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ラランド ラランド Lalande, André

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラランド
ラランド
Lalande, André

[生]1867.7.19. ディジョン
[没]1963.11.15. アスニエール
フランス合理主義哲学者。哲学用語辞典"Vocabulaire technique et critique de la philosophie" (1902~23) の編者として著名。 1904~37年ソルボンヌ,37~40年カイロのフアード1世各大学教授。

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ラランド
ラランド
Lalande, Joseph-Jérôme Le Français de

[生]1732.7.11. ブルジャンブレッス
[没]1807.4.4. パリ
フランスの天文学者。パリで法律を学んでいた当時から天文学に興味をもち,1751年ベルリンにおもむいて月の観測にあたった。これは同時になされたケープタウンにおける N.ラカイユの観測値と合せることによって月までの距離の精密決定に寄与した。

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ラランド
ラランド
Lalande(Delalande), Michel-Richard de

[生]1657.12.15. パリ
[没]1726.6.18. ベルサイユ
フランスの作曲家。サンジェルマン・ロセロア聖堂の合唱隊員として音楽を学び,パリの4つの聖堂のオルガン奏者を歴任。ルイ 14世の王女たちの音楽教師をつとめ,1683年宮廷礼拝堂の楽長,1704年宮廷の宗教音楽室内楽の責任者となった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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百科事典マイペディアの解説

ラランド

フランスの天文学者。1795年パリ天文台長。1751年ベルリンで月の視差を観測。著書《天文学論》(1764年)の部分訳が《ランデ暦書管見》,完訳が《新巧暦書》

ラランド

ドラランド

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ラランド Lalande, Georg de

1872-1914 ドイツの建築家。
1872年9月6日生まれ。明治36年(1903)に来日し,横浜,神戸,東京などでドイツ新芸術様式による建築物を設計した。大正3年8月4日横浜で死去。41歳。ヒルシュベルク(現ポーランドのイエレニャ-グーラ)出身。作品にトーマス邸,イリス商会,旧オリエンタルホテルなど。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

ラランド

没年:大正3.8.4(1914)
生年:1872.9.6
明治期に来日した建築家。ドイツのヒルシュベルク(現ポーランド)生まれ。明治34(1901)年に上海,青島に渡り,36年に来日,横浜を拠点に住宅作品を数多く手がけ,神戸の旧トーマス邸は「風見鶏の家」として知られる。横浜で急逝。

(大川三雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ラランド【André Lalande】

1867‐1963
フランスの哲学者。エコールノルマル・シュペリウールに学び,1909年から37年までパリ大学教授。アカデミー・デ・シアンス会員。フランス伝統の合理主義に立って,進化主義生の哲学など当代の哲学を批判し,〈理性〉概念の吟味の上に認識や道徳を基礎づけようとした。《科学哲学講義》(1893,1907)や《理性と規範》(1948)などの著作があるが,とくに《哲学用語辞典》(1902‐23)の編者として有名である。

ラランド【Joseph Jérôme Lefrançois de Lalande】

1732‐1807
フランスの天文学者。イエズス会の学校を出て,パリへ赴き,法律を学ぶ傍ら,天文学,数学に関心を抱き,N.L.deラカイユの喜望峰での観測に呼応して,ベルリンで1751年の月の視差観測に従事,成功を収めた。これによって,若くしてアカデミー・デ・シアンスの天文官となり,62年以降コレージュ・ド・フランスの天文学教授。詳細な惑星運行表の作成から啓蒙的な著作に至る幅広い活躍をした。標準的な天文学の教科書として名高い《天文学論》全2巻(1764)は各国語に翻訳されたが,その第2版(1771‐81)のストラッベArnold Bastian Strabbe(1741‐1805)によるオランダ語訳が日本に伝えられ,高橋至時ら天文方の学者によって一部訳され《ラランデ暦書管見》となり,さらに高橋景保渋川景佑らによって《新巧暦書》として完成されている。

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