3個の天体が万有引力の相互作用のもとに行う運動を求める問題で,天体力学の主要な研究テーマである。三体問題では,天体をすべて質点とみなすので,天体間に働く万有引力が簡単に表せるかわりに,天体どうしはいくらでも接近できることになり,したがって距離の2乗に反比例する天体間の万有引力はいくらでも大きくなる。このために質点の仮定は三体問題に本質的である。
3個の天体の運動はI.ニュートンの運動の法則に従い,具体的にいうと,適当な慣性直角座標系で表した3天体の座標(9個)のそれぞれに対する2階の微分方程式で記述される。9個の微分方程式は連立して全体で18階の運動方程式となる。運動方程式は簡単な数式で表されるが,それを解析的に解いて3天体の座標を時間の数式で表すことは至難であって,この2世紀半学者の関心をひいてきた。
三体問題の解はきわめて複雑であるが,運動方程式に規制されていることからいくつかの条件に従うことになる。これらの条件は運動方程式の積分といわれ,3天体の座標,速度成分,時間の関係式である。そのような10個の積分が知られていて,重心積分(6個),角運動量積分(3個),エネルギー積分(1個)と呼ばれている。重心積分は3天体の重心が座標系に対して一様直線運動をすることを示し,角運動量積分は,3天体の座標原点に関する角運動量が一定に保たれること,そしてエネルギー積分は,3天体の全エネルギーが一定であることを示す。これら10個の積分は,すでにL.オイラーによって18世紀中ごろに発見されていて,オイラー積分,あるいは古典積分といわれるが,これらはn体問題でも成り立って三体問題に固有のものではない。
オイラー以後の三体問題の研究が新しい積分の発見に向けられたのは当然である。三体問題の運動方程式は18階なので,もし18個の積分が求められれば,これから3天体の座標と速度成分の18個の未知変数を完全に決定することができる。したがって,三体問題を解くためには,オイラー積分以外に8個の新積分が必要である。ところが上記の直角座標系は,それによって運動方程式が簡単な形に表され,またオイラー積分を導くのも容易であるが,新積分の発見の目的には必ずしも適当でない。例えば直角座標の原点を3個の天体のどれか1個に移した相対座標系を使えば,相対座標は6個なので,その運動方程式は12階になる。相対座標(6個)と重心の座標(3個)とから元の座標(9個)が復元されることはいうまでもない。この事実は,重心積分(6個)を使って運動方程式の階数を18階から12階に逓減したといわれる。さらに角運動量積分とエネルギー積分を使って運動方程式を8階にまで逓減する研究が,18世紀後半から19世紀を通じてオイラー,J.L.ラグランジュ,C.G.J.ヤコビその他によって行われ,最終的には,〈交点の消去〉と〈時間の消去〉の方法で6階の運動方程式に帰着させた。この新運動方程式で一つでも積分が見いだせれば,それはオイラー積分とは独立な新積分となる。
しかるに19世紀末にブルンスH.Bruns(1848-1919),P.パンルベ,H.J.ポアンカレらは,積分の形に制約を付したうえでそのような新積分が存在しないことを証明した。この結果は,たとえ新積分が存在してもそれは解析的にきわめて複雑な形であることを示唆したので,三体問題研究の流れを変えることになった。すなわち,今世紀になってからの研究は三体問題の解の存在そのものに向けられ,ポアンカレ,パンルベ,レビ・チビタT.Levi-Civita(1873-1941),ビスコンチニG.Bisconciniらを経て,スンドマンK.F.Sundman(1873-1949)は3天体の同時衝突が起こらぬ限り,任意の初期値のもとに解が一意に存在することを証明した(1912)。このような議論では天体が質点であることが本質的である(質点の衝突で万有引力は∞になるから)。なお,3天体の同時衝突は角運動量積分の値が0のときに限られる。スンドマンの結果は解析接続という数学的な操作を頻繁に繰り返す労をいとわなければ,原理的に3天体の位置を計算できることを示唆するもので,この意味で三体問題は解けたといわれる。
今世紀後半になってコンピューターの発達とともに三体問題の数値的解法が研究されるようになった。天体を質点とみなすため,2天体の接近によって信頼できる数値解が得られなかったが,1967年に運動方程式にクスターンハイモ=スチーフェルの変換という正則化をほどこしてその困難が除かれることが,当時イェール大学のサブヘイV.Szevehely,ピータースC.F.Petersによって明らかにされた。つまり三体問題は数値的に解けたということになる(四体問題は数値的に解けていない)。
三体問題を一般の初期値に対して解くことはできないが,特別の初期値に対する解は2種知られていて,正三角形解,直線解といわれる。ラグランジュが1772年に発見したものである。3個の天体が初め正三角形の頂点にある場合,あるいは1直線に適当な間隔で並んだ場合に,以後も相互の距離の比を一定に保ち,正三角形なり直線なりの形を保ったまま共通重心のまわりを回転するという解である。各天体の運動は同一離心率のケプラー運動となる。
3個の天体のうちの1個の質量を無限小と考えると,有限質量の2天体は共通重心のまわりにケプラー運動を行う。このとき,第3の無限小質量の天体の運動を求める問題を制限三体問題という。その運動方程式は6階であって,一般の三体問題と比べてはるかに簡単化されているが,三体問題の本質的困難は失われていないので,三体問題の研究にかっこうである。さらに第1,第2天体の運動を円運動と仮定すると(円制限三体問題という),ヤコビ積分と呼ばれる積分が成立する。ただしヤコビ積分以外に新積分は存在しない。
円制限三体問題においてもラグランジュの特別解はもちろん存在する。有限質量の2天体を太陽と木星とすると,トロヤ群小惑星は正三角形解に対応する運動を行っているが,この場合には正三角形解が安定であること,つまり正三角形解のための条件が厳密に満たされなくても,正三角形解に近い運動が行われることが知られている。
執筆者:堀 源一郎
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相互距離の2乗に逆比例する力(ニュートンの万有引力)に従って動く3個の天体の運動を明らかにする問題。2個の天体の場合を二体問題といい、これはニュートンが解き、運動の性質は完全に解明されている。二体問題の次の三体問題は、ニュートン以後、多くの研究者の努力にもかかわらず解明されず、19世紀後半になって、ブルンスErnst Heinrich Bruns(1848―1919)、ポアンカレらによって、三体問題は積分を求めるという方法では解きえないことが証明された。この解けないということは、任意の係数をもった五次方程式が解けないことと似ている。しかし特殊な係数の場合には五次方程式は解ける。三体問題にも、三体が特殊な配置をしている特殊解がみつかっている。三体が正三角形の頂点に位置する場合と、三体が一直線上の特殊な位置(三体の質量比によって決まる)にいる場合であって、ともに重心の周りを回転していて、それぞれ正三角形解、直線解とよばれている。直線解は不安定であって太陽系内には存在しないが、正三角形解は安定であり、太陽系内にいくつかその例がみつかっている。2011年4月現在、太陽と木星を底辺とする正三角形の頂点付近にはトロヤ群小惑星が4852個、火星には4個、海王星には7個の同様な小惑星が発見されている。また土星とその衛星であるテチスを一辺とする正三角形の頂点に2個、同じくディオネには2個の同様な衛星が発見されている。1993年に、等質量の三体が8の字形をした軌道上を運動する特殊解(8の字解)が発見された。
現実の太陽系内の惑星は巨大な質量をもった太陽の周りを、衛星は衛星の質量に比べてはるかに大きい質量をもっている惑星の周りを近似的には二体問題的運動をしているという階層構造をなしている。三体の質量が同程度で、互いに強い相互作用を及ぼし合って運動している例はみつかっていない。太陽系内の天体の運動は、二体問題からのずれは小さくて、摂動(せつどう)論を用いて取り扱える。摂動論によって得られる近似解は高精度観測をも十分に説明しうる精度をもっている。この際には相対論による効果をも考慮しなければならない。しかし摂動論によって得られる近似解は、有限の時間内でのみ有効であって、数学的な意味での無限の過去と未来の運動の状況についての情報は、この近似解からは得られない。
制限三体問題とは、三体のうちの一つの質量を0と考え、他の二体の有限質量の引力で、質量0の天体の運動を求める問題をいう。このとき有限質量の二体は質量0の天体の影響は受けないと考える。このように簡単化しても三体問題の本質的困難さはなんら変わりない。しかし小惑星・衛星(月)の運動を研究するには、制限三体問題から出発することが多い。
[木下 宙]
『堀源一郎著『天体力学講義』(1988・東京大学出版会)』▽『木下宙著『天体と軌道の力学』(1998・東京大学出版会)』
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…これらの事情は古典力学だけでなく,量子力学で電子などを扱うときにも同じである。古典力学で扱われた特殊な三体問題としては,3質点がつねに一直線に並んでいる場合(オイラーの直線解という),3質点が伸縮する正三角形の配列を保ちながら重心を焦点とする楕円を描く場合(ラグランジュの正三角形解という)などが有名である。 一般の場合の近似法としては,十分に正確な一体問題の解を出発点とし,それからのわずかのずれを摂動とみなす摂動論が,天文学では有効で広く使われる。…
※「三体問題」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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