ラジオで放送するドラマ番組。放送劇ともいう。この呼称は和製英語で、欧米では一般にラジオ・プレイradio play、オーディオ・プレイaudio playとよぶ。日本ではラジオの放送開始のころは、東京では「放送舞台劇」「ラジオ劇」、大阪では「科白(せりふ)劇」という用語をあてていた。命名は舞台劇の引き写し、あるいは台詞(せりふ)重視から始まったが、ラジオドラマの本質は、(1)現実音を含む声(台詞、ナレーション、独白など)、(2)音楽、(3)効果音、(4)沈黙、の4要素を渾然(こんぜん)一体として聴く人の聴覚に訴える点にある。
[鳥山 拡]
1925年(大正14)7月12日、ラジオ本放送開始第1日に「ラジオ劇」が放送された。坪内逍遙(しょうよう)作『桐一葉(きりひとは)』(淀君(よどぎみ)寝所の場)で、出演は5世中村歌右衛門(うたえもん)であった。ラジオドラマの第一歩は、まずこの新形式の表現を社会的に認めさせる点にあった。本格的な最初の作品は、リチャード・ヒューズ作のイギリスのラジオドラマを小山内薫(おさないかおる)が翻案・指揮した『炭坑の中』(1925)であった。炭坑に閉じ込められた人間心理を暗闇(くらやみ)のなかで描いた作品で、水音や爆発音などの効果音、賛美歌合唱の音楽、台詞、沈黙など、聴く人の聴覚に強く訴えるものであった。27年(昭和2)、菊池寛(かん)、里見弴(とん)、岸田国士(くにお)ほかの既成作家12人に新分野開拓の目的で執筆が依頼され、翌年には懸賞募集による新人作家発掘が図られた。こうした試みは1930年代に入ると実を結ぶ。真船豊(まふねゆたか)は『なだれ』(1935)などで音のリズムを発見する。森本薫は『薔薇(ばら)』(1936)などで新鮮なことば(台詞)により音の文学世界に接近する。一方、伊馬鵜平(いまうへい)(伊馬春部(はるべ))、飯沢匡(ただす)などの新進作家も活躍した。一方、37年には「ラジオ小説」のジャンルが誕生し、夏目漱石(そうせき)の『三四郎』、長塚節(たかし)の『土』などが取り上げられた。45年の第二次世界大戦終戦まで、日本の放送は日本放送協会(NHK)による独占体制であった。
[鳥山 拡]
第二次世界大戦後の混乱期からテレビの本格的普及の1960年(昭和35)ごろまでがラジオドラマの隆盛期である。終戦直後、ラジオ放送はアメリカ民間情報教育局(CIE)の指導下に再出発した。当時アメリカでヒットしていたソープ・オペラ(連続もの)の日本版『向う三軒両隣り』(NHK、1947~53)が連続ホームドラマとして成立した。連続もののなかで話題となったのは菊田一夫(かずお)の『鐘の鳴る丘』(NHK、1947~50)で、この戦争孤児の物語は敗戦で虚脱状態になった人々の心を打った。内村直也(なおや)の『えり子と共に』(NHK、1949~52)、菊田一夫の『君の名は』(NHK、1952~54)などの連続放送劇は高い聴取率をあげた。一方、単発ラジオドラマは「NHKラジオ小劇場」(1948~54)などで試みられた。51年、新日本放送(現MBS)、ラジオ東京(現TBS)、中部日本放送などの民間放送が続々と開局、ラジオドラマは重要なジャンルとなっていった。田井洋子の『魚紋(ぎょもん)』(NHK、1948)、飯沢匡の『数寄屋橋(すきやばし)の蜃気楼(しんきろう)』(NHK、1949)、木下(きのした)順二の『東の国にて』(NHK、1954)、安部公房(あべこうぼう)の『棒になった男』(文化放送、1957)、谷川俊太郎(しゅんたろう)の『遠いギター、遠い顔』(ラジオ九州、1958)、秋元松代の『常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)』(朝日放送、1960)などの名作があげられる。テレビ本放送開始の53年、NHKラジオで内村直也の『死んだ鶏(にわとり)』が「立体放送劇」として試みられた。また、56年イギリスの詩人ディラン・トマスの『ミルクウッドの下で』(BBC、1954)がNHKで翻訳放送され、三好(みよし)十郎の『捨吉(すてきち)』(1958)などその後のラジオドラマの詩劇に影響を与えた。
[鳥山 拡]
民間ラジオ放送の広告費は1960年のピークを境にして下降をたどった。テレビに押され、聴取時間の減少、製作費の削減などの悪条件のもとで、ラジオ番組は生(なま)情報・生活情報志向が強化され、ラジオドラマは少数志向の道を選んでいった。そのなかで、寺山修司(しゅうじ)はイタリア賞受賞の『山姥(やまうば)』(NHK、1964)、『狼(おおかみ)少年』(青森放送、1968)などで独自の世界を展開した。また『都会の二つの顔』(NHK、1963)は、若い男女の出会いから別れまでを現実音の積み重ねと若干の音楽で構成し、一瞬の生のきらめきを表現した異色作であった。65年には、NHK「FM名作劇場」が始まり、往年の名作・話題作が再現・放送された。
生ワイド生活情報番組の興隆のなかで、日常性への埋没を危惧(きぐ)し、その手法のマンネリ化からの脱皮を図って、長時間のスペシャル編成とラジオドラマの復権への試みが続けられた。1978年に、民間放送では初めての1時間ドラマシリーズの『わたしの文庫本』(文化放送)が登場、ほかに『夜のドラマハウス』(ニッポン放送)、『夜のミステリー』(TBS)などが編成された。80年には2時間の文芸ドラマ、吉村昭(あきら)原作の『羆嵐(くまあらし)』(TBS)が、81年には『洞爺(とうや)丸はなぜ沈んだか』(TBS)などが話題となった。86年には、かつての人気連続ドラマ『ウッカリ夫人とチャッカリ夫人』(TBS)が復活した。NHKの「FMシアター」(レギュラー枠)では、高木凛(りん)(1947― )の『パイパテローマ――南の果ての島』(1997、芸術祭優秀作品賞)、三宮麻由子(さんのみやまゆこ)原作の『鳥が教えてくれた空』、西山務原作の『五月の自転車』(ともに1998)などが放送された。また毎日放送では、阪神大震災で妻を失った高校教師が義足のハンディを背負いながらトライアスロンに挑戦する姿を追った『ハートオブゴールド』(1998・原作は小川竜生(たつお)の『黄金の魂』)が放送された。なお、横光晃(よこみつあきら)(1930―2001)は96年に『遙(はる)かなるズリ山』『愛のゴースト'95』で芸術選奨文部大臣賞を受賞した。
錯綜(さくそう)する情報化社会のなかでラジオ放送は地域社会に密着した生活生情報源として定着したが、今日のテレビドラマの氾濫(はんらん)のなかで、ラジオドラマをどのように心の情報源として位置づけるかは今後の問題として残されている。
[鳥山 拡]
『大島勉・鳥山拡監修『ラジオ・ドラマ』(1973・日本コロムビア)』▽『日本民間放送連盟編・刊『民間放送三十年史』(1981)』▽『日本放送作家協会編『現代日本ラジオドラマ集成』(1989・沖積舎)』
ラジオで放送されるドラマ形式の番組。英語では,初期のころにはradio dramaとも呼ばれていたが,今日ではそれはほとんど用いられず,むしろradio play(ラジオ・プレー)そのほかの言い方が一般的になっている。また日本ではこれらの訳語として,〈放送劇〉という言い方もときに使われているが,一般には〈ラジオドラマ〉と呼ばれることが多い。ラジオドラマは聴覚だけに頼るドラマ番組であり,ラジオがイギリスで誕生した1923年に,番組の一種として生まれた。初期は舞台用戯曲がそのまま放送されていたが,24年,初のラジオのために書かれた本格作品が放送された。それは,リチャード・ヒューズRichard Hughes作《危険Danger》であり,日本では翌年の大正14年8月13日に翻案・放送された(邦題は《炭坑の中》)。このラジオドラマは,舞台劇でも映画でも明確に現すことのできない炭坑内の暗黒,爆発や水の噴出する音などを生きた実感として描き出すことに成功しており,これによってラジオドラマは,ラジオの特性を生かしてつくりあげられる〈音の世界〉の新しい劇芸術として,その地位を確立させた。
日本放送協会(NHK)は,大正末期に当時の一流作家12人にラジオドラマ作品の執筆を委嘱,久米正雄だけが未執筆に終わったが,菊池寛,久保田万太郎,里見弴,岸田国士,吉井勇,小山内薫,山本有三などの作品はすべて当時の一流雑誌に掲載され,その後のラジオドラマの発達に貢献した。一方,このころから毎年のようにラジオドラマの懸賞募集が行われ,何人かの有能な新人が輩出する。劇作家の真船豊,森本薫などがまず活躍しだし,三好十郎,八木隆一郎,北条秀司,伊馬春部(いまはるべ)(当時は伊馬鵜平)などが,1930年代の半ば以降にそれぞれ個性的な作品を書いた。また,意欲的な演出をして,ラジオドラマの新形式を生み出した和田精の功績も忘れることができない。
第2次大戦後,日本のラジオドラマは二つの方向をたどる。一つはアメリカの商業放送に深く影響された連続放送劇(菊田一夫作《鐘の鳴る丘》《君の名は》),もう一つは伴奏音楽と音響効果とを重視した放送劇(NHK〈ラジオ実験室〉〈ラジオ小劇場〉)である。1951年(昭和26)民放ラジオが出現すると,ラジオドラマは大いに活況をみせ,NHK,民放ともに数多くの佳作を生み出したが,昭和30年代に入ってからの〈テレビ時代〉を迎えると,テレビドラマの攻勢にあって,いっきょに停滞し衰退してしまった。しかし,ラジオドラマの灯を消さぬように努める制作者もおり,FM放送の隆盛などもあって,近年,数は少ないものの優れた作品が生まれ出ている。
執筆者:志賀 信夫
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