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ヨーロッパ経済共同体 ヨーロッパけいざいきょうどうたいEuropean Economic Community; EEC

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヨーロッパ経済共同体
ヨーロッパけいざいきょうどうたい
European Economic Community; EEC

ヨーロッパ共同市場 European Common Marketとも呼ばれるローマ条約に基づきフランスドイツ (西ドイツ) ,イタリアベルギーオランダルクセンブルクの6ヵ国によって 1958年1月1日に発足した地域経済統合体。域内の商品,資本,労働の自由な移動,域内経済の均衡ある発展と安定,生活水準の向上などを目的として創設された。 67年からヨーロッパ石炭鉄鋼共同体 ECSC,ヨーロッパ原子力共同体 EURATOMと統合してヨーロッパ共同体 ECとなった。さらに,93年 11月,マーストリヒト条約の発効によりヨーロッパ連合 EUに発展した。

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百科事典マイペディアの解説

ヨーロッパ経済共同体【ヨーロッパけいざいきょうどうたい】

European Economic Communityといい,略称EECヨーロッパ共同市場European Common Marketとも。1957年のローマ条約に基づき1958年設立。
→関連項目シューマンスパークマクミランヨーロッパ経済協力機構ヨーロッパ市場統合ヨーロッパ自由貿易連合

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大辞林 第三版の解説

ヨーロッパけいざいきょうどうたい【ヨーロッパ経済共同体】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヨーロッパ経済共同体
よーろっぱけいざいきょうどうたい
European Economic Community

略称EEC。ヨーロッパの地域的経済統合機構の一つで、ヨーロッパ共同市場European Common Marketともいう。第二次世界大戦後、西ヨーロッパは米ソという二大陣営に挟まれながら、経済的繁栄と政治力の強化を模索していたが、各国がばらばらでなく、相互の経済的・政治的協力体制の確立を図る「一つのヨーロッパ」という構想が根強くあった。そこでまず、1952年7月にヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)が発足したが、さらにそれ以外の分野でも協力を促進する必要性が論じられていた。1957年3月、ローマにおいてECSC加盟6か国(フランス、西ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)によってヨーロッパ経済共同体創設条約が調印され(同時に調印されたヨーロッパ原子力共同体〈EURATOM(ユーラトム)〉創設条約とともに「ローマ条約」とよばれた)、これに基づいて1958年1月1日にEECが発足した。その後、1973年にはイギリス、アイルランド、デンマークが、1980年代にはギリシア、スペイン、ポルトガルが加盟した。本部はベルギーのブリュッセル。
 ローマ条約は、EECの経済統合の完成期限を1970年とし、それまでの過渡期の12年以内に共同市場を完成することにしていた。共同市場の中核である関税同盟は、予定より早く1968年に完成した。関税同盟は、域内関税の撤廃、第三国に対する共通関税の設定、という二つの要素をもっていた。EECの輸出は1958年以降1970年代前半ごろまで世界の伸び率より高い伸びを示し、とくに域内輸出の伸びが高かったのは、関税同盟結成の効果であったといえよう。
 EECは関税同盟の基礎のうえに、労働、サービス、資本の自由移動を図り、農業、運輸、エネルギー、通商、社会政策などに関し共通政策を設定して、加盟国の通貨・金融政策や税制を調和させ、地域政策、産業構造政策、教育政策を展開し、経済同盟を実現することを目ざした。
 域内における労働、サービス、資本移動の自由化に関しては、次のような措置がとられた。労働については、労働者の国籍による差別が段階的に除去され、制度的には就業条件、社会的優遇措置、税制措置などの制限はすべて撤廃された。人の移動については、1984年に域内の統一パスポートの発行について合意がみられ、また、フランスと旧西ドイツの国境での検問の廃止が実現した。サービスについては、ローマ条約はサービス業者(個人、法人)の域内での営業の自由を保障しており、個人営業の性格の強い医者、弁護士の営業は自由化された。しかし、金融機関については自由化されず、資本については、直接投資、不動産投資、証券投資は自由化されたが、短期資本の移動については自由化されていなかった。
 政策面の共通化は、加盟国政府が権限を完全に共同体に委譲し、国家がなんらの権限も行使しないことを意味する。このような共通政策は、通商政策のような対外政策を別とすると、実現していたのは農業政策のみである。共通農業政策は、75%に及ぶ農産物の価格支持、そのための輸入に対する関税・課徴金の賦課、農業の近代化、これらのための農業基金の設定などを行った。しかし、各国の利害対立があり、現実の政策運営は安易なものではなかった。
 主要機関のうち、総会と司法裁判所はEEC設立以来ECSC、EURATOMと共通の機関とされていたが、1967年7月には理事会、委員会も3共同体の共通の機関として統一されることとなり、それとともに3共同体はヨーロッパ共同体(EC)と総称されるようになった。このようにECはEEC、ECSC、EURATOMの総称であったが、1992年に調印されたマーストリヒト条約によって、EECという名称は廃止されECに置き換えられた。さらに同条約の発効(1993)に伴い、ECは域内協力を政治的分野に拡大してEU(ヨーロッパ連合)となった。[相原 光]

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世界大百科事典内のヨーロッパ経済共同体の言及

【関税同盟】より

…それよりも以前の1948年に,オランダ,ベルギー,ルクセンブルクの3国によって結成された〈ベネルクス関税同盟〉は,58年には〈ベネルクス経済同盟〉に発展していった。ヨーロッパ経済共同体(EEC)は,これらをさらに拡大したものである。EECは一つの共同市場であり,関税同盟の条件はすべて満たされていた(ヨーロッパ共同体。…

【国際統合】より

…ハースErnst B.Haasのような国際統合の研究者も,初期の研究において,ある一つの部門で国際統合が始まると,それは自動的な波及効果をもち,機能や加盟国が徐々に拡大していくという仮説を立てており,モネの企てに理論的支柱を与えていた。実際,58年にはヨーロッパの経済社会政策全般の統一と共同市場の設立をめざすヨーロッパ経済共同体EECと,ユーラトム(EURATOM。ヨーロッパ原子力共同体)が設立され,67年には3共同体の機構統合によりECが成立した。…

【ヨーロッパ共同体】より

…ヨーロッパにおける三つの超国家的な地域統合機構であるヨーロッパ経済共同体(EEC),ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC),およびユーラトム(ヨーロッパ原子力共同体EURATOM)の総称。ECと略称するが,1992年のマーストリヒト条約によって誕生したヨーロッパ連合(EU)の一部となった。…

※「ヨーロッパ経済共同体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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