央部に固着する。重心を下げて転覆を防ぐとともに,センターボードと同じく船の横流れを抑える。ディープキールは作用は同じであるが,船体自身を特別深く作り,その下部がひれ状になったもので,先端に鉄か鉛の重りを付ける。帆装はスループが多く,スピネカーをもつ。長い航海を考えないから居住設備はなく,乾玄も低い。スター,ドラゴン,ソリングなどからアメリカズ・カップの12メータークラスやIACCクラス(インターナショナル・アメリカズ・カップ・クラス)もこれになる。主として競走用である。
(3)レーシング・マルティハルracing multihull マルティハル(多胴船型)は細長い船体を2個または3個,横に並べて強固に連結したもので,2本胴をカタマラン(双胴船),3本胴をトリマランという。競走用はカタマランがふつうである。腰の強い船型だから大きい帆面積をもち,一方,船型は細長くて抵抗が小さいから高速帆走ができる。ホビーキャット,トーネード,C級カタマランなどがこれに当たる。
(4)クルーザーcruiser 競走ではなくて巡航のための帆走ヨット。居住設備を有し,また一般に乾玄が高く耐航性に優れている。フィンキールまたはディープキールの船が多いが,カタマランあるいはトリマランもあり,またセーリング・ディンギーを巡航用に設計したものもある。帆装はスループとカッターが多いが,ケッチやヨール,スクーナー,なかにはジャンク帆をもつものなど多様である。現在では小型ディーゼルエンジンの補助推進機関で数ノット程度の機走能力を有するのがふつうである。欧米における帆走ヨットの大膨張の主体はクルーザーないしは次のオフショア・レースもある程度加味したクルーザー・レーサー型の量産ヨットである。家族ぐるみの日常化したスポーツ用としてはおそらくもっとも一般的なヨットのタイプである。
(5)オフショア・レーサーoffshore racer オフショア・レースは本来は多様な設計のクルーザーが集まって,適当なハンディキャップの下に数日程度の航海の着順を競うものであったが,現在ではオフショア・レース専門のタイプが確立してきた。乗員も,クルーザーが家族を基本とするのに対して,オフショア・レーサーでは高度の技術をもつ同好者のグループで構成されることが多い。必要最小限の居住設備とディーゼル補助推進機関または船外機を有する。
(6)モーターセーラーmotor-sailer クルーザーの補助推進機関がより強力になり,それだけ帆装に依存する部分が小さくなるとモーターセーラーになる。現在の小型ディーゼルエンジンは軽量高馬力なので相当な帆走力と機走力を兼ね備えることが可能で,クルーザーとモーターセーラーの境界はだんだん明らかでなくなってきている。
(7)モーターヨットmotor-yacht 〈沿革〉のところで述べたような大型豪華なモーターヨットは別としても,居住設備と相当な航海能力を有する比較的大型のモーターボートは,欧米ヨットの大膨張の一翼を担っている。帆はまったくないか,あっても船体動揺防止用のごく小さいものである。機走速力は10~15ノット程度が多い。
→帆船
ヨットの船体構造には,(1)伝統的木造船,(2)新式軽構造木造船,(3)強化プラスチック船,(4)鋼または軽金属製の船がある。1950年代までは(1)が広く使われたが,その後(3)の型式,すなわちFRPまたはGRPと呼ばれる構造が急速に普及して,現在では大小を問わず圧倒的多数のヨットはFRP製である(図3)。この構造は量産に適するので60年代以後の欧米のヨットの大膨張の技術的基盤ともなった。一方,接着技術を多用する合理的な(2)の木構造の型式も一部に賞用され,また中型以上の非量産艇を中心に鋼製または軽金属製も珍しくない。
強化プラスチック船の代表的な建造方法を示すと次のようになる。(1)まずFRPまたは合板などで船体の雌型(めすがた)を作る。雌型はでき上がった船体がすっぽりその中に収まる実物大の型である。(2)雌型内面に不飽和ポリエステル樹脂を塗り,上からガラス繊維の厚い布状のものを押さえ付け,樹脂をしみこませる。これを何層か繰り返した後,適当な時間が経つと重合反応によって樹脂が硬化してガラス繊維強化プラスチックの外板ができ上がる。(3)雌型内面は船体と接着しないように離型剤を塗ってあるので,離型できる。いったん外した船体をもう一度雌型に収め,内側から肋骨や縦通材,隔壁などを接着して補強すると,船体は強固に完成する。(4)類似の方法で甲板および甲板上船室などを一体にした構造物を作る。このとき,甲板上面に当たる外皮を何層か積層した後,直ちに発泡プラスチックやバルサ材を上から押さえ付け,さらに内皮を積層する工法がよく使われる。でき上がった甲板は軽いわりに強くて撓(たわ)まず,また熱も通しにくいからつごうがよい。これをサンドイッチ構造という。(5)甲板と船体を接着剤やステンレスボルトなどで結合する。艤装金具やフィンキール(またはバラストキール),機関などを取り付け,船内諸設備の工事を終わって完成する。
帆走中のヨットに働く力のつりあいを図4に示す。帆は何枚かあってもその合計の力を考えればよい。
船が走るとその速力で前から風が当たることになる。船に吹いてくる風は,ほんとうに吹いている風と,この船速が起こす風を合成したものになる。この〈見かけの風〉を受けて帆は前進力と横押し力を発生する。図を見ればわかるように,帆と飛行機の主翼はよく似ており,流体力学の問題としては同じことになる(翼)。帆を船の中心線に近く引きこむと風の当たる角度が大きくなり,大きい力が帆に働くけれども前進力の成分が小さくなってしまう。逆に帆を外へ張り出し過ぎると風を受ける角度が小さくなって帆の力そのものが小さくなってしまう。したがって見かけの風向によって,前進力を最大にするような帆の角度がある。おおまかな目安としては,見かけの風と船の中心線の二等分線といわれているが,風向,風速や帆の形状などによって相当な差がある。この最適角度に帆を開くことは操帆技術の一つの基本である。
こうして帆には前進力と横押し力が働くから船は前進するとともに横にも流される。横方向の抵抗を大きくして横流れをなるべく小さくするように,センターボードやフィンキールなどが付いている。
帆に働く合力と船体に働く合力がなるべく一直線に乗るようヨットの船型と帆装は設計されるが,それでも完全に一致させることはできない。帆の開きや船の傾斜で帆の合力の作用点が変わるからである。二つの合力が一直線でなければ船はどちらかに回ろうとする。そこで舵に少し角度を与えてこの回頭力を抑える。こうして船体に働く力,帆の力,舵の力の三者が,前進方向,横方向,回頭方向の三方向についてつりあって船は帆走を続ける。
力のつりあいについて,もう一つ考えるべきことは横傾斜である。帆の横押し力は水面上高い点に働くから船は横に傾く。船が傾くと浮力の中心が傾いた側に移動するから,船を直立に戻す方向の力(復原力)が発生する。乗員の移動やバラストキールも同じく復原力を与える。こうして帆に働く傾斜力と,船に働く復原力がつりあう傾斜角で帆走が続く。
力学的にいうならば,与えられた風速Utと風向γtに対して,前進,横流れ,回頭,横傾斜の4方向の力がつりあうように,船速V,横流れ角β,舵角δ,傾斜角φの四者が決まるということになる。風洞実験や曳航水槽実験,また流体力学の計算などによって,帆や船体に働く力を知ることができるから,これらの資料を使って上記4方向の力のつりあい条件を求め,V,β,δ,φを決定して帆走性能を推定することができる。最近ではこのような造船学の方法をヨットの性能分析や設計に応用することもだんだん盛んになり,研究論文や著書も数多い。
帆走ポーラー線図sailing polar diagramはヨットの帆走性能を示す一種のグラフである(図5)。実物のヨットの帆走実験結果やさきの造船学的性能推定結果の表示などによく使われる。角度目盛は(γt+β),すなわち真の風向と船が動いていく方向のなす角度である。船首はγtの方向を向いているが,横流れがあるから,結局船は(γt+β)の方向に動くわけである。半径方向の目盛は船速と風速の比V/Utを示す。それが0.5なら風速の半分の速力で走っていることになる。この上に描かれた曲線がヨットの性能を示すもので,図の例でいえば,45度の方向に走る速力は風速の0.4倍,90度の方向ならば0.63倍である。風上にのぼっていく速度が最大になるのは真風向に対して約50度の方向に走っているときで,このとき,風に逆らってのぼっていく速度成分Vmgは真風速の0.28倍くらいになっている。図にはまた,いくつかの風向に対して走っているヨットの速力,真の風,見かけの風の関係が示されている。同じ真風速Utでも走る方向によって船上で受ける風速Uaには大きい差があり,また吹きこんでくる方向も大きく変化することがわかる。
執筆者:野本 謙作
ヨット・レースは他の競走と同様に,スタートし,定められたコースをルールに違反することなく,もっとも短い時間で完走した艇を勝者とするタイムレースである。
(1)コース 海上にいくつかのマークを設置し,スタート後それらを定められた順に,定められた方法で回航して決勝線に入るように作られる。ヨットは風上に走るときに技術の差が現れるので,風上に走るコースをできるだけ長く作る習慣がある。マークは通常のレースでは,目につきやすい浮標または旗を付けた竿を設置し,外洋レースでは岬,島,岩礁などを用いる。オリンピックでは,1968年のメキシコ大会から図6のようにマーク設置をするようになった。レースではこれらのマークを,スタート→(a)→(b)→(c)→(a)→(c)→フィニッシュの順にすべてのマークを左玄に見ながら(反時計回りに)回航する。(c)→(a)間は2カイリ(3704m)。マーク(c),(a),(b)は(b)を直角の頂点とする直角三角形。コース全長10.828カイリ(2万0053m)。風上へ走る距離はコース全長の55.6%である。小規模レースでは(c)→(a)の距離を短くすることがある。この三角コースのほかに,風上マークと風下マークを結ぶ直線コース(ふつうソーセージコースと呼ばれる)や,台形のコースなども使われている。
(2)スタート 海上では競走者(艇)の位置を陸上の競走のように固定しておいてスタートさせることは困難であるばかりでなく,そうすることによって,コースごとに風と波との関係が平等でなくなるので,スタート時刻前から帆走させておいて,自分に有利な場所よりスタートラインを風下から風上に向かって横切らせるようにしている。スタート前の衝突防止のため,スタート時刻の5分前からレース・ルールの適用が規定されている。スタートラインは二つのマークを結ぶ仮想線で,風向に直角に作る。図6のマーク(ハ)と運営艇のポールの旗(イ)を結ぶ線で,(ロ)はラインの端を示すマークである。ラインの長さは次式(長さ)以上とする。
長さ=競艇の長さ×参加艇数×1.4
スタート時刻前に,(a)マークの方に出てしまった艇,またはその時刻にスタートラインに触れている艇は,正しいスタートをしなおすため,呼び戻される(リコール)。
(3)フィニッシュ 競艇がレーシング・ルールに違反なくコースを完走しフィニッシングラインに達したとき,その艇はレースをフィニッシュしたとする。競走のゴールインと同じである。フィニッシングラインはレース・コースの末端を示す線で,最終マークと運営艇の信号柱とを結ぶ仮想線である。この線は通常,最終コースに直角に作る。
(4)レーシング・ルール 世界各国で使っているルールは,国際セーリング連盟International Sailing Federation(略称ISAF。1907年創立。2008年現在,加盟国・地域数121)が制定したものを各国ごとに翻訳し,その国の事情を加えて編集したものである。国際規則はオリンピック開催の年の11月にISAF総会で改定され,次の改定までの4年間凍結される。
レーシング・ルールのうちもっとも重要なのは航路権(衝突を避けるため,相手艇に針路を変えさせ,自艇は針路を持続する権利)に関する規定である。この規定は国際および国内の法律である海上衝突予防法を基準にして,〈追い越そう,追い越されまい〉とする競走の原理を勘案して組み立てられている。その主要な条項(図7)は,(a)ポートタック(左玄から風を受けている)のヨットは,スターボードタック(右玄から風を受けている)のヨットを避けること,(b)風上艇は風下艇を避けること,(c)クリア・アスターン(追い越そうとする)のヨットはクリア・アヘッド(追い越される)のヨットを避けること,(d)風を受ける玄を変えようとしているヨットは,帆走中のヨットを避けることなどである。またヨット・レースは広い海面で行われるため,規定に違反しても審判委員会はこれを現場で確認することは困難である。したがって,違反があった場合は,違反した当人からの申告,あるいは違反された者または違反の事実を目撃した者からの申立て(抗議)に基づいて,審判委員会が裁決することが規定されている。
(5)勝敗の決定 ヨットの速さは艇の各要目で違うので,それぞれのヨットのタイム(所要時間。Eで表す)だけで勝敗を決めると,興味を欠くばかりでなく不公平になる。そのため,各艇をその要目を組み入れた算式によって計算し,等級(レーティング。Rで表す)分けし,Rによってハンディキャップをつける。その方法にはタイム・オン・ディスタンス法とタイム・オン・タイム法とがある。タイム・オン・ディスタンス法は,種々の等級の艇が,1カイリを走るのに要する時間(秒数)を理論的に求め,標準艇とハンディキャップをつける艇との差をコースの長さ(カイリ)に掛けたものをタイムアローアンス(TA)と呼び,その艇のハンディキャップとする。そして,E±TA=修正時間(CT)とする。タイム・オン・タイム法は,理論スピードから導き出した時間修正係数(TCF)を,ある艇のEに掛けて修正時間(CT)を求める方法である。
有名なアメリカズ・カップ・レースはIACCルールで,レーティングは下記の式を用いて計算すると決められている。
式中,Lは艇の長さ(水線長),DSPは排水量,Sは帆面積である。
等級の同じ艇のレースにはハンディキャップはない。したがって同じ設計で作られたクラス(モノタイプクラス,ワンデザインクラスまたは単一型クラスと呼ぶ),たとえばソリング級,ドラゴン級,J-24級,スター級,フィン級,470級,レーザー級などは,そのクラス内では当然同じ等級であるからハンディキャップはつけない。以上のほかに,非常に普及しているいくつかの艇種の混合レースでは比較計数(ヤードスティックナンバー)法が用いられることがある。これは各モノタイプ間のTCFに各クラス別の実績を加味したヤードスティックナンバー(YN)という新しいTCFを用い,E÷(YN/100)で修正時間を求めるもので,一種のタイム・オン・タイム法である。異なるモノタイプが混じり合ってレースをする場合に便利である。
レースを何回か行って勝敗をきめるシリーズ・レースでは,1回のレースごとにそれぞれの順位に従って点を与え,その得点の合計により優勝者をきめる。たとえば,低得点方法では1位1点,2位2点,3位3点……として合計得点のもっとも少ない艇が優勝となる。また,ボーナス得点方法も合計得点の最少艇が優勝艇となるが,それぞれの得点は1位0点,2位3点,3位5.7点,4位8点,5位10点,6位11.7点,7位以下は順位数+6点を与える失点法である。そのほか艇の設計を無制限にし,また帆走の状況をフリーにして,ヨットのスピード記録を作るスピードレースも行われている。
レースは優れた技術(テクニック)と戦術(タクティック)によってのみ勝つことができる。技術は艇の最高の性能を引き出すことと,自然の変化に応じて最高の速力を出すことである。戦術は初歩的には航路権を利用すること,相手の風を奪うこと,相手艇のコースを読み取ること,風の振れ(シフト),海の状態(潮流や波)に応じコースを選ぶことである。
執筆者:小沢 吉太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
川や湖、海洋での回遊や巡航、スポーツなどに使用される船艇の総称。快遊船ともいう。優美で乗り心地がよく、軽快さが特徴で、波に対しても耐える性能を備えている。機関によって推進巡航するものと、帆(セールsail)を備えて巡航時には帆走(セーリング)するものとがある。機走するヨットは機関の種類によって蒸気ヨットとモーター・ヨットがあるが、大型船や特殊な船を除いてはモーター・ヨットが一般的である。イギリス王室のブリタニア号などヨーロッパやアメリカで国や王室、富豪などが所有する居住施設の完備した巡航用の大型ヨットは、ほとんどが機走で帆を装備していない。狭い意味では帆を備えたセーリング・ヨットをヨットとよぶことが多い。
[岩井 聰]
17世紀の初めにオランダでヤハトjaghtという快速帆船が現れた。この船は船首尾線方向に沿って鉛直に縦帆を張り、リーボードという板を船側から垂らして、船が風下側に横流れするのを防いでいた。帆走性能も優れ、風向きに対して6点(67度30分。1点は32分の360度)程度までの針路を保って帆走できる良好な操縦性を備えており、海賊の追跡や、停泊中の大型の船と船、あるいは陸との連絡に使用された。やがてヤハトどうしでスピードを競ったり、帆走を楽しむなどスポーツ用、遊覧用にも用いられるようになった。1660年、イギリスの王政復古によって、オランダに亡命していたチャールズ2世が王位についた祝いに、1隻のヤハトが贈られた。ヤハトはイギリスでヨットとよばれ、レーシングなどの海上スポーツや遊覧(クルージング)用として上流社会に普及し、さらに船体の小型化とともに急速に一般に普及した。ヨットレースは大洋を舞台に国際化し、クルージングも七つの海へと広がりをみせている。
[岩井 聰]
ヨットにはいろいろな帆の張り方(リグrig)がある。
(1)キャット cat 艇首に近い1本マストに比較的大きな帆を張る。操縦が簡単でかなりの速力が出るので、小型のレース艇にも使われている。フィン、レーザーなどのディンギーはこの様式である。
(2)スループ sloop 1本のマストの前と後ろに各1枚の帆を装備する。操縦性がよく軽快で、波の少ない水面で用いられるもっとも一般的な様式である。FJ、スナイプ、シーホース、470、スター、ソリングなどはこのタイプに属する。
(3)カッター cutter 速力だけでなく耐航性も重視している。喫水が深く艇も重い。帆装様式はスループに似ているが、マストの前方には2枚以上の帆を備える。
(4)ヨール yawl 2本マストを備え、後部マストの帆によって操縦性を向上させた。艇を大きくし、外洋の波浪中での帆走に適するヨットである。
(5)ケッチ ketch ヨールを改良した様式で、艇尾のマストをやや前方に移して後帆を大きくし、前のマスト前方の帆を2枚装備するなどして帆走性能を向上させている。
(6)スクーナー schooner 後ろのマストを高くしてその前側にも帆を備えている。大型では3本、またはそれ以上のマストを装備するものもある。ヨールやケッチの長所を取り入れ、推進性、操縦性、操作性などが優れ、巡航用としての条件を満たす様式である。
[岩井 聰・柴沼克己]
セーリング・ヨットは帆に働く風によって推進力を得て航走する。帆に斜め方向から風が当たると、風は帆のカーブに沿って流線を描きながら流れる。このとき、帆の風上側では空気の圧力が増して加圧力を生じ(加圧域)、風下側では圧力が減じて吸引力が生じ(減圧域)、帆を風下側へ押す力(合力)を発生させる。この合力の艇首方向への分力が艇を前進方向に押す推進力となる。横方向への分力は艇を風下側へ押す横漂流力となる。艇の横漂流は極力小さく抑えることが必要なので、艇の横移動に対抗する水圧抵抗を増すようにセンターボードなどが装備されている。
帆を真横に張り風を艇尾から受ける場合は、帆に働く力の方向が前進方向と一致し、加圧力に比例した推進力を生じる。セーリング・ヨットは、この帆による推進力がより大きくなるように、帆と艇を設計し、操縦(帆走)することが望ましいとされる。
[岩井 聰]
帆走は艇に対する風向きと帆の張り方で次の三つの形式に大別される。また、風を右舷(うげん/みぎげん)側から受ける場合をスターボードタックstarboard tack(右舷開き)、左舷側(さげん/ひだりげん)から受ける場合をポートタックport tack(左舷開き)という。
〔1〕クロースホールド close-hauled 艇首を風上にいっぱいに寄せた(風上にいっぱい切り上げるという)姿勢で帆走する状態をいう。風上に向かって近づきうるぎりぎりの針路をとりながら風に逆らって航走する。詰(つめ)開き、あるいは一杯開きという。風向きに対し右舷開き、左舷開きを交互に繰り返してジグザグ針路をとりながら風上方向に航走する(このことを「間切(まぎ)る」「ビーティング」という)場合に用いる帆走法である。風に対する艇の針路は、帆や艇の性能によって35度から45度程度まで切り上げることができる。しかし、艇首を風上に切り上げすぎると、帆の周りの風の流れが悪くなり、帆がばたばたと波打って(シバー)速力が落ちてしまう。また、艇首が風下に落ちすぎると(艇首を風下に向けすぎると)、急に大きな風圧が帆に働き、横流れの増大や風下側への突然の大きな傾斜をおこす危険がある。クロースホールドの場合は風に対して安定した針路の保持がたいせつである。
風上に向けてジグザグ針路をとって進むために、風を受ける舷を左から右、右から左と変える艇の操縦には、2種類の方向変換の方式がある。
(1)タッキングtacking(上手(うわて)回し)は艇首を風上に向けて風を受ける舷を変える操法である。行き足(艇の速力)が不足すると失敗しやすいので、十分に加速して舵(かじ)と帆を使い一気に回頭させなければならない。
(2)ウェアリングwearing(下手(したて)回し)は艇首を風下側に落としながら回頭するので速力も落ちず、風が弱いときでも回頭しやすい方法である。しかし、回頭が進み風向きが真後ろになって帆の舷を変える(ジャイビング)とき、瞬間的に帆に大きな風圧が働いて危険な場合があるので、操作には十分な注意を要する。
〔2〕ランニング running 艇尾から風を受け、帆をほぼ真横方向に張り出して風に押されて風下に前進してゆく帆走法である。風を真後ろから受けるために艇首側の帆(ヘッドセール、ジブセール、ジブ)は後ろの帆(メインセール、メンスル)の陰になって十分に風を受けられないので、ウィスカーポール(細い円柱材)でメインセールと反対舷の舷外に展張し、風がいっぱいに当たるようにする。2枚のセールを両舷に開いて張るため観音(かんのん)開きとよぶ。ランニングや次に述べるリーチングで帆走する場合に推進性や安定性を高めるため、スピネーカーセールという色とりどりの三角形の薄い帆を張ることもある。ランニングでは帆の艇外に出る部分が広くなるので、風の作用中心が艇の中央首尾線から離れて舷側に移り、回頭モーメントを生じる。また、帆の周りの風の流れ、とくに反流の安定性が悪くなり、さらに追い波による艇体の動揺が加わる。したがって、針路の保持が困難になり操縦しにくい。クロースホールドのウェアリングによる方向変換で述べたように、ランニングの状態のまま風を受ける舷を変えるジャイビングは急に大きな風圧を受ける危険を伴うので、針路の保持や帆の操作には十分な注意が肝要である。なお、ランニングの場合は針路の安定性が劣るので、艇員はできるだけ艇尾に位置を変え、トリム(艇の前後の傾き)を艇尾側に増大させる措置も必要である。
〔3〕リーチング leeching クロースホールドとランニングの中間、艇首に対して45度から180度程度までの風を受けて帆走する状態をいう。真横の風を受ける場合をビームリーチ、それより艇首寄りの風を受ける場合をクロースリーチ、艇の真横から艇尾寄りの風を受ける場合をブロードリーチとよんで区分する。いずれの場合も艇の針路目標を決め、帆の向きを少しずつていねいに調整し慎重に帆走する必要がある。
[岩井 聰・柴沼克己]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(吉田章 筑波大学教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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